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歌姫

(1)


「で、その後は??」

 大きな身体をカウンターに持たれ掛けさせて支えながら、ランスロットがマリオンに尋ねる。心なしか、鳶色の大きなどんぐり眼が好奇心に満ち溢れている。

「え??」

「だーかーらーー!!その後、メリッサとはどうなったんだって聞いてるんだよ!?」

「ちょっとランス、声が大きいよ……」

「あぁ??ボスなら今外出中だし、客もいないんだから、誰も聞いてねえよ」

「どうなったも何も……、その後は普通に彼女をアパートまで送り届けただけだけど……」

「それだけ??」

「うん」

 途端に、ランスロットはわざと大きく溜め息をつき、「何だよ、つまんねぇなぁ」と舌打ちを鳴らす。

「せっかく家族公認になったんだから、そのままアパートに立ち寄ってやることやってこりゃ良かったのに」

「あのねぇ!手の早いランスと一緒にしないでよ!!それに、僕とメリッサは友達であって、恋人とかそんなんじゃ……」

「お前は馬鹿か!!お前の事を単なる友達としか思ってない女が、桶を作って欲しいとか見え見えの口実作ってまで、わざわざ家に押しかけるかっつーの!!この鈍感野郎!!」

「えっ……」

 マリオンは混乱して、言葉を詰まらせる。

「なぁ、お前はメリッサが家に来た本当の理由が分かってんのかよ??」

「そ、れ、は……。僕と仲良くなりたかったから??」

「何で仲良くなりたいのか、分かるか??」

「……友達になりたかったから??違うの??」

「あぁ……、もういいわ。お前、これ以上喋るな」

「えっ、えっ……」

 予想を遥かに上回るマリオンの野暮天振りに、ランスロットは呆れと驚愕を通り越し、眩暈すら覚え始めていた。

「おい、お前ら。俺がいないからって、何をべらべら喋っていやがる」

 丁度、外出から戻って来たハルが不機嫌そうな顔で玄関の扉を閉め、中に入って来た。

「えぇーー、客もいないことだし、ちょっとくらいは大目に見て下さいよーー、ボス」

「マリオンはともかく、お前はちょっと甘やかすとすぐ調子に乗るからなぁ」

「うわ、ひっでぇ!!」

 口調は荒いものの、ハルの口元が僅かに緩んでいるところからして、本気で怒っている訳ではないことが伝わってくる。何だかんだ言って、ハルはランスロットの事を気に入っているのだ。

「で、メリッサが何だって、マリオン」

 カウンターの中に入って来るなり、ハルがニヤニヤしながらマリオンに尋ねる。

「あの……、ハルさん……。さっき僕達に私語は慎め、って注意したばっかじゃないですか……」

「そうだったか??まぁ、ちょっとくらいなら良いぞ」

(ハルさん、言ってることが矛盾してます……)

 唖然としているマリオンに構わず、「なぁ、どうなんだ??」と軽く睨みをきかせてくるハルは酒場の店主と言うよりも、柄の悪いチンピラにしか見えない。

「ボス、残念ながら、突いたところで面白い事なんて何も出てきませんよ」

 ランスロットはハルに、先程の話をかいつまんで説明する。その横でマリオンが、話が終わった後にハルから言われるであろう言葉をいくつか想定しては、どう切り返そうか考えていた。

「マリオン」

 来た。来るぞ、来るぞ……。

 思いの外、ハルは真面目な表情をしている。

「お前、メリッサが娼婦だということは分かっているよな??それに関して、どう思っているんだ??」

「えっ……」

 思ってもみなかったハルからの質問に面喰いつつ、マリオンは少し考えた後、慎重に答える。

「正直なことを言えば、メリッサが身を売っていることが僕はとても悲しいです。でも、きっと何か理由があって、まぁ、生活のためだと思いますけど……、やっていることは分かっているつもりなので、仕方ないと思っているし、身を売っているからといって、彼女を汚いなんて思ったりしていません。だけど……、出来れば、そんな生活は辞めて欲しい……、とも思っています」

「……そうか。お前の正直な気持ちを聞けて良かったよ」

 それだけ言うと、ハルは煙草に火を付けて黙り込んでしまった。

 ハルは娼館で働く娼婦から生まれ、その娼館で育ち、成長後はポン引きとして働いていたので、歓楽街で生きる女達の苦労を知り尽くしている。

 だから七年前、生まれ育った娼館の店主を任された時、「景気が悪くなりつつあるこのご時世、雇用娼婦よりも街娼の方が需要が高まってくるだろう」と、娼館を廃業し、代わりに酒場へと改装したのだ。そして、雇っていた娼婦達は親元に戻れる者は家に返し、戻れない者には仕事と住む場所を与え、誰一人として路頭に迷わせることなく堅気の世界に戻したという。

 イアンやランスロット程ではないが長身で、ブルネットの髪を男にしては長めに伸ばし、金色が混じったグリーンの瞳が特徴的な甘い顔立ちのハルはジゴロ風の色男といった外見に似合わず、男気のある誠実な男だ。当然、女性にもよくモテているようだが、三十を過ぎた今も、所帯を持たず独身でいることが不思議なくらいだ。

 そんな彼の人柄ゆえか不景気にも関わらず、開業して六年が経った今もラカンターは繁盛している。

「あいつは……、メリッサは……、娼婦なんか似合わねぇよ」

 ハルは吐き捨てるようにそっと呟いた後、気を取り直すかのように「ランス、マリオン。今日はギターの演奏できるか??」と二人に話しかけた。

「勿論ですよ、ボス。ちゃんと合間を見ては練習してますから」

「そうか。じゃ、八時になったら頼むぞ」


(2)


 ラカンターではハルの音楽好きが高じたことにより、ハル自身は勿論、ランスロットやマリオンが客の前で楽器の演奏を聴かせることがあった。

 ランスロットは、かつて酒場で楽器演奏をしていた父親の影響で幼い頃からギターを嗜んでいたし、マリオンもランスロットからギターを教えてもらっていたので、彼やハル程ではなかったが、人前で演奏を聴かせられるくらいの腕前は充分持っていた。

「ボス、俺、今日ギター持ってきてないんで、ボスのを借りますね」

「あぁ、分かった。好きなヤツ借りて行け。マリオン、お前はギター持ってきたか??」

「あ、はい。一応、持ってきました」

 マリオンのギターはランスロットの父親から貰ったもので、やや小ぶりの大きさをしたガットギターだ。歌いながらストロークで強くかき鳴らすのには向かないが、一音一音を丁寧に鳴らして、繊細な音を奏でることに向いている。

 夜が更けるにつれ、徐々に客が店に訪れ始める内に八時になった。

 玄関から見て、カウンターの右端に申し訳程度に設置されている簡素な舞台の上で、マリオンが三拍子でアルペジオを弾き始めると、ランスロットが一小節ごとに力強くコードをじゃらんと鳴らす。曲の展開が進むにつれ、アルペジオのフレーズは複雑さを増していき、一方でストロークで軽快にリズムを刻み始め、盛り上がっていく。二人の息の合った演奏に客達は歓談を交わしながら、酒と共に音に酔いしれていた。

 三十分後、演奏を終わらせて舞台を降りた二人に「二人共、また上達したな。良かったぞ」とハルが手を叩きながら、褒める。

 音楽に関しては厳しいハルから駄目出しを受けることの方が多いのに、思いがけず珍しく褒められたランスロットとマリオンは照れ臭さを覚え、思わず顔を見合わせた。

「これで歌姫でも加われば、言う事はないんだがなぁ」

 また始まった。

 ランスロットとマリオンが演奏を終える度、毎回ハルはこうぼやくのだ。

「シーヴァがいればなぁ。歌が上手いだけじゃなく、あれだけ美人で舞台映えする奴、中々いないんだよ……」

 言うと思った。これもお決まりの台詞だ。

 以前、ハルが店で歌ってくれる女性の歌い手がいないか探していたところ、ランスロットがシーヴァに声を掛けたのだ。

 シーヴァが再び歓楽街で働くことに反対するイアンを「別に身体を売る訳じゃないし、少しでも家計の足しになるから」と、シーヴァ自身が何とか彼を説得し、ラカンターで時々歌っていたのだが、しばらくしてノエルを妊娠していることが発覚したため、彼女に歌ってもらうことは断念せざるを得なくなって以来、ハルが気に入るような歌い手は未だに見つかっていなかった。

「と、とりあえず、ギター片付けてきますね!」

 ハルから逃げるようにして、奥に引っ込もうとしたマリオンが動きを止める。メリッサが店の中に入って来たからだ。

 やけに胸元が空いたドレスを着ている辺り、今日も客を物色しに来たのだろう。マリオンの胸がチクリと痛む。

「おう、メリッサ。丁度良いところに来たな。ちょっと、こっちに来いよ」

 ランスロットが、メリッサに向かってカウンターに来るよう声を掛ける。いきなり呼び出されたメリッサは、やや戸惑いながらカウンター席に腰掛けた。

「メリッサ、どんな歌でもいい。ちょっと、何か口ずさんでみてくれよ」

「は??何なの??」

「いいから、いいから」

 メリッサは訳が分からないと言いたげにしていたが、小さな声で「誰がこまどり殺したの??」を軽く歌ってみせる。耳馴染みの良い、透明感のある爽やかな歌声だ。

「こんな感じで、もういいかしら??」

「ありがとな、メリッサ。ボス、試しにメリッサを舞台で歌わせてみてもいいっすか??」

「えぇ!?」

 メリッサとマリオンは、同時に驚きの声を上げる。

「前から思ってたけど、メリッサは綺麗な声をしているし、今聴いた感じだと歌も下手じゃなさそうだから、一度皆の前で歌わせてみたかったんだよ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、ランス!!私、人前で歌ったことなんて一度もないのよ!?そんな、急に言われても無理!!」

 メリッサは頭と両手を激しく横に振って懸命に拒否をするが、「お前が言うなら、一曲だけ歌ってもらうか」と意外にもハルはあっさり許可を出し、「僕もメリッサの歌聴いてみたいなぁ」とマリオンまで、仕舞い掛けていたギターのチューニングを始め出す。

「ちょっと、マリオン!二人に何か言って頂戴!!」

 メリッサはマリオンに助けを求めるが、「大丈夫だよ、ここのお客さんは女の人に優しいし、むしろメリッサの歌なら喜んで聴いてくれるよ」と笑顔で返されただけだった。

「ひどいわ、マリオン!」

 メリッサはアイスブルーの大きな瞳を吊り上げて怒るが、「まぁまぁ、一度やっちまえば、意外と楽しくなるかもしれないぜ??」とランスロットに宥められてしまい、最終的には「分かったわよ!やればいいんでしょ!?その代わり、聴くに耐えなくても責任取らないからね!!」と渋々了承したのだった。


(3)


 引き受けてみたものの、何を唄っていいのか分からないメリッサに「とりあえず、マザーグースを何曲か続けて歌ってみたら??」というマリオンの提案に従い、五曲続けて歌うことにした。

「……どうしよう、マリオン。緊張で心臓が爆発しそうだよ……」

 舞台の上で、客には聞き取れないような小声でメリッサはマリオンに話しかける。

「大丈夫、もし、歌詞が飛んで歌えなくなったら、その時は僕が代わりに歌うから」

 同じく小声でマリオンが返した言葉にほんの少しだけ安心すると同時に、マリオンがギターで前奏を奏で始める。

(もうどうにでもなれ……!)

 腹を括ったメリッサは緊張でやや声を震わせてはいたが、著しく音程を外したり歌詞を飛ばしたりもせず、しっかりと声を張って歌う。ランスロットが言っていたように、彼女のどこまでも透き通った美しい高音の歌声は耳通りが大変良く、多少の音のズレや拍の遅れすら気にならなくさせる程の魅力を持っていた。

「聞き苦しい歌にも関わらず、ご静聴ありがとうございました!!」

 どうにか五曲全て歌い終わったメリッサが、客達に向かって深々と頭を下げると盛大な拍手が巻き起こり、「メリッサ、良かったぞ!」「また聴かせてくれよーー」と、嬉しい言葉が次から次へと投げ掛けられる。

 客達の意外な反応に呆気に取られながら、マリオンと共に舞台から降りてカウンター席に戻ったメリッサに向かって、ハルがこう言った。

「メリッサ、お疲れ。正直、余り期待していなかったが、思っていたより良かったぞ。確かに上手いかどうかと聞かれたら、まだまだと言いたいところだが、何より、俺はお前さんの声が気に入った!」

「あ、ありがとう……」

「前から言おうと思っていたんだが……、メリッサ、街娼なんて辞めちまえよ。その代わり、うちの店で働かないか??」

「へっ……」

 思いがけないハルの言葉に、メリッサは目を見開いて驚く。

「そうしろ、そうしろ。男ばかりのむさ苦しい店に、メリッサみたいな明るくて可愛い女が入るなんて、俺は大歓迎だぜ」

 返事を躊躇っているメリッサの背中を押すように、ランスロットもハルの言葉に続く。

「それに、ここならマリオンもいるし」

「仕事に支障きたさずに節度守ってくれりゃ、俺は従業員同士の色恋沙汰には一切口出ししないから、安心しろ」

 ランスロットとハルの両方にからかわれ、いたたまれなくなったメリッサは顔を俯かせてしまったのだった。

 しかし、そんな和気藹々とした空気が、ある人物が店に入って来たことで一瞬にして凍り付くこととなった。

 大きなトランクを抱えたその人物ーー、それはイングリッド・メリルボーンだった。



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