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思いがけない客人

(1)


「メリッサ、何で君がここに……」

 マリオンの様子を見たシーヴァが「彼女、貴方の知り合いなの??」と、すぐさまマリオンに尋ねる。

「うん。ラカンターの常連客なんだ」

「へぇ、そうなの」

 一応は納得したものの、それでもシーヴァの警戒は解けずにいる。ただの知り合い、しかも酒場の従業員とその客、という関係でしかないのに、いきなり自宅にやってくるのは如何なものか、とでも思っているのかもしれない。手桶が欲しいということならば、それこそマリオンが店にいる時にでも頼めばいいだけの話なのに。

 手桶が欲しいなんて言うのは、明らかにただの口実だ。

 マリオン自身も、そこに気付いているので、メリッサの行動に困惑の色を隠せないでいた。

「せっかく来ていただいて申し訳ないのだけど、生憎、今日は仕事が休みなの」

 棺桶造りの仕事は基本的に不定休で、葬儀屋からの依頼が入っていない日は必然的に休みとなる。その場合、風呂桶や手桶を作って市場に売りに行くのだが、ここのところ棺桶造りの依頼が殺到していた為、久しぶりの休みだった。

「仕事が多いのは、うちにとっては有り難いが……、反面、人様の不幸を糧にしていると思うと気が引けないでもない」と、棺桶の受注が多い時にイアンは決まってそうぼやいている。

「そうでしたか……。こちらこそ、お休みのところ、突然お邪魔してすみませんでした」

 シーヴァとマリオンに向かって頭を下げると、肩を落として去ろうとしたメリッサに向かって、「待って、メリッサ!」とマリオンは呼び止める。

「手桶なら、僕で良ければ作るよ。その代わり、ちょっとだけ時間は掛かるけど……。そうだ!メリッサ、今日はこれから何か用事でもある??」

「……えっ、うーん、今日は特に何も用事はないけど……」

 突然の質問に、メリッサは戸惑いつつもそう答える。するとマリオンは、今度はシーヴァの方に向き直る。

「ねぇ、シーヴァ、メリッサはラカンターのお客さんだけど、僕の友達でもあるんだ。だから……、手桶を作っている間、家で待っていてもらってもいいかな??」

 シーヴァは数秒だけ逡巡していたが、「……まぁ、とりあえずイアンに聞いてみて、良いって言ったらね」と答え、「ちょっとイアンに聞いてくるから、悪いけど、少しだけ外で待っていてくれる??」と、ノエルを連れて一旦家の中に入って行った。


(2)


 木の年輪に沿って切り出した部材を一枚一枚、鉋をかけてカーブをつけていく。

「これはね、外丸っていう鉋で、板を一枚一枚削って形を合わせていくんだ」

 離れの作業場にて、マリオンはメリッサに説明しながら鉋で板を削る。板に微妙な湾曲がつき、桶の側板になっていく様子を、丸椅子に座りながらメリッサは興味深げに眺めている。

「メリッサ、タガに合わせて組み立ててみない??」

「えっ、いいの??」

「ふふっ、その代わり、簡単そうに見えてちょっと難しいけどね」

「あっ、そんなこと言われたら、益々やってみたくなってきたわ」

 可愛らしい雰囲気に似合わず、意外と負けず嫌いな性格のメリッサが腕まくりでもしかねない勢いで桶を組み立て始めた。しかし、板の上下に迷ったり、最後の一枚が上手く入らなかったりと、予想以上に悪戦苦闘している。

「確かに、なかなか難しいのね……」

 思うように出来ず、焦るメリッサを見兼ねたマリオンが手伝い始め、ようやく桶を組み立てが終わると、マリオンは先端に鉄がついているヤという道具を木槌で打ち付けながら、タガを少しずつ締めていった。

「マリオンってば、凄いわ。こんな難しそうな作業を、いとも簡単そうにやってのけるんだもの」

「この仕事に関わり出して七年になるからねぇ。でも、イアンさんの方がずっと手早く作るから、僕なんてまだまだだよ。それに、見た目がちゃんと出来ていても、水漏れとかの不具合が出たら駄目だし……って、これならまず水漏れはしないと思うから、そこは安心してね!」

 慌てて自分が言った言葉を取り繕おうとするマリオンが可笑しくて、メリッサは思わず噴き出し、コロコロと笑い声を立てる。笑われたにも関わらず、メリッサの明るい笑顔が見れたことでマリオンの心は一気に和む。

「あとは取っ手を付けるだけなんだけど、そろそろお茶の時間だし、休憩がてら居間に行こう」

「私も呼ばれていいの??」

「勿論だよ!」

 マリオンはメリッサに笑い掛けると、彼女を居間へと案内した。


(3)


「せっかくのお休みなのに、突然お邪魔した上に、お茶まで頂いてしまって……、何だかすみません……」

 メリッサは申し訳なさそうに身を竦ませ、イアンとシーヴァに謝る。

「あぁ、別に気にしないでいいさぁ。だから、そう固くならずに寛いで下さいな。それよりも、マリオンにランス以外の友達、しかもこんな可愛らしい友達がいたとは」

 イアンがニヤニヤとした笑みを浮かべて、マリオンに意味ありげな視線を送り付ける。

「イアン、マリオンの友達の前でみっともない笑い方しないで頂戴。恥ずかしい」

 すかさず、シーヴァがイアンにぴしゃりと痛烈な注意を促す。

「お前なぁ……」

 言い返そうとするイアンを無視して、シーヴァはメリッサの元へ紅茶を運ぶ。

「ごめんなさいね、お茶くらいしか出せるものがなくて……」

「いえっ、そんなことないです!ありがとうございます!!」

 メリッサは恐縮しながら、シーヴァからカップを受け取る。

「おかあさん、アリスが泣いているよ」

「えぇっ!?もう起きたの!?」

 アリスを寝かせている寝室へ小走りで向かうシーヴァに続き、「僕も一緒にいくーー!!」と、ノエルも後をついていく。

「見ての通り、家には小さい子供達がいて騒がしいし、落ち着かないかもしれないけど、ゆっくりしていってね」

「あはは、大丈夫よ。私の実家も似たような感じだったし」

 そう言って笑いつつ、その笑顔がほんの少しだけ寂しそうだったので、マリオンは気になったが、あえて聞くことはしなかった。何だか、触れてはいけないような気がしたのだ。

「ノエル君はお母さん子ね。さっきから、お母さん、お母さんって、シーヴァさんの後にずっとくっついてる」

「あれでもマシになった方なんだよ??アリスが生まれたばかりの頃なんて、赤ちゃん返りって言うのかな??今まで出来ていたはずのことが急に出来なくなって、シーヴァにここぞとばかりにべったり甘えていたから、大変だったなぁ。と言っても、僕は大して何もしてなかったけど……」

「でも、マリオンにもよく懐いているわよね??きっと、普段から可愛がっているんだろうな、ってことがよく分かるわ」

「うん、ノエルは年が離れた弟みたいで可愛いよ!この間なんかさ、近所の人に貰ったジンジャークッキーをあげたら『兄ちゃん、半分こにしよ!』って、ニコニコ笑いながら分けてくれたんだ」

 その時のことを思い出したからか、顔を綻ばせるマリオンにつられてメリッサにも自然と笑みが零れる。

「おぉ、連れて来たのか」

 アリスを抱きかかえながら、ノエルも引き連れてシーヴァが居間に戻ってきた。

 アリスは、シーヴァ譲りの黒髪とハシバミ色の瞳に、イアンに似ておっとりと優しい顔立ちをした、もうすぐ八カ月になる女の子だ。

「シーヴァ。俺がアリスの面倒見るから、お前も席に着いてお茶を飲めよ」

「ありがとう、助かるわ」

 シーヴァは、イアンにアリスを預けるとようやく椅子に座った。

「小さい子を二人も抱えて、大変そうですね……」

 メリッサが気遣うようにシーヴァに話しかける。

「そうねぇ……、でも、家は主人もマリオンも子育てに協力してくれるから、随分助かっているわ」

 すっかり温くなってしまった紅茶を飲みながら、シーヴァは答える。

 家事と育児に追われつつも薄化粧をきちんと施し、質素ながら身綺麗にしているせいか、シーヴァはとても子供が二人もいる母親には見えないくらい美しかった。元々が若くて美人ということもあるが、母親でありつつ、女性としての意識も捨てていないのだろう。

 自分もこういう女性になりたいものだ、とメリッサは密かに思ったと同時に、自分なんかが果たして母親になれる日など来るのか、と自嘲気味な思いにも駆られたのだった。

「よし!休憩も済んだことだし、取っ手を取りつけに行こっと!」

 マリオンがやる気を上げるかのように、左右の肩をグルグルと交互に回しながら立ち上がる。

「あ、そんなに時間は掛からないから、メリッサは引き続き、ここで皆とお茶しながら待っててね」

「えっ……、ちょっと……」

 メリッサが何か言い掛けるのに気付かないまま、マリオンは足早に作業場へ行ってしまった。一人残され、すっかり困惑しているメリッサに、「マリオンもまだまだ、気遣いがなってないわね」と、シーヴァがぽつりと呟く。

「良く言えば、純真で天真爛漫ね。まぁ、歳の割に子供っぽい部分が玉に瑕だけど」

 シーヴァの褒めているんだか、けなしているんだか分からない口ぶりに、メリッサは思わず苦笑を漏らす。

 確かに、マリオンはメリッサと同じ十九歳だが、時々、妙に幼く感じることがしばしばある。しかし、それはラカンターの厨房やカウンターに入っている彼を垣間見ていた時の印象と、実際接してみた彼との印象は良い意味で違うものだった。

 メリッサがマリオンを初めて見た時の印象は、「なんて綺麗な男の人なんだろう」と人知れず感嘆を漏らしたと同時に、「でも、あんなに綺麗な顔立ちしていたら、女慣れしていそう」とも、勝手に思っていた。

 だがあの夜、真っ赤な顔をして言葉をつっかえさせながら自分に声を掛けて来たマリオンを見た時、何て純粋で可愛い人なんだ、と、メリッサの胸にキュッとくすぐったい想いが沸き起こる。そして、一晩中話している内に図らずも彼に恋をしてしまったのだ。

 生活の為とはいえ、街娼なんかやっている汚れた自分と純粋無垢なマリオンとでは釣り合わないーー、一旦は諦めようとしたのだが、先日、ランスロットと共にリバティーンに顔を出してくれた彼と接したことにより、想いが益々深まってしまった。

 そこで、メリッサはマリオンが出ていない日のラカンターにて、ランスロットにマリオンへの気持ちをこっそりと打ち明けたところ、「桶を作って欲しいとか何とか言って、あいつの家に押しかけてやれ。あいつは色恋ごとに関して余りに疎すぎるから、それくらいやらないと何も伝わらないぜ??」と背中を押されたため、彼に会うだけではなく、彼の家族に会わなきゃいけないことには随分と気が引けたが、勇気を振り渋って家にやって来たのだった。

 結果、マリオンはともかく、彼の家族にもこうして良くしてもらっている。

 今日初めて訪れたマリオンの家はとても暖かく優しい空気に包まれていて、メリッサは実家に住んでいた頃のことを思い出し、気付くとアイスブルーの大きな瞳を涙ぐませていた。

「お姉ちゃん、どうしたのーー??何で泣いてるのーー??」

 ノエルが母親譲りの整った顔に不思議そうな表情を浮かべて、メリッサの傍に寄って来た。

「あ……、えっと……」

 ノエルだけでなく、イアンやシーヴァからの怪訝そうな視線も感じ、メリッサが何て答えようか返答に窮していると、「えっ!メリッサ、どうしたのさ!?」と、作業場から戻ってきたマリオンが素っ頓狂な声で叫ぶ。

「ご、ごめんなさい……。ここの家が余りに暖かい雰囲気だったから、ふと自分の実家を思い出しちゃって、つい……」

 鼻をスンと軽く啜りながら、メリッサは涙の理由を皆に説明する。

 急に泣き出したりするなんて、変な奴だって絶対に思われたに違いない。

 メリッサは顔から火が出るような気分に陥り、恥ずかしさの余り顔を俯かせてしまった。

「どういう理由で家を離れたのかは分からないけど……」

 マリオンが遠慮がちに言葉を続ける。

「メリッサさえ良ければ、これからも家に遊びに来てよ。イアンさん、シーヴァ、別にいいよね??」

 マリオンの問い掛けに、「あぁ。俺は構わないさぁ」「マリオンの友達だもの、歓迎するわよ」と二人は笑顔で答え、「僕もいいよ!」とノエルも答える。

「だってさ」

 自分に向けて爽やかに微笑むマリオンを見て、メリッサもようやく微かに笑顔を浮かべたのだった。


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