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第一歩

(1) 


結局、墓参りの後に教会の中へは入らず(告解室で懺悔をするようイアンは薦めたが、大丈夫だとマリオンはやんわりと断った)、再び街中へと二人は戻っていった。

「……イアンさん、今度は何処へ行くんですか??」

 少しずつではあるが、口数が増えてきつつあるマリオンの様子にホッとしながら、イアンは「ついて来れば分かるさぁ」と、曖昧に答える。

 しかし、イアンの進む道が、マリオンが良く知る通りだと言う事に気付くと、途端に顔色が変わり、再び黙り込んでしまった。

 イアンが向かっているのは、ラカンターだったからだ。

(……イアンさんは、一体、何を考えているのだろう??)

 黙り込むマリオンに構わず、イアンは歓楽街の中をどんどん進んでいき、遂にラカンターの前に到着してしまった。

 まだ昼日中で歓楽街にある大半の店は閉まっているにも関わらず、ラカンターの扉は開かれていた。

「おーい、連れてきたぞーー」

 イアンが新しく取り付けられた玄関の扉を開けると同時に、「本当に連れてきたんすか?!」と、男にしてはやや高めの、聞き慣れた声が素っ頓狂に叫ぶ。

「ランス……、何やってるの……」

「何って……、見りゃ分かるだろ??」

 ランスロットは脚立に登り、天井の穴が空いている箇所の補修をしていたのだ。

「あぁ、そうだ。来て早々悪ぃけど、店のペンキ塗り手伝ってくれねぇか??」

「……えっ……」

「床に付いた血痕がいくら掃除しても落ちないし、かと言って、床の張替えするには金が足りないし。ったく、ボスの奴、俺にこんな面倒な仕事残して逝っちまうんだからよ。本当勘弁してくれっての」

 ランスロットは悪態をつきながら、天井にコンコンと釘を打ち付ける。

「おーい、ランス。死んだ人間の悪口は言うもんじゃないぞぉ??」

「いいんですよ、おやっさん。あの人のことだから、どうせあの世で『うるせぇよ、クソガキ』って言い返してますからっ」

 フンッと息巻くランスロットに、やれやれとイアンは肩を竦める。

「よーし、俺も手伝うとするかぁ。ほら、マリオン。ボサッとしないでお前も手伝うんだ」

「えっ……、あっ、はいっ!」

 ランスロットとイアンの勢いに押され、マリオンはペンキ塗料が入ったバケツに刷毛を突っ込み、作業を開始したのだった。

(……あっ……)

 床に点々と、箇所によってはべったりと赤茶けた染みが残されている。特に染みが大きく濃い部分は、ハルが息を引き取った場所だ。

 ハルは柄も口も悪かったが、整った容姿の割に気さくでとても面倒見の良い男だった。ランスロット同様にマリオンも、彼の事を雇い主と言うよりも歳の離れた兄のように思っていた。そんなハルが、命を賭して守りたかったこの店を一日でも早く、営業再開出来るように準備しなければ。

 マリオンは血痕の上に刷毛を滑らせ、こげ茶色のペンキを塗り重ねていった。


(2)


 ペンキ塗りは四方の壁、天井、玄関、床の内装部分全般の他に、外の柱にまで至り、作業が完全に終了する頃には午後一〇時を過ぎていた。

「作業も終わったことだし、飲みにでも行くかぁ。今日は俺の奢りだ」

「やった!!」

「ただし、一杯ずつな??調子に乗ると、シーヴァに張っ倒される」

「了解っす!」

 イアンの奢りと言う言葉に、ランスロットとマリオンはさっきまでの疲労はどこへやら、途端に元気を取り戻す。ようやく本来の明るいマリオンに戻ってきたことに、イアンは心から安堵した。

 ラカンターのすぐ近くのパブで、カウンターに座りながら三人はビールを飲んだ。

「労働の後のビール程、美味いもんはないぜ!!」

「ランス、おじさん臭いよ」

 マリオンは思わず苦笑を漏らしながらも、彼の変わらぬ明るさに少なからず救われたことに感謝していた。

「ランス、ありがとう」

「何がだよ??」

「君が前向きに生きようとする姿を見ていたらさ、いつまでも落ち込んでちゃいけない、って思えてきたんだ」

「あぁ……。俺はただ、あの人が命を懸けて守ろうとしたものを潰しちゃいけねぇ、って思っただけだよ」

 ランスロットは気恥ずかしいのか、マリオンから視線を逸らす。

「ところで、あの懐中時計はどうした??」

「勿論持ってるよ。ハルさんの形見だし……」

 マリオンは上着の胸ポケットから懐中時計を取り出す。

 あの後必死になって磨いたものの、染み付いた血は完全に取れず、所々に薄っすらと赤茶けた染みが付着していた。

「そう言えば、まだ中を開いていなかったなぁ」

 何気に蓋を開けたマリオンは、蓋の裏側に貼ってある写真を目にすると、思わず息を飲むこととなった。

「メリッサ……?!ううん、よく似ているけど、違う……。あっ……、もしかして……」

「この人、ボスの死んだ恋人だろ??」

「えっ、ランス、知ってるの??」

「話だけなら、耳にタコが出来るくらい聞かされた。あの人、泥酔すると必ずと言っていい程、泣きながら死んだ恋人のことを語るんだよ」

「僕……、ハルさんが泥酔するところ見たことないけど……」

「そりゃ、お前が閉店時間まで店にいないからだ。最も、俺とごく一部の常連客の前でしか、そんな姿見せなかったけどな」

「…………」

「不謹慎かもしれないけど……、今頃、あの世で恋人と仲良くやってんじゃねぇの??」

「……そうだね」

 しばらくの間、二人の間には沈黙が流れたが、先に破ったのはランスロットだった。

「なぁ、マリオン。もうそろそろ、メリッサに会いに行ってもいいんじゃねぇか??」

「…………」

「あいつは取り立てて美人とかじゃないけど、明るくて気立てがいいし、他の男が放っておくとは思えないぜ??盗られても構わない、って言うなら、話は別だが……」

「……それは、嫌だ……」

「だったら、とっとと会いに行けよ。お前が危険を冒してでも、守りたかった女だろ??」

「……うん……」

 別にメリッサの事を忘れていた訳ではない。

 口に出さないだけで、むしろ一日だって忘れたことなどなかった。

 特に、ハルを失って塞ぎ込んでいた時は、彼女の明るい笑顔が無性に見たくて堪らなかったくらいだ。

 だが、まだ自分が不安定な精神状態だと自覚している内は、必要以上にメリッサに甘えてしまうのではないか、という不安があり、完全に立ち直るまでは会わない方が良い、そう思っていたのだ。

 そんなことをランスロットに打ち明けると、指で額を思い切り弾かれた。

「……ランス……。だんだん、やることがハルさんに似てきたよ……」

「あぁ??お前があんまりにも情けない事言うからだろ??メリッサはお前が思う程、やわな女なんかじゃねぇぞ??別に、甘えたきゃ甘えりゃいいだろ??」

「うぅ……」

「お前が弱っているメリッサを支えたように、メリッサだってお前を支えてくれる。そうやって人は支え合って生きていくんだ。お前とメリッサなら、充分やっていけるさ」

 そうだ。

 人は一人じゃ不完全で脆弱だから、誰かと助け合って生きていくし、そうやってお互いの弱さを助け合うことで、徐々に強くなっていく。

 一気に強くなろうとするから苦しくなって、歪みが生じるんだ。

 少しずつでいいから、前を向いて歩こう。

 その第一歩として、彼女に会いに行こう。

「ランス、ありがとう」

 マリオンはランスロットに礼を言うと、瓶の中に残っていたビールを一気に飲み干したのだった。


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