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炎上

 ハルとランスロットは、クロムウェル党の一味から放たれる銃弾の雨の中を、這う這うの体になりながら何とか切り抜け、ようやく外へと飛び出した。

 と言っても、全身のあちこちに弾が掠っているので、白いシャツやベストが所々血で染まっている。(上着は頭に被って弾避けに使用し、使い物にならなくなった時点でどこかに投げ捨ててしまった)

「ランス、あれを見ろよ」

 道端に突っ伏しながら呼吸を整えていたランスロットに、左腕で右腕を軽く押さえたまま立ち尽くしているハルが、上空を見上げるよう促す。態勢はそのままで、顔だけを上向かせたランスロットは言葉を失う。

 冬の夜空に浮かぶ無数の星々――、特に今日は空気が澄んでいるせいか、いつにもまして星の煌めきは強く、ダイヤモンドのように輝いている。シリウス、ペテルギウス、プロキオンの恒星が織り成す冬の大三角形だけでなく、その間を流れるミルキーウェイがはっきりと目にすることができるのだから。

 しかし、そんな美しい星々まで焼き尽くそうとするかの如く、地獄の業火と見紛うような、赤々と燃え滾る炎が夜空を焦がす。クリスタル・パレスや観覧車のみならず、泣き叫びながら逃げ惑う群衆を燃料にして。その阿鼻叫喚の光景は、まさに地獄絵図そのものである。

「男爵を追いかけるためとはいえ、マリオンが機転を利かせてくれなきゃ、今頃俺達もあの中だったかもな」

「…………」

「あの男爵が言ったように、クロムウェル党の奴らは本物の馬鹿共だ。メリルボーン父娘への復讐計画の杜撰さも相当酷かったが、まさかクリスタル・パレスに火を放つとは……。大方、メリルボーン達も男爵も殺せなかったことで自棄になったんだろうが……。自棄になった馬鹿程厄介だ。後先考えない分、何をしでかすか分からない」

 ハルはまだ左腕で右腕を押さえながら、「おい、ランス。休憩は終わりだ、店に戻るぞ。マリオンが帰ってくるのを待たなきゃな」と、ランスロットに声を掛け、クリスタル・パレスに背を向けて歩き出す。

 ランスロットはハルの言葉に従い、すぐにサッと身を起こす。その際、傷に障ったのか、眉間と鼻に皺を寄せて軽く呻く。

「しかし、俺達も俺達で満身創痍だな」

 自分とランスロットの、ぼろ雑巾のような姿を交互に見比べてハルは笑う。表情こそ笑顔だが、顔色が真っ青で唇が青紫色に変色している。長い前髪の下に隠れている額には、脂汗まで浮かんでいる。

「ボス……、顔色悪くないっすか??」

 そう言えば、ハルは先程から右腕を押さえ続けている。

 ランスロットは、恐る恐るハルの右腕の肘から指先まで、ゆっくりと目線で辿る。途端に、鳶色のどんぐり眼をカッと大きく見開かせ、明らかに顏を強張らせた。

「……ボス……、指が……」

 ハルの右手の小指は根元から欠損していて、右手全体が血塗れになっていたのだ。

「バレたか」

「バレたか、じゃねえよ!!」

「傷を直接押さえないで、腕を掴んで誤魔化していたんだが……」

 いつものように軽く笑うハルに対し、信じられないとばかりに、ランスロットは思い切り怒鳴りつける。よく見ると、ランスロットは今にも泣きそうな表情をしている。

「そう怒るなよ」

「怒るに決まってんだろ!あんたはいつもそうだ!!自分自身を蔑ろにし過ぎなんだよ!!」

「あぁ、はいはい。説教なら、店に着いてからいくらでも聞いてやる」

「まずは医者に行けよ!!」

「それは出来ない。マリオンが無事に帰ってきた時のために店を開けてやらなきゃいけないからな」

「だったら、俺が店に残るから、あんたは医者に……!」

「いや、俺の目であいつの無事を確認したいんだ。これくらいの失血なら、あいつが帰ってくるのを待つ間くらいなら、応急処置で事足りる。それから医者に診てもらっても大丈夫だろう」

 ランスロットは納得出来ていないものの、「分かりましたよ……」と、唇をへの字に歪めながらも了承する。

「この件が片付いたら、俺の義指代稼ぐためにガンガン働いてくれよ??」

「嫌っすよ。それよりも、あの男爵かメリルボーン家辺りに、慰謝料代わりに請求したらどうすっか??」

「バーカ。あいつらが、俺ら庶民相手に簡単に金出すわけないだろ」

 ハルとランスロットはいつものように憎まれ口を叩き合いながら、ラカンターへと向かったのだった。


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