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幕開け

(1) 


 ――更に二カ月後――


真冬に差し掛かるこの時期は、日が落ちる時間が早くなる。特に、今は日が一番短いので、夕方五時には辺り一面が闇の世界に変わってしまう。

すっかり夜の闇と化した空を見上げたまま、マリオンは家の前でランスロットを待っている。

「悪ぃ、マリオン!遅くなっちまった!!」

 約束の時間よりも少し遅れて、ランスロットがやってきた。

「……って、やっぱりマリオンはこういう服装すると、どこからどう見ても良家のお坊ちゃまにしか見えなくなるよなぁ……」

 夜の礼装である、黒い燕尾服姿のマリオンを見たランスロットはしきりに感嘆の言葉を漏らす。そんな彼に、マリオンは苦笑交じりに「ありがとう」と、とりあえず礼を述べた。

「でも、ランスだって背が高くて体格が良い分、よく似合ってるよ」

「そうかぁ??俺としては、着慣れない格好で肩が凝りそうなんだけどよ」

 ランスロットも、マリオンと同じく黒い燕尾服を身に纏っている。

「じゃ、ヨーク橋の手前まで行こうぜ。早くしないと、ボスの雷が落ちかねない」

 二人は夜の寒気と闇の中、ヨーク橋まで急いで向かった。

 早足で向かったせいか、十分足らずでヨーク橋の手前に辿り着くと、橋の欄干に腰掛けて煙草を吸っているハルを見つけた。

「お前ら、遅いぞ。こっちはお前らみたいに若くないし、体力が弱りつつあるオッサンなんだ。寒さで身体がやられちまうかと思ったぜ」

二人に倣い、黒い燕尾服を着たハルは整った顔を不機嫌そうに歪めながら、咥えていた煙草を河へ投げ捨てる。黙っている分には、やや渋みを帯びた美しい紳士と言った体なのに、口を開くと途端に柄の悪いチンピラみたいになってしまう。

「まぁまぁ、ボス。寒いのは皆一緒だし、まだ迎えの馬車も来てないっすよ??」

 寒さですっかり機嫌を損ねているハルを、ランスロットが宥める。

 いつもなら微笑ましく思う光景も、今日に限ってマリオンは複雑そうな面持ちで見つめている。そんなマリオンの様子にハルがすぐに気付く。

「どうした、マリオン。珍しく浮かない顔をしてるぞ??」

「えっ……??これは、その……」

「何だよ、はっきり言ったらどうだ??」

 ハルの金色掛かったグリーンの瞳に鋭く見据えられ、マリオンはたじろぐが、すぐに口を開く。

「今回の件、僕だけで良かったのに……、ランスもハルさんも巻き込んでしまって……、何だか申し訳ないです……」

 言葉を切ると同時に、マリオンはハルからサッと目線を逸らす。その様子を見たハルとランスロットは顔を見合わせた後、「ばーか、お前、今更何言ってんだ??」と、揃って鼻で笑い飛ばした。笑い飛ばされたマリオンは、「へっ……」と間の抜けた表情を見せる。

「お前は人が好すぎるし少々臆病な部分があるから、万が一の時のために俺らで尻叩いてやるんだ」

「嫌なら、お前が土下座しようが泣き喚こうが、俺もランスも知らん顏するし。それに」

 ハルが一瞬言葉を切ったのち、更にこう続けた。

「これ以上、クレメンス・メリルボーンの好き勝手やらせる訳にはいかない。今まで奴がしてきた悪事の証拠品をファインズ男爵に渡すことで、奴に制裁が加えられ、荒れてしまったこの街が少しでも良くなってくれりゃ……。そう思っているだけだ。まぁ、一度は拒絶された実の父親と九年ぶりの対面を果たすだけでなく、証拠品を渡す役のお前に比べりゃ、俺達は気楽なもんさ」

「…………」

 イングリッドから聞かされた計画――、その協力者となってくれるハルに、マリオンは自分の出自を語ったことで、彼はマリオンがダドリー・ファインズの息子だということを知ったのだ。

 しかしハルは、「親が誰だろうと関係ない。お前はお前だ」と、以前と全く変わらない態度で接してくれる。それがマリオンにとって、どれだけ嬉しかったことか。

「それより……。馬車はまだかよ!俺は寒いんだよ!!」

 ハルは本当に寒いのだろうが、わざとらしく身体をブルブルと震わせる。

「あの女……、芝居の入場券と服こそ用意したはいいが、肝心の迎えを忘れたりしてないだろうな……、って……」

 ズボンのポケットに手を突っ込み、指先を温めていたランスロットが橋の向こうを凝視する。

「マリオン!ボス!!多分、あれが迎えの馬車じゃないっすかね?!」

 ランスロットの視線の先をハルとマリオンが追ってみると、そこには、ブルーアムと呼ばれる大型箱馬車が二台並んで走っていた。

「さすが、ファインズ家の次に名家と言われるだけあって、庶民相手にブルーアム二台寄越すとはな」

 ハルがニヤリと笑いながら、徐々に近づいて来る馬車を見て感嘆の声を上げる。

 やがて、二台の馬車が三人の前に停まるとすぐさま、「おい、そこの二人はこの馬車に乗れ!」と、御者がハルとランスロットに乱暴な口調で馬車に乗るよう促す。

「……あ??」

 御者の不遜な態度に、ランスロットは鳶色のどんぐり眼を険しくさせて睨みつけるが、「ランス、気持ちは分かるが抑えろ」とハルに諭され、やや不貞腐れた態度で馬車に乗り込んだ。

「貴方が、マリオン様ですね??貴方はこちらにお乗りください。乗る際には、お足元にはお気を付けください」

 もう一台の馬車では、二人の時とは打って変わり、丁寧な口調で御者がマリオンに声を掛けてきた。

「あ、ありがとうございます……」

 御者の恭しい態度に戸惑いながらマリオンが馬車に乗り込むと同時に、ハルとランスロットが乗っている馬車が動き出し、すぐにマリオンの乗る馬車も動き出す。

 ゴトゴトという音と共に馬車に揺られながら、マリオンは燕尾服の胸ポケットから一枚の封筒を取り出す。封筒の中に入れられるだけ書類を入れたからか、封筒がパンパンに膨らんでしまっている。

『これは、お父様がクロムウェル党の頭だった、亡きハーロウ・アルバーンに渡した契約書及び、仕事の依頼書の一部よ。ハーロウを殺害した後、私がすぐに持ち去ったの』

 「目的地」についたら、まずはクリープ座の芝居を観る。その後、イングリッドからファインズ男爵を紹介するので、その時にマリオンが封筒を彼に渡す。

 たったそれだけのことなのに、マリオンは心臓がギュっと収縮するような痛みを感じる程、緊張している。

(出来ることなら、九年前のことは忘れていて欲しいなぁ……)

 しかし、九年振りとなる実父との再会は、マリオンにとって一生忘れることが出来ない、忘れてはいけない日になるのだった。


(2)



 舞台衣装を身に着け、化粧を終えたイングリッドが楽屋である人物を待っていると、扉を叩く音が聞こえた。

「どうぞ、お入りになって下さい」

 イングリッドの声掛けと共に部屋に入って来たのは、待ち人かと思いきや、父クレメンスだった。

「イングリッド、計画通りにマリオンを会場に呼び出したか??」

「……はい……」

 クレメンスは満足そうに鼻を鳴らした後、「そうか、後は公演後にマリオンを楽屋に連れて来るんだぞ??いいな」と、イングリッドに釘を刺す。

「はい、承知しておりますわ。お父様」

 イングリッドの返事を確認すると、クレメンスはすぐに会場の席へと戻って行った。

(……舞台に立つ私への言葉は、何もないのね……)

 溜め息をついた直後、再び部屋の扉を叩く音が。

「どうぞ、お入りになって下さいな……」

 先程よりも、いささか暗い声色で声を掛ける。楽屋に入って来たのは、本来の待ち人ーー、スラリとした長身に最高級の素材を使った燕尾服を身に纏う、銀髪とコバルトブルーの瞳が特徴的な美しい紳士、ダドリー・R・ファインズ男爵だ。

「男爵様、ご機嫌麗しゅう存じ上げます。我がクリープ座の初日公演を観に来ていただけただけでなく、こうして楽屋までご足労願われるとは……、光栄の極みですわ」

 イングリッドはスカートの裾を両手で掴み、腰を落としてダドリーに挨拶をする。

 ダドリーはそんな彼女を一瞥しつつ、言葉を発せずに彼女を見つめている。

「男爵様、実は……、公演終了後に是非とも会っていただきたい者がおります」

「……ほぉ??」

 ダドリーはピクリと眉を擡げると、「いいだろう、では、公演後にまたここへお邪魔しよう」とだけ告げると、楽屋から出て行ったのだったーー。

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