疑惑
(1)
「『昨今、この街で発生している連続通り魔事件、コーヒーハウス・リバティーン店主と女給殺し及び、パプ・ラカンター襲撃事件等、一連の凶悪犯罪の首謀者と疑われていた、クロムウェル党の首領ハーロウ・アルバーンが自宅にて遺体で発見された。死因は、毒物と阿片の過剰摂取によるものと断定。他殺か自殺かは不明だが、恐らく警察に逮捕されることを恐れての自殺の可能性が高いとみられている』だとさ」
その日、号外として配られた新聞の記事を字が読めない客達に代わり、ランスロットは読み上げ、内容を伝えた。
すると、客達が一斉にランスロットの方を凝視し、「ランス、お前字読めるのか!喧嘩とギターだけが取り柄の男じゃなかったんだ!!」「すごいよなー、俺、ハーロウ・アルバーンって部分しか読めなかったぞ」と、彼が識字出来ることに対して、口々に驚きの声を上げる。
「あのなぁ……、注目すべきはそこじゃないだろ?!あと、何気に失礼っすよ?!」
ランスロットは呆れながら新聞をカウンターの上に置くと、ビールを取りに厨房の中に入っていった。
「ランス、お前が小難しい新聞記事を難無く読めるとはな」
ニヤニヤと笑いながら、ハルはランスロットをからかう。
「ボスまで、そう言いますか?!」
「褒めてんだよ。誰かに習ったのか??」
ランスロットは一瞬迷いを見せたが、すぐにハルの質問に答えた。
「……ガキの頃、マリオンに教えてもらいました」
「……そうか」
まだ何か言いたそうにしているハルから逃げるように、ランスロットはビール瓶数本を手にして、厨房を出て行こうとする。
マリオンと親友であるランスロットは、彼の生い立ちや出生の秘密――、母がクレメンス・メリルボーンの愛人だったため、メリルボーン家で生まれ育ったこと、実の父がダドリー・ファインズ男爵だということを知っている。
ところが、「メリルボーン家から追い出され、イアンさんに拾われた時に僕は生まれ変わったから、それまでの暮らしに関しては出来れば人に知られたくないんだ。家族やランスはともかく、もしも僕がファインズ男爵の落とし胤で上流階級の人間だと皆が知ったら……、きっと皆の見る目が変わってしまう。僕はごく普通に生きたくても、周りがそれを許してくれなくなるのが怖いんだ……」と、マリオン自身は自分の出自を人に知られることをひどく恐れていた。
だから、勘の鋭いハルに余計なことを悟られてはいけない、と、ランスロットは思ったのだ。そんなランスロットの気持ちを知ってか知らずか、尚もハルは話し掛けてくる。
「なぁ、ランス。マリオンって不思議な奴だよな。あの顔立ちや天真爛漫な性格は元より、丁寧な言葉遣いといい品のある物腰といい、ガキの頃から字が読めることといい、浮浪孤児の出とはとても思えない。もしかしたら、本当は上流の出なんじゃないか、と時々思うんだが……」
「どうなんすかねぇ??あいつは、イアンのおやっさんに拾われる以前のことを滅多に話したりしないから、詳しくは俺も知らないっすね」
「お前でもマリオンに関して知らないことがあるのか」
そう言うと、ハルが口を閉ざしたのでランスロットは内心胸を撫で下ろす。が、その直後、ハルが発した台詞にドキリとさせられることとなった。
「もしかしたら、ファインズ男爵の落し胤だったりしてな」
「そんな訳ないじゃないですか?!」
ハルの言葉に被せるようにランスロットが声を荒げて否定したため、ハルは思わず面喰う。
「ランス……、何でお前がそんなムキになるんだよ??」
「あ、これは……」
ランスロットは、嘘や誤魔化しが下手くそな自分を忌々しく感じた。
「まぁ、単にマリオンの髪と瞳の色が男爵と同じだから、ふとそう思っただけだ。あと、やたら綺麗な顔立ちとかもな。でも確かに、もしあいつがそんな身分であれば、棺桶職人や酒場の従業員なんてやっちゃいないだろうよ」
「そ、そうっすよ!もし、あいつが男爵の息子なら、今頃は優雅な金持ち生活満喫してますって!!」
「おい!ランス!!ビールはまだなのか?!」
客達に催促され、ランスロットが慌てて厨房を後にしたため、この話題はこれで打ち切りとなった。
(2)
マリオンのことをファインズ男爵の落し胤では、と疑いの目を持つ者は、今までにも何人かいた。ハルが述べたように、彼の髪や瞳の色――、特に、ブロンドを通り越した銀髪は非常に珍しいだけでなく、ファインズ家の人間に代々現れやすい特徴として有名だったからだ。
しかし、当のマリオンはそのことについて人に尋ねられる度、先程のランスロット同様、「もしそうだったとしたら、僕は今頃ここにはいませんよ」と笑って否定していたし、ハルも「たまたま似たような特徴をしているだけだろう」と今までは余り気に留めていなかった。
だが、先日の事件の折、イングリッド・メリルボーンが自分やランスロットよりもいち早く、マリオンに情報を知らせていたことが気になっていたのだ。何となくだが、メリッサや自分、ランスロットではなく、マリオンを優先的に助けたかったのではないだろうか、と。
そこでハルが考えたことは、ひょっとしたらマリオンはファインズ家の血を引く人間で、メリッサの周辺をクロムウェル党に探らせている内にそのことをクレメンスやイングリッドが知ったとしたら……。
きっとマリオンに何らかの利用価値を見出すだろう。
その証拠にクレメンスは、クロムウェル党を捕えるための協力として資金を警察に提供する、と宣言したらしい。今まで散々彼らを利用しておきながら、あっさり切り捨てたのだ。ということは、クロムウェル党の利用価値がなくなったのか、それ以上の利用価値があるものを新たに見つけたか。おそらく、その両方だろう。
昔から、ハルの勘は良く当たる。良いことであろうが悪いことであろうが。
ランスロットにカマを掛けたのも、マリオンの親友である彼なら何か知っているかもしれないと踏んでのことだ。実際、ランスロットが必死で誤魔化そうとする素振りでハルは確信した。
マリオンはファインズ男爵の息子だ。
きっとまた、近いうちにメリルボーン家の人間がマリオンに近づいてくるに違いない。
ハルにとって、マリオンはランスロット同様、店の従業員ということ以上に可愛い弟分だ。表面的には飄々と振る舞うものの、アダを失い、人生に失望を覚えていたハルに、この二人の若者は再び生きる希望と楽しみを与えてくれた。故に、メリッサも含めて、彼らには多くの幸に恵まれて欲しいということが、ハルの唯一の願いだった。
(さて、あいつを守るためにはどうするべきか……)
自分の予想が杞憂に終わればいいのだが……。ハルは今後のマリオンの運命を密かに案じるのであった。




