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戦意喪失

 低い舞台の上で、亜麻色の長い髪とエメラルドグリーンの大きな瞳をした女が、ギターの伴奏に合わせて軽やかに歌っている。彼女の傍らで、椅子に座ってギターを弾いている長身の男はハルだった。

 二人は時折、合図を送る振りをして、見つめ合った。お互いに笑顔を浮かべながら。

『ねぇ、ハル。貴方がこの店の店主になったら、娼館からミュージックホールに改装したら??』

『そりゃ名案だな、アダ。その時は、お前が舞台で歌姫になるんだぞ??』

 これは、ハルとアダの夢だった。

 アダの死後、娼館を酒場に変えたのも彼女との夢を果たしたかったからだ。

 彼女はこの世にいないし、ミュージックホールではないけれど、腕のあるギター奏者が二人もいて、歌姫もいる。

 二か月だけだったが、アダを失ってから八年の時を経てようやくハルの夢が叶った。もう思い残すことなど何もない。

 ハルは新たな店の権利書の欄にランスロットの名を記すと、あらかじめマージョリーに頼んでおいて、手に入れた短銃に弾を込めていく。

(……これ以上、奴らの好き勝手にさせる訳には行かない)

 上着のポケットに短銃をしまうと、ハルは店から出て行こうと玄関の扉を開ける。そこには、まだ顔が腫れているせいで頬に湿布を張ったマリオンが立っていたのだ。

「マリオン……、お前、どうしたんだよ??」

「こんな朝早くだと、ハルさん、寝てるかな、とも思ったんですけど……。その、昨夜はお店の方も大変だったのに、僕の所まで駆け付けてくれて……、ありがとうございました」

「何だ、そんなことを言うために、わざわざ店に来たのか??律儀な奴だなぁ」

 ハルは、呆れたように肩を竦めて笑う。その笑顔はどことなく、ぎこちなかった。

「あ、あの……」

「何だ、まだ何かあるのか??」

「ランスが……、言っていたんですけど……」

 マリオンは、躊躇いながらも言葉を続ける。

「ハルさんは、『自分には店と、店に関わる人を守るためなら、何だってする。人殺しだって厭わない』って言うような事を言っていたと聞いて……」

「あ??俺、そんなこと言ってたか??」

 ハルは適当にはぐらかそうとしたが、マリオンの真っ直ぐな視線を目にすると、思わず言葉を飲み込んだ。

「早まらないでくださいね。ハルさんに何かあったら、僕は悲しいです。僕だけじゃない、ランスも、メリッサもきっと悲しむと思うんです。だから……、って、痛っ!!」

 マリオンはハルに額を指で弾かれ、小さく悲鳴を上げる。

「ガキが生意気言ってんじゃねぇよ」

「す、すみません……」

「ったく、お前はそこそこ修羅場を経験している癖に、どこまでも純粋な奴だな」

「すみません……」

「あ??謝るこっちゃねぇよ。むしろ、誇りに思っとけ」

「は、はい……」

 恐縮して身を縮こませるマリオンに、「さぁ、用が済んだら、とっとと帰れ。俺は眠いんだよ」と、ハルは半ば強制的に彼を追い払ったのだった。

「……やれやれ、戦意喪失だ……」

 ハルは溜め息を零すと、再び店の中に戻って行った。

 しかし、ハルがこの日「行動」を起こさずとも、争いの火種はこの街に少しずつ蒔かれていたのだった。

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