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守りたいもの

(1)

 

 歓楽街を走り抜け、ヨーク橋を渡りきると見慣れた景色が目に飛び込む。

 確実に夜中に差し掛かったであろう時間なのに、どこの家の窓からもカンテラの明かりが洩れている。

(……何で、こんな遅い時間なのに、皆起きてるんだ??ま、まさか……!)

 マリオンは走る速度を更に速め、家に向かう。走ることにより流れる汗以外にも、身体の痛みに耐えていることによる脂汗と精神的な不安による冷や汗が入り混じり、身体が焼けるように熱い癖に寒気が一向に治まらない。

 ふと、遠くから自分に向かって駆け寄って来る人物に気付く。イアンと同じくらい長身で赤毛の男――、ランスロットだ。

「マリオン!!」

「ランス!!」

 二人は同時にお互いの名を叫び合った。

「マリオン!無事だったか!!……って、お前……、この怪我はどうしたんだよ!?」

「ランス、僕の怪我はどうでもいいんだ!それより……、何で、こんな遅くに皆起きているのさ?!」

 マリオンがランスロットに掴み掛かりそうな勢いで問い質したが、彼の顔を見た瞬間、ハッと息を飲む。

「……ランスこそ、その怪我は……」

 ランスロットは唇とこめかみを切っていて、それぞれの箇所から血を流していたのだ。

「あぁ、それこそ、俺の怪我なんかどうだっていい。第一、掠り傷だしな。マリオン、よく聞け。クロムウェル党の奴らが、お前の家を襲撃しに来たんだ」

「……何だって!?」

「でも、安心しろ。俺や近所の連中総動員で奴らを取り押さえたから、イアンのおやっさんもシーヴァさんも、チビ達も無事だ」

「あぁ……、良かった……」

 マリオンはホッとして気が抜けたのか、ガクッと膝を落とし、寸でのところでランスロットが彼の身体を支える。

「おっと!危ねぇなぁ……!」

「あ……、ごめん……。ランスも怪我しているのに……」

「気にすんな。ただ奴ら、相当な手練れだったから、たった二人だって言うのに取り押さえるのに随分と苦労したぜ」

「……え??……二人??三人……じゃないの……??」

「いや??二人だけだったが……??」

 途端に、マリオンはサッとランスロットの腕から抜け出すと、再び家に向かって全速力で走り出す。

「ランス!手下は三人向かったって、イングリッド姉様が言っていた!!」

「何だって?!あ、おい、マリオン!!待てよ!!」

「皆の命が掛かっているのに待ってなんかいられないよ!!!!!」

 マリオンはランスロットの制止を振り切り、ひたすら走り続けた。

 イアンの気弱そうな困り顔、シーヴァの憎まれ口、ノエルとアリスの無邪気な笑顔――、自分にとって当たり前のようであり、何物にも代え難い、かえがえのない大切な家族だ。

 絶対に、絶対にこの手で守るんだ。奪われてなるものか!!

 息を切らして、家の玄関に手を掛ける。閉まっているはずの鍵が掛かっていないーー。

 バンッ!と乱暴な動作で扉を開け放したマリオンは、目に飛び込んできた光景に愕然となった。

「何……、これ……」

 居間の椅子全てが床に倒れ、その内の一脚は背もたれと足の一本が折れている。他にも、戸棚の扉や引き出しも開けっ放しで、割れた皿の破片や匙が床に散らばっていた。 

 マリオンは込み上げてくる不安を押さえつけながら、一歩ずつ居間の中を進み、イアン達の部屋の扉を恐る恐る開けてみる。

 居間と同じく、荒らされた部屋の中はもぬけの空で、人っ子一人いない。念の為に、マリオンの自室も同じように覗いてみるが、誰も見当たらない。

 残るは、離れの作業場だ。

 かすかに赤ん坊の激しい泣き声が聞こえてくる。恐らく、アリスのものだ。と、言う事は、イアン達も作業場にいるに違いない。

 マリオンは、頭と心臓と胃がキリキリと締め付けるように痛むのを堪え、重い足取りで作業場へ向かい、思い切り扉を開け放つ。

「…………」

 マリオンは目を疑った。

 黒づくめの服装をした大柄な男が、マリオンに背を向けて立っている。

 その足元には、イアンがうつ伏せになって倒れていた。

 よく見ると、彼の身体の下にはシーヴァのものらしき長い黒髪が見え、二人の身体の間からアリスの泣き声が聞こえる。きっと、ノエルも同じ場所にいるのだろう。

 そして、マリオンは気付いてしまった。

 イアンの痩せた背中には刃物で切られた痕があり、その傷から血が流れていて、黒づくめの男がナイフを握りしめていることを。

(……間に合わなかった……)

どうして、何もしていない彼らが、こんな目に遭わなければならないのだ。

 許さない!!絶対に!!!!


 この時、マリオンは生まれて初めて、殺意という感情を他人に抱いた。


(2)


 マリオンはコバルトブルーの瞳に激しい憎悪の炎を燃やし、扉の近くに置いてあった、棺を作るのに使った木材の残りを手に握る。

「うわぁぁぁぁぁーーーー!!!!」

獣の雄たけびのような叫び声を上げると、マリオンは木材を振り上げて男に殴り掛かった。不意を突かれた男は、避ける間もなく頭を殴られ、床に転倒する。

フーッ、フーッ、と荒い息を吐きながら、マリオンは木材で男を打ち続けた。

「お前なんか!お前なんか!!お前なんか!!!」

 男は、絶え間なく打ち振るわれる木材から急所を守ることに必死で、起き上がることすらままならない。それでも、マリオンは泣き叫びながら、何度も繰り返し打ち続ける。

 普段の彼からは想像が付かない程の凶暴性を剥き出しにした姿は、まるで美しい悪魔のようだ。それ程までに、マリオンは完全に怒りと憎悪に取り憑かれていた。

 男が一瞬手を離した隙を狙って、マリオンが頭を力一杯殴りつけようとした時だった。

「……マ、リオン……、やめて!!……」

 小さく弱々しい女の声が、マリオンの耳に届いた。

 マリオンはピタリと動きを止め、もう一度、倒れているイアンの方をバッと振り返る。

 よくよく目を凝らすと、イアンの身体の隙間からハシバミ色の瞳が不安気に自分を見つめていたのだった。

――――生きていた!!!!――――

 マリオンはすぐさま木材を投げ捨て、イアンの身体の下敷きになっているシーヴァの元へ駆け寄る。

「シーヴァ……!!」

 イアンの身体の下で、シーヴァは無事を知らせるように、ぎこちなくマリオンに笑い掛ける。

「……兄ちゃぁん……」

 涙交じりの鼻声で、ノエルがマリオンに呼びかける。

「ノエルも……!!」

「私と子供達は大丈夫……。でも、イアンが……」

 マリオンは、改めてイアンの姿をまじまじと見つめる。

「まさか……」

「言っておくけど、気を失っているだけで死んではいないからね。だけど、私達を庇って、あいつに背中を切られてしまったの」

 シーヴァは、その時の事を思い出したのか、忌々しげに顔を歪める。

「命に関わるような致命傷ではなさそうだけど、一刻も早く手当てをしなきゃ!!誰か、人を呼んで……」

 シーヴァの顔色が瞬時に青くなったことで、マリオンは男が起き上がり、自分に向けてナイフを振りかざしたことを知る。

「マリオン!!」

 シーヴァが悲鳴に近い声を上げた瞬間、「てめぇ!!何してやがる!!!!」という怒声と共に、ランスロットが作業場に飛び込んで来た。

男が一瞬怯んだ隙を逃さず、ランスロットは男に掴み掛かり、思い切り殴り飛ばす。そして間髪入れず、穴が空くのでは、と思う程の強い力で男を壁に向けて投げ飛ばした。

「てめぇは、そこでしばらくお寝んねしてろ!!」

 ランスロットは、鳶色のどんぐり眼で失神した男をギロリと睨みつけた後、マリオンの元へすぐに歩み寄る。

「マリオン、喧嘩が弱いお前にしちゃあ上出来だな」

 ランスロットに手を差し出されて立ち上がりながら、マリオンは遠慮がちに微笑んだのだった。


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