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移動遊園地

――一週間後――


 遊園地内に足を踏み入れてすぐに、素顔が全く分からない程にドーランを塗りたくり、真っ赤な付け鼻をした道化師がマリオンとメリッサの傍に近づいて来る。小型ヴァイオリンを演奏しながら、ゆっくりとした足取りで。

「えっ、なに、何なの??」

 少々気味の悪さを覚えつつも待っていると、道化師は急にピタリと演奏を止める。間髪入れず、道化師はヴァイオリンをマリーゴールドの小さな花束に変化させた。

「ええぇぇぇぇっ!!」

 目の前で信じられない光景を目撃してしまい、吃驚する余りに二人は盛大に叫び声を上げる。そんな二人の反応を気にも止めないどころか、道化師は恭しくメリッサに跪き、花束を手渡した。

「えっ、ちょ、ちょっと……!!」

 メリッサは慌てて花束を押し返そうとしたが、道化師は首を捻りながら人差し指を立て、チッチッチッと舌を鳴らす。そして、『お嬢さんに差し上げましょう』とばかりに、両手を差し出したかと思うと、すぐに手と共に身体ごと後ろに引かせて立ち去って行った。

「これ、本物の花よね……」

 戸惑いを覚えつつ、メリッサは花の香りをそっと嗅ぐ。

「いい匂い」

「でも、良かったね。入場早々、花束貰えるなんて」

「うん」

「ところで、最初にどこ行きたい??乗り物に乗るもよし、屋台で何か買って食べるもよし、クリスタル・パレスの展示物を見るもよし、メリッサの行きたいところに付き合うよ」

「ありがとう。それじゃあ……」

 メリッサはアイスブルーの大きな瞳を一心に輝かせ、いつになく楽しそうだ。

「あれに乗りたいわ」

 メリッサは、クリスタル・パレスと隣接している、木造の観覧車を指さす。

「……へ……?!」

 マリオンは、思わず口元をひくり、と、動かした。

 彼は高いところが大の苦手だったからだ。

 しかし、メリッサにどうしたいか聞いておきながら、彼女の期待を裏切るような真似はしたくなかったので、「う、うん……、じゃあ、観覧車に乗ろうか……」と、上ずった声で了承したのだった。

「ねぇ、見て見て!!人や建物がどんどん小さくなっていくから、何だかドールハウスの世界みたい!!」

 ガラスに顔を張り付かせるかの勢いで、メリッサは窓から下の景色を食い入るように眺めている。

「……う、うん。ほ、本当だね……」

 メリッサとは反対に、マリオンは目線をなるべく下へ下げないよう、上へ上へと逸らす。

今日は比較的、穏やかな天気で風も吹いていなかったはずだが、それでも上へ上がっていくにつれ、僅かに流れる微風によって車体は揺れ、ギーコ、ギーコと音を出して軋む。その度に、マリオンの背中を冷たい汗が流れ落ち、生きた心地をなくさせるのだ。

「クリスタル・パレスなんて、見ようとしても太陽の光が反射するから、眩しくて見れないわ!」

 不本意ながら、こんな高い場所へ行くはめになってしまったものの、童心に帰ったかのようにはしゃぐメリッサの姿を見ていると、温かい気持ちになってくる。改めて、自分はメリッサのことが好きなんだと、マリオンはしみじみと感じ入ったのだった。

 気持ちを伝えるなら、今日しかない。

 そう決心して、今日と言う日に臨んだと言うのに、いざ伝えようと思ってみても、なかなか好機に恵まれない。

 観覧車に乗った後も、クリスタル・パレス内で開かれている、自国及び他国の工業機械・美術品が展示されている博覧会を見学したり、子供達の中に混じってメリーゴーランドに乗るメリッサを見守ったり、射撃をやってみたものの全て的を外し、メリッサに大爆笑されたのち、やけに慰められたり……、楽しい時間だけが過ぎて行き、刻々と別れの時間が押し迫ってくる。

 ヒューー!ドォーーーン!!

 夕闇が訪れ始めた空に、数々の鮮やかな大輪の華が咲き乱れる。

「すごーい!綺麗!!」

 赤、橙、黄、紫……と、夜空を彩る色とりどりの花火の美しさに感動し、本当に小さな子供に戻ってしまったみたいな拙い口調で、メリッサは叫ぶ。

「私ね、花火をこんな間近で観るの、初めてなの!!」

 興奮しているせいか、メリッサは頬を紅潮させている。

(……ん……??)

 マリオンの右手に、温かく柔らかいものーー、丁度、人肌に触れているような感触が押し寄せた。まさか。いや、そのまさかだった。

 メリッサがマリオンの手を握っていたのだ。

「…………」

 すると、マリオンが今まで感じたことがない程の、狂おしいまでの強い愛おしさが突如、彼の心の中を支配したと同時に、気付くと半ば強引にメリッサの手を引いて、花火見物の群れから離れる。

 メリッサは、普段のマリオンらしからぬ行動に少し怯えている。

「……ごめん、メリッサ。ちょっと手荒だったね……」

 マリオンが申し訳なさそうに謝ると、メリッサは無言で首を横に振った。

「……もう気付いているかもしれないけど……」

 ヒューー!ドォン、ドォン!!

 ヒュルルルルーー!ドォン!!

 打ち上げられる花火の音に、掻き消されないよう、マリオンは大きく息を吸い込み、深呼吸すると、はっきりした声で言った。

「僕は、メリッサのことが好きなんだ!!」

「…………」

 マリオンから想いを告げられたメリッサは、ただでさえ大きな瞳を目一杯見開いたまま、石のように固まってしまった。

 そんな彼女の様子に言い知れぬ不安を感じたマリオンは、「……えっと、その、別にやましい気持ちとか、そういう訳じゃなく……」と、おろおろと、ひどく慌てふためいてみせる。

「……ちょっ……、メ、メリッサ!?」

 更に、マリオンに追い打ちが掛けられる。

 メリッサの見開いたままのアイスブルーの瞳から、一粒、二粒と涙がポロポロと零れ出したからだ。

「……えっ、えっ……、もしかして、そんなに嫌……、だった……??」

 メリッサは、それは違う!とでも言うように、ブンブンと首を激しく横に振る。

「……ち、違う、違うの……。嫌とか、じゃなくて……。むしろ、嬉しかったの……!!」

 メリッサは、肩から下げている斜め掛け鞄の中からハンカチを取り出し、そっと目を押さえる。

「……ねぇ、マリオン。私、生活の為とはいえ、身体を売っていたのよ??こんな汚れた女でも、いいの??」

「僕は……、君の事を汚いだなんて思ったこと、ただの一度だってないよ……」

「……本当に??」

「本当だよ」

「…………」

 メリッサはしばらくの間、ハンカチに顔を押し付けたまま、何かを思案するように黙っていた。彼女の方から口を開くのを、マリオンもじっと待ち続けていた。

 どのくらいそうしていただろうか。

 ハンカチを顔から放したメリッサが、マリオンのコバルトブルーの瞳をしっかりと見据えながら、言った。

「……マリオンにね、聞いて欲しいことがあるの」

「何??」

「私が、故郷を離れてこの街に来た理由を、貴方に聞いて欲しいの」

「…………」

 そして、メリッサはポツリポツリと、語り出したのだった。



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