第6話
「そう…か。練術まであるんじゃ、オレが勝てる筈、ねーな…。くっそ、こんな所で…」
諦めたかのように、そうつぶやくジスク。
一方、アスティは無言のまま、膝を落としたままのジスクの前に立ちはだかった。
冷たい視線を投げ掛けて、ゆっくりとナギナタを振り上げた。
腹を括ったかのように、ジスクは目を閉じたままピクリとも動かない。
──…もう…駄目みたいだな…
悪ィ、二人とも。どうやら、約束は果たせそうもねーや…。
振り下ろされた無慈悲の刃は、寸分の狂いも無くジスクに襲い掛かった。
◆◇◆
…時間は少し遡る。
「こ…ここまで来れば…平気かな…?」
乱れた呼吸を整えながら、リアムが呟く。
エマイユも額の汗を拭いながら、しきりにチラチラと後ろの様子を窺っているようだ。
「ええ…そうね。軍人達も追ってこないみたいだし」
そう返し、先程自分が来た道を振り返った。
確かに、二人の後を追う者はいない。
──そう、ジスクですらも。
「兄さん…大丈夫かな。兄さんってば、後先考えないで無茶ばっかりしてるから…」
不安を拭えないでいるリアムを励ますように、エマイユは努めて気丈に振舞った。
「きっと大丈夫よ。だって彼は…悪運が強いんでしょ?」
「う、うん…確かに、何だかんだでいつもギリギリで危険は乗り越えたりしてたけど、今回ばかりは軍人が相手だし…」
「それなら尚更平気よ。きっと今回も持ち前の悪運で切り抜けてくれる筈だわ」
リアムに投げかけるその言葉は、まるで自分に言い聞かせるようで。
そう、波のように押し寄せる不安を追い払うようで…。
その刹那、予期せぬ事態が不意に一同の目の前に横たわる。
「な…何!?」
エマイユが驚くのも無理はない。
何故なら、彼女の懐から急に眩いばかりの光が放たれたからだ。
「ま…まさか…」
何か思い当たる節があるらしく、彼女は自分の懐を探り“何か”を取り出した。
その途端、さらに強烈な光が辺りを包み込んだ。
やはり、この“何か”が眩い光の元凶であるようだ。
エマイユは、手のひらをそっと開き、“何か”をリアムに見せた。…どうやら、その“何か”とは、手のひらに納まるほどの、小さなクリスタルのようだ。
……ドクン。
「…っ!?」
リアムはそのクリスタルを見た瞬間、自分の胸が高鳴るのを感じた。
それと同時に、言い様のない不安が押し寄せてくる。まるで、引いては返す波のように。
──怖い。怖い…怖くて胸が押し潰されそうなくらいに。
どうして? それは、自分でも分からない。
今まで一度も見たことすらないのに。それなのに、どうしてこんなにも胸がざわめくのだろう?
どうして?もう、何も分からない…
「…? どうかしたの?」
顔面蒼白になっているリアムを心配したのか、エマイユが不安そうに声をかける。しかし、リアムの耳には届いていないようだ。
もう、頭が真っ白で何も考えられない…錯乱する思考回路ではまともな考えが浮かんでくるとは到底思えない。
今の彼にあるのは、“恐怖”という感情だけ。
そんなリアムを尻目に、エマイユもまた、気が気ではなかった。
「…一体、どういうこと…? まさか、また…」
誰に問うわけでもなく、エマイユはポツリと呟く。彼女の顔にもまた、恐怖の色が浮かんでいる。
一体エマイユの脳裏にどんな光景が浮かんでいるのか…それは彼女しか知り得ぬ事。
そうこうしているうちに、またしても信じられない出来事が一同に襲い掛かる。
突然、あれほど輝いていた光が消えたのだ。
…否、正確に言えば、クリスタルそのものが消えたのである。
あまりに突然の事に、二人は言葉を失いただただその場に立ち尽くすしか出来なかった。
一体何が起きているのか。何が起ころうとしているのか。
今の二人には、推測することすら出来なかった。
「ど…どうなっているの…?」
震えた声で、そうつぶやくエマイユ。リアムも、言葉を発する事さえ忘れてただただ呆然とするばかり。
すると、さらに厄介な事が起こった。
彼らの遥か後方…森の向こうから、眩いばかりの光が見えたのである。
先程の光とよく似ている。…否、同じものであろう。
「まさか…あっちの方って…」
リアムが恐る恐るつぶやく。
──そう、光の見えた先には、ジスクがいるはずなのだ。
自然と、リアムは光の見える方へ歩を進めていた。考えてそうした、というより、体が勝手に動いているようだ。
「ちょっ…ちょっと?」
エマイユが引き止めようとするが、リアムは歩くのをやめずエマイユを顧みる事無くこう返す。
「だって…心配じゃない! 何か、嫌な予感がするんだ。だから、早く兄さんの所にいかなきゃ…!」
先を見据えたままのリアムを見て、エマイユは無言で頷き、彼の後を追った。