第4話
「兄さん…ごめんね。でも、ちゃんと兄さんも来てくれるって信じてるから」
リアムもやっと承諾したようだ。
しかし苦渋の選択と言うべきか、彼の表情は今にも泣きそうな程か弱く、そして悲しみに揺れる双眸。
二人はアイコンタクトをとると、軍人達の隙をうかがって何とかその場から逃げ出そうと試みた。
しかし、軍人達がそれを見逃すはずもなく。
「逃がすかッ!」
2人に襲い掛かる狂気の刃。軍人は微塵の躊躇いもなく2人の急所目掛けて剣を振り下ろした。
咄嗟に目を瞑り身構えるリアム、そんな彼とは対照的にどっしりと体勢を低く構え下から救い上げるように手にした剣を振り上げるジスク。
──ガキィン!!
金属の擦れる音が辺りに響く。
ジスクが、軍人の振り下ろした剣を受け止めたのだ。
「てめーの相手はこのオレだッ!!」
相変わらず威勢良く声を張り上げるジスク。
一方、軍人達はそんな彼らの態度に遂には業を煮やしたようだ。
「どこまでも邪魔をしやがって…! まずは貴様から殺してやるッ!」
怒りに支配された軍人達はすでに我を失いつつあり、焦燥感と怒りが彼らの胸を焦がしてゆく。
任務を遂行する事こそが、彼らがここに存在する意義。もしそれが叶わなければ──…
血走った瞳をぎらつかせ、ジスクに攻撃をしかけた。
「当たるかよっ!」
怒りに我を失うと、それだけ動きも鈍る。
ジスクはそれを頭で理解するというより本能的に悟っているらしく、軍人達の攻撃を丁寧にかわしていった。
もちろん、反撃することも忘れない。
最初はかなりの数がいた軍人達も、ジスクによって倒され今は大半が床に崩れ落ちる始末。
改めて辺りを見渡せば、戦える軍人達の数も大分減っていた。
彼はふぅ、と一息つくと、
「これなら、あともうちょっとであいつらの後も追っかけられるな」
僅かな油断が一気に形勢を逆転する事もある。
ジスクは脳裏ではそれを理解していたが、ほんの僅かな油断が彼の注意力を散漫にさせる結果となる。
突然、ジスクの背後に襲い掛かる憎悪と殺意の塊。
咄嗟にそれを感じ取ったジスクが反射的に振り返るものの、時すでに遅し。
ジスクは必死に背後から襲い掛かる攻撃に反応しようと目を凝らすが身体がついていかず、それでも咄嗟に身体を捻り左腕を切り裂かれるまでに留まった。
傷の痛みに、彼の表情が歪む。
一方、ジスクに傷を負わせた者と言えば、彼が苦痛の表情を浮かべていても眉一つ動かさず、それどころかすぐに興味無さそうにジスクから視線を外して他の軍人へと眼差しを向けた。
「大尉!来て下さったんですね!」
「ああ。…少し遅れてしまったようだが」
軍人の一人が、先程ジスクに襲いかかった人物に話しかけた。
軍人が畏まった態度を取っている所から、どうやらかなり階級の高い人物のようだ。
「……?」
不思議と、ジスクにはその声に聞き覚えがあったようで首を傾げる。
──どこか…ずっと昔に、同じような声を聞いたような…?
ジスクは、ハッとなってその人物の方に目をやった。
その人物は、軍服を来ていて20歳前後の男性である。黒髪を真ん中で分けていて、雰囲気からして生真面目そうな印象を受ける。端正でまるで彫刻のような美しい顔立ちではあるが、彼が纏っている何処か冷ややかな雰囲気が他人を遠ざけていた。
ジスクと同じく、耳の代わりに羽が生えているが、彼のは黒い羽である。
「ま…まさか…」
彼の顔を見た途端、ジスクの疑惑は確信に変わった。
──そう、何処かで見覚えがあるどころの騒ぎではない、彼は──…
「お前…アスティか?」
突然自分の名をよばれ、男性は驚きのあまり瞠目しながらもジスクを見据えた。
やはり、彼にも見覚えがあるらしい。ジスクを見据えたままで、
「ジスク…ジスクだな?」
2人の口振りからして、どうやら今回が初対面という訳では無さそうだ。
この場にいる軍人達は、呆気にとられて二人の方に視線を注いでいる。
ジスクの方には、懐かしむような、会えて嬉しい、という気持ちが伺える。自然と、顔も綻んでくる。
しかし、アスティの方には、懐かしむ…とは別の感情が宿っているように見える。
──そう、「怒り」に似た感情が。