第13話
メイズは、なおも続ける。
“だから、何とか上手い事やって逃げてくれよ。ここで捕まっちゃ、意味がないからね”
「に、逃げろったって…あ、切れちまった」
と、ジスクが言い終わらないうちに、メイズは一方的に回線を切ってしまった。
ジスクは無線機を眺めたままわしわしと豪快に頭を掻いて見せる。
「逃げろって…簡単に言ってくれるよな。こっちはこんな状態だってのに」
ジスクは、鋭い視線を周りに向ける。
するとそこには──…
2人を取り囲むように、数十人の警備兵が武器を突きつけながら身構えていた。
「ったく…次から次へと、どこからこんなに出てきやがるんだか」
ジスクは減らず口を叩くものの、強い光を宿した双眸に迷いや戸惑いは一切見られない。
とはいえ、先程からずっと走り回って疲労しているこの状態では、流石にこれだけの数を相手にするのは至難の業であろう。
ジスクもそれを察したようで、小さく舌打ちをした。
「こんなんで…どーしろってんだよ」
すると、今までずっと黙って考えごとをしていたエマイユが、口を開いた。
「そうだわ…! あの子にもらった、閃光弾…だったかしら。あれを使ってみたらどう?」
エマイユに指摘されて漸く思い出したらしいジスクはハッとなって懐を探った。
案の定懐に収まっていた手のひらサイズの閃光弾を取り出すなり、ジスクは唇を三日月の形にして笑みを浮かべる。
「よし、これだな。うまくいけばいいんだけど、な!」
そんな呟きと共に宙に放たれた閃光弾。
刹那、辺りは目が眩むばかりの強烈な光に包まれた。
◆◇◆
「いや~、一時はどうなる事かと思ったけど、何とかなるもんだなぁ」
屋敷中を駆けずり回り、相当な疲労がたまっているにも関わらず、ジスクは相変わらず呑気な口調である。
──ジスク達はあの後、閃光弾のおかげで何十人もの警備兵をかいくぐり、何とか命からがら屋敷から脱出する事が出来たのである。
リアム達も上手く逃げ延びる事が出来たようで、此処──メイズの自宅で落ち合い今に至る。
一同は何とか作戦成功したことに安堵の息を吐き、漸く和やかな雰囲気が辺りを包み込む。
リアムはふぅ、と一息つくと、
「まぁ、ボクとしては、女装がとければそれでいいんだけど」
さっさと女装をといて普段の服装に戻ったリアムは、心から開放されたような表情を浮かべている。
それも無理は無いだろう、メイズに協力する為とはいえわざわざメイド服など着させられていたのだから。
すると、メイズがリアムへと悪戯っぽい眼差しを向けてみせた。
「何だ、もう元の姿に戻ったのかい? 残念だねぇ、せっかく似合ってたのに」
「だからもうっ、茶化さないでってば!」
明らかにからかっているとしか思えないメイズの言葉に、リアムは顔を真っ赤にして反論する。
そんな様子を見て、メイズは悪びれる様子もなくむしろけらけら笑い転げる始末。
そんな様子を見ていたエマイユが、何かを思い出したようにメイズに話しかけてきた。
「ところで…結局、貴方の父親の形見って、何だったのかしら? ここまで苦労して取り返したのだし、教えてくれてもいいと思うけど?」
その言葉に、メイズは笑うのをやめ、彼女の方に向き直った。
「あ、そういやぁ、言ってなかったね。ま、別に隠すようなモンでもないし、せっかくだから見せてやるよ」
メイズはそう返すと、懐から何やら袋を取り出した。
この袋の中に、先程取り返した彼女の父親の形見が入っているのだろう。
そして、ゆっくりと中身を取り出す。
視界に映り込んだそれに、一同は一瞬にして心を奪われたように釘付けになる。
「わぁ、綺麗だね…!」
リアムが、思わず歓声を上げる。
ジスクとエマイユも考えている事は同じなのだろう、食い入るようにそれを凝視するばかり。
そんな様子を見て、満足そうな笑みを浮かべるのはメイズだ。
「だろ? アタシも初めて見た時、見とれちゃったよ」
メイズの手のひらに握られているもの、それは──…
淡い光を放つ、手のひらサイズの小石であった。
常に淡い光を放つその小石は、神秘的な雰囲気さえ感じられて。
柔らかな光が、一同を優しく包み込んでいた。
「これはさ、親父が洞窟の探索してる時に、偶然見つけたものらしいんだ。自ら発光する石で、月光に似てることから、『月光石』って呼ばれてるんだってさ」
メイズはそう説明すると、愛しそうに、なつかしそうに月光石を眺める。
そんな彼女の眼差しは木漏れ日のように温かで、そして優しさに包まれていて。
その双眸は亡き父親との思い出を色鮮やかに映し出しているのだろう。