第10話
2人の歩みを止める障害が取り除かれ、当然そうなれば一気に駆け出す…筈だったのだが。
前を走るメイズが突然その場に足を止めてしまったのだ。
これを想定出来なかったようで後ろを歩いていたリアムは、思いきり彼女の背中とぶつかってしまった。
リアムはぶつかった衝撃で痛かったのだろう、鼻をおさえながら抗議を始めた。
「ちょ、ちょっとどうしたの? いきなり止まったら危ないよ…うぅ鼻が痛い」
すると、メイズが決まり悪そうに後ろを振り向くなりポリポリと頭を掻いてみせた。
「いや~悪い悪い。ちょっと思い付いた事があったからさ」
「思い付いた事…? 何それ?」
きょとんとしてリアムが訊いてみると、こんな返事が返ってきた。
「リアム、悪いんだけどさ、扉の前で見張りしてくれないかい? ほら、誰かが来たらマズいだろ? 見張り役って事で、外にいてほしいんだよ」
軽やかに質問を躱されたような気がしなくもないがメイズの言うことも尤もだったので、リアムは頷く事で同意の意志を示してみせた。
「分かった。じゃあ、ボクはここにいるから、そっちは任せたよ」
それを聞くと、メイズは満足そうに笑ってみせる。
そのまま部屋へ入って行ってしまったメイズの背中を見送るのはリアムだ。
「う~ん、ここで突っ立ってる方が怪しまれそうだよね…。誰も来なければいいんだけど…」
と、リアムは辺りをきょろきょろと見渡しつつ、不安そうに独り言をこぼしていた。
だが、彼の不運はさらに続く。
嫌な予感が見事に的中してしまったのだ。
「…そこの可愛らしいお嬢さん?」
「…………えっ? あっ、は、はいっ?」
『可愛らしいお嬢さん』という単語が、自分を意味するものだとは到底結び付かなかったらしく、リアムは自分が呼ばれているとは夢にも思っていなかったようだが、自分以外に誰もいない事を悟ると、慌てて返事をした。
リアムを呼んだ人物は、彼を不審そうに眺めると、
「メイドが、こんな所で何をしとるんだ?」
「……あー、え、ええと…」
──まずい。これはひたすらまずい。
よりにもよって最悪の事態が的中してしまうとは。
上手い言い訳も思い浮かばず、視線をあちこちに彷徨わせながらしどろもどろな対応をするばかりであった。
◆◇◆
「…ったく、何だってんだいこの部屋は…」
メイズは呆れた視線を投げかけながらぼやくものの、手をしっかり動かす事は忘れない。
小さなライトを頼りに、手探りでお目当てのものを探していた。
…とは言えこの部屋には豪華絢爛様々な骨董品や美術品や貴重品などが無造作に並べられ、持ち主の無節操な収集癖を示唆しているようにも見えて。
「早くしないと、外で待ってるリアムにも悪いしねぇ。…と、何だコレ? ……まさか…!」
部屋中引っ掻き回して捜索していたメイズであったが、そんな彼女の視界の隅にとあるものが映り込む。
それを目の当たりにするなりメイズの顔つきが一変し、無意識のうちにそれを摘み上げていた。
「…やっぱり! これだ! これに間違いないよ! やっぱり、ここにあったんだね…!」
歓喜の声を上げるメイズの表情は達成感と安堵の色に包まれていて。
何故なら彼女が手にしているものこそが、今までずっと探し求めてきたものであるからだ。
「良かった…! 親父、やっと取り返したよ…!」
メイズは愛しそうにそれを見つめると、繊細なものを扱うように大事に袋にいれ、懐に納めた。
「さて…と。もうここに用は無いね。とりあえずリアムと合流したら、ジスク達にも連絡しとかないとねぇ」
彼女はそうつぶやくと、意気揚々と扉の方に向かった。
扉を開け、目の前にいるリアムに話しかけた。
「リアム! アタシの読み通り、見つかったよ」
だが、返答は無い。
それどころか、リアムは驚きと共に気まずそうな表情を浮かべるばかり。
リアムは必死に何かを伝えようとメイズに目配せするも、彼女はそれに全く気付く様子は無かった。
「…? 何だい? 言いたい事があるんなら、ハッキリ言いな」
「お前らは…こんな所で何をしとるんだ!?」
不意に、怒りに満ちた声が辺りの空気を震わせる。
これには流石に驚きを隠せなかったようで肩をびくりと震わせると、声のする方に振り向くメイズ。
メイズの視線の先には、やけに恰幅の良い脂ぎってる中年の男性が仁王立ちしていた。
こめかみをピクピクさせて怒り心頭といった男性に対し、リアムはやってしまったと言わんばかりに頭を抱えている。
一方、メイズはその男性に見覚えがあるらしく、彼を指差しながらこう叫んだ。
「何でアンタが…屋敷の主人がいるんだい!?」
──そう、このやたら威圧的で小太りな男性のの正体は…
この屋敷の主人、メイズの父親の形見を奪った張本人なのである。