第9話
──マズイ。果てしなくマズイ。
振り向いた2人の顔には張り付けたような不自然な笑みが浮かび。
そんな表情を読み取ったのかどうかは定かではないが、警備兵がこう切り出した。
「そこの君、声が男みたいに低いが…どうかしたのかね?」
「……っ!!」
核心をつくような警備兵の台詞。
リアムは煩い程の心臓の音を何処か遠くに聞きながら、どうにかこの場を切り抜けるうまい言い訳を搾り出した。
「あ、あのっ…そう、風邪です風邪っ! ちょっと喉がおかしくて…げほげほ。」
と、わざとらしく咳までしてみせるという演出も忘れない。
そんなリアムをじっと凝視する警備兵。
互いに微動だにせず一切言葉を発する事も無く、息が詰まりそうになるくらいの重々しい空気が辺りを支配するばかり。
そんな空気を破ったのは警備兵であった。
「……そうか。それはお大事に」
どうやらリアムの言い訳を信用したようだ。
メイズは、これ以上の追及を避けるためにも、
「じゃ、アタシ達これで失礼します~!」
と言うと、リアムの腕を掴んで風のように走り去ってしまった。
後に残された警備兵は、ただただ呆然とするばかり。
「…? 何だったんだあの娘達は…」
◆◇◆
「…ふぅ、良かった…。何とかごまかせたみたいだね」
警備兵から見えない所までやってくると、ふぅ、と心の底から安堵の息を吐くリアム。
…とは言え、疲労の色は隠せない。
「ほら、アタシの言った通り変装はばっちりだったろ?」
メイド服のスカートの裾をつまみながらそう言い切るメイズは何故だか妙に自信満々だ。
だが、リアムは腑に落ちないようで小さく口を尖らせれば、
「…そういう問題じゃないんだけど…」
「そんな目で見ないでくれよ。それにさっきの演技、結構ノリノリだったんじゃないかい?」
ジト目で睨むリアムに対し、メイズはけらけら笑いながらいたずらっぽくそう返した。
そんな彼女の態度から、リアムをからかっているのは最早明白。
「あっ…あれは不可抗力で…」
「そうかねぇ~? 実は、満更でもないんだろ?」
しどろもどろになるリアムの様子が可笑しいのか、メイズは相変わらずけらけら笑いながらさらに茶化すような言葉を投げかける。
流石にこれにはリアムもからかわれていると気づいたのか、むぅ、と頬を膨らませると、
「もう、早く行くよ! さっさとこんな所出ていって、元の格好に戻りたいんだから」
彼はそう言い捨てると、すたすたと大股で歩いていってしまった。
「お、やる気満々だねぇ」
メイズは悪戯っぽく笑いながら、リアムの後に続いた。
暗闇に包まれる廊下に響き渡るは2人の足音。その静寂さが不気味さを誘うが、2人は気に留める素振りもない。
…と、歩き始めて数分と経たない時であった。
2人が揃ってぴたりと足を止めた。
「…もしかしてここかなぁ…?」
「もしかして所じゃなく、絶対そうだろ…」
そんな会話をする2人の表情には驚きと呆れが入り混じっていて。
しかし、それも無理は無いだろう。
彼らの眼前に聳え立つは金銀宝石をあしらった悪趣味でごてごてとした大きな扉。
明らかに、この中に価値のあるものが保管されているであろう事は明白である。
「これじゃ、余計目立つじゃん…。『ここにありますよ』って、言ってるようなものだよね…」
「ま、権力者ってのは、やたら豪華にして自分の権力を示したがるモンだしね。悲しい性って事さ」
2人は顔を見合わせ、呆れ顔で辛辣な評価を投げかける。
「さて…と。まずは鍵開けからだね。アタシに任しときな」
メイズは自信満々にそう言うと、扉の方に歩み寄った。
見ると、扉には頑丈な鍵が取り付けられており、簡単には開きそうもない。
「だ…大丈夫なの?」
リアムが、心配そうに覗き込んできた。
しかし、彼女は不敵な笑みを浮かべると自信たっぷりにこう切り返した。
「アタシを誰だと思ってんのさ? この程度、アタシにかかれば朝飯前だね」
彼女はふふん、と鼻で笑いながらそう返すと、懐から何やら怪しげな道具を取り出した。
どうやら、鍵を開けるための道具らしい。
リアムは、彼女の行動をただ黙って見守っていた。
道具で鍵を弄る音が微かにかちゃかちゃと聞こえる以外、一切の音から切り離された空間が辺りを支配する。
数分経った後、今までずっと鍵とにらめっこしていたメイズが、嬉しそうに顔を上げた。
「…よし! これで開いたはずだよ」
ふぅ、と額の汗を拭いながらそうつぶやくメイズ。
リアムも嬉しそうに顔を輝かせると、
「本当に!? あんな鍵を開けちゃうなんて、凄いんだね」
「あったりまえだろ? ま、ある程度の技術は必要だけど、アタシにかかればざっとこんなモンだね」
と、鼻高々にメイズは言ってみせた。