第8話
「それにしても…広いよねこの屋敷。」
そうぼやくリアムの顔には明らかな疲労の色が浮かんでおり。
──屋敷に侵入してから、一体どれくらいの時間が流れたのだろうか。
なるべく人に会わないようにしつつ、片っ端から部屋を調べる作業は思った以上に体力を奪っていった。
「そうぼやくんじゃないよ。下調べの結果屋敷の主人は自分の大事なものを一つの部屋に集めてるってのは分かってるんだ。だったら、後はその部屋を探し出すだけなんだからね」
疲労気味のリアムに対し、力強くそう言い切るメイズの双眸には決意の色が見え隠れしている。
しばらく調べ回っていると、不意に人の騒ぎ声と爆音が2人の耳に飛来した。
「…? 何だい?」
メイズが、訝しげに眉をしかめつつ音のする方に視線を預ける。
音は、窓の外──…つまり中庭の方から聞こえてくるようだ。
メイズの視界に映り込んだもの、それは。
必死に逃げ回るジスクとエマイユ、そして2人を追いかけ回す警備兵の姿があった。
しかしジスク達にとってはあくまで時間稼ぎの陽動に過ぎない為、完全に警備兵から撒いてしまわないように時折警備兵の様子を窺っていた。
どうやら2人が上手くやってくれているらしいと瞬時に判断したメイズの口元には、僅かな笑みの形に変わり。
リアムも一体何事かと窓の外に視線を移せば、慣れ親しんだ姿を目の当たりにするなりホッと安堵の息を吐いた。
「兄さん達…良かった、無事みたいだね。ボク達も、急がなくちゃ…!」
と、リアムが決意新たにした時であった。
メイズは窓の外を食い入るように眺めながら、
「お、警備兵がジスクに斬りかかった…当たらない…ジスクがよけたついでに警備兵に足払い…警備兵は派手にすっころんだ…おっ、ころんだ拍子にヅラが取れた…警備兵はヅラを拾うのに必死で、ジスクを追っかける処じゃない…。今度は別の警備兵が、エマイユに斬りかかった…あ、よけた…けどその拍子にころんだ…警備兵がさらに畳み掛ける…おぉ、エマイユが足下の砂を投げ付けて目眩ましに…」
「…って、何実況中継してんの!? そんなことしてる場合じゃないでしょ?」
リアムのツッコミにハッとなったらしく、すぐに我に返るとへらりと笑って誤魔化そうとするメイズ。
「ああ、悪い悪い。つい魅入っちまってさ~」
この発言に、やる気はあるんかい、とツッコミを入れたくなる。
だが、あえてリアムは何も言わない事にした。
気を改めて、部屋調べを再開させようとした時であった。
にわかに、廊下が騒がしくなってきた。
どうやら、今いる警備兵だけでは対処しきれず、新たな増援が来たのだろう。
その上、騒ぎを聞き付けたメイド達が、やじ馬に来たようだ。
「ヤバイねこりゃ…! こんなに騒がれちゃ、調べにくいね。これ以上酷くならないうちに、早く見つけちまおう」
メイズの言葉に、リアムも神妙な顔つきで一つ頷いてみせた。
…だが、またしても邪魔が入る事になる。
「ん? 何だ君達は?」
突然、背後から声を掛けられビクッと盛大に肩を震わせる2人。
まさに青天の霹靂、口から心臓が出んばかりの動揺ぶりだ。
だらだらと冷や汗を流すリアムに対し、メイズは恐る恐る声のする方に振り向いた。
すると、そこには一人の警備兵が佇んでいた。
どうやら騒ぎを聞き付け、騒ぎの元凶へと向かおうとしている最中なのだろう。
まだ、2人の正体はばれていないようだ。
メイズは慎重に言葉を選びながらも、躊躇いがちにこう答えた。
「え、えっと…アタシ達、ここで働いてるメイドです」
2人共メイドの姿に変装しており、そう言っておくのが一番無難であろう。
それを聞くと警備兵は2人の頭のてっぺんから爪先までまじまじと凝視した後、納得いかないと言った様子で首を傾げる。
「メイドがこんな夜中に何をしているんだ?」
ギク、と小さく肩を震わせながら、それでも必死に誤魔化しの言葉を手繰り寄せるリアム。
「えっ、ええっと…。そ、そう、トイレに行くつもりなんですっ! 一人で行こうとしたんだけど、怖かったんでついてきてもらったんですっっ」
かなり動揺して声がうわずっていたが、警備兵はそれで納得したらしい。
「そうか。わざわざこんな事を聞いて済まなかったね。あ、侵入者が来ているらしいから、気をつけなさい」
「はっ、はいっっ! もちろん気をつけますですっ!」
リアムはあまりの緊張のせいか、口調が微妙におかしい。
2人はさっさとその場から立ち去ろうとするが、
「あ…ちょっと」
と、呼び止められてしまう。
二人はびくうっ! と、体を震わせるが、無理に笑顔を作りながら振り返った。