第24話
ルナハは、咄嗟に迎撃をしようとトリガーに添えた指に力を込めた。
しかし、一歩及ばず。
エマイユが魔法を発動させる方が、僅かに早かったようである。
「フリーズレインっ!!」
氷の矢がまるで雨嵐のように降り注ぐ。
何とか躱そうと軽やかなステップを踏んだり身を捩ったりするものの、氷の矢の数が多すぎる。
躱し切れなかった氷の破片は容赦なく彼女の身体に突き刺さった。
「うぐっ……」
初めは何とかその場に踏み止まろうとふらつく足元で踏ん張っていたが最終的には痛みに耐え切れなかったようで、遂にはその場に片膝をついてしまう。
そんなルナハの悔しげに歪められた双眸は、眼前のエマイユを捉えて離さない。
しかし、エマイユはこれ以上の深追いはしないようであった。
あくまで、無意味は戦いを止めさせたい…戦意を喪失させたいだけなのだから。
それとほぼ時間を同じくして、リアムの繰り出す切れ味鋭い糸が軍人の体躯を切り裂いていく。
漸く最後の1人を地面に沈めた所でリアムはふぅ、と一息つくと心底疲れ切った表情で溜息を零した。
「何とか…なったみたいだね…」
◆◇◆
──時間は少々溯る。
対峙するのはジスクとウェイル。
しばらく睨み合いが続いていたが、先に動いたのはウェイルであった。
風のような速さで、デスサイズを振り下ろすウェイル。
「のわっ!?」
間抜けな声をあげながら身を捩れば、ウェイルの放った刃が彼の胸元を掠めていった。
デスサイズは空しく空を切るばかり。
だが、ジスクは攻撃をかわすのに精一杯で、反撃する事など出来るはずもない。
それだけウェイルの斬撃は正確無比、尚且つ相手を屠る事に何の躊躇いも無いのだろう。
ジスクは肝を冷やしながらも、反撃の体勢に入る。
「こっちもやられっぱなしじゃいらんねーんだよ!」
そんな雄叫びと共に手にした剣を一直線に薙ぎ払うジスク。
だが、ウェイルの手にするデスサイズに受け止められてしまう。
辺りに響き渡るは耳障りな金属音。
あまりの衝撃にしばらく手が痺れていたようだが、ウェイルは余裕綽々な態度でジスクを見下ろす。
「へェ、なかなかやるじゃねェか。けどなァ、そんな馬鹿正直な攻撃、目をつぶったって凌げるぜ」
何処か相手を小馬鹿にするかのような口ぶりには、彼の絶対的な自信が見え隠れしていて。
そんなウェイルを睨み付けながら、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるのはジスクだ。
お互いに体勢を立て直すと暫く鍔迫り合いが繰り返される。
どちらも当たれば致命傷になるのは間違いないであろう。
しかし手応えのある斬撃は無く、どちらも一歩も譲らない状況となっている。
──否。致命傷ではないにしろ、ジスクの身体には至る所に刃によってつけられた痛々しい傷が刻み込まれていた。
形勢は、次第にウェイルの方に傾いてきている。
今は何とか持ちこたえているものの、このまま手を拱いていればいずれウェイルの狂気の刃に囚われるのは時間の問題。
どうしたものかとジスクは、必死に考えをめぐらせた。
(くそっ…! どーすりゃいいんだ…? せっかく、あいつの弱点を見つけたってのに…)
──そう、ジスクは、ウェイルの唯一の弱点を見抜いていた。
それは、彼の攻撃の直後の僅かな間。
ほんの一瞬だが、隙が生まれるのだ。
大振りの武器を振るっている以上、仕方のない弱点なのであるが。
だが、それが分かっていても反撃の糸口が見つからないのが現状で。
何故なら、彼の攻撃を受け流す事に精一杯でまともに此方から攻撃を繰り出す余裕が無いからだ。
額に浮かぶ脂汗を拭いつつ、ふとジスクの脳裏を過る一つの妙案。
(そうか…! 反撃できねーのは、向こうの攻撃に気を取られてるから…だったら…!)
「ほらほら、ボサッとしてんじゃねェよッ!!」
ウェイルが再びジスクの魂を刈り取らんと手にした鎌を振り下ろす。
先程までのジスクだったら、手にしている剣で弾き飛ばそうとしていただろう。
しかし、彼は受け流す所かそのまま何の迷いも無くウェイルの懐へ飛び込んだ。
「…ぐっ…!」
当然と言えばそう言うべきか、ウェイルのデスサイズがジスクの左腕に突き刺さる。
ジスクは苦痛に顔を歪めながらも、すぐさま気持ちを奮い立たせるようにキッと眼前を見据えると何の躊躇いもなく力強く地面を踏み込んだ後強烈な諸手突きを放った。
「ぐあッ!」
ウェイルが小さく呻き声を上げる。
それも無理は無いだろう、ジスクの剣がウェイルの脇腹に突き刺さったからだ。
「まさか…ここまでするとはなァ…。普通しねェぞ、反撃するために、あえて攻撃を受けるなんざ…」
ウェイルは脇腹を押さえながら、憎々しげにそう呟く。
──そう、ジスクのとった行動とは、まさに捨て身であった。
攻撃をかわすのに精一杯で反撃出来ないのならば、よけずに反撃することだけに集中すればいい、彼はそう考えたのだろう。
まさに、肉を切らせて骨を断つ、である。
一歩間違えば一矢報いる前に自滅する可能性も充分にあったのだが、そんなリスクを一切考慮しないで何の迷いも無く突っ込んでいく辺り、ジスクらしいと言うべきか。
ジスクは剣の切っ先をウェイルの鼻先に向けるが、それ以上の事はしない。
あくまで、軍人達を追い返せればいいだけの話だ。
…と、その時であった。
突然、ルナハから声が上がった。