第21話
「…ふぅ。何とか止まったみてーだな」
やれやれ、と額に浮かぶ汗を拭いつつ、安堵の息をつくジスク。
しかし、エマイユは慌てた口調で、
「のんびりしている時間は無いわよ! 早く車から降りなくては…」
エマイユの言葉にハッとなったジスクは、一つ頷くと漸く現状を思い出したらしい。
「やべーやべー。車止めるのに夢中で忘れてたな」
夢中になりすぎて前しか見えないというのはジスクらしいといえばそうなのだが、そんな重要な事は忘れないで欲しいものである。
何にせよ一同は慌ててドアを開き、一刻も早く車から離れるべく一目散にその場を駆け抜ける。
そして、車から数メートル離れた時であった。
ドォォン…ッ!!
耳を劈くような凄まじい爆音。
一瞬にして車を包み込む爆炎。
そして、車からは黒くくすんだ煙がまき起こっていた。
どうやら、エンジンに引火したようだ。
そんな光景を、ジスク達は安堵の息を吐きつつただ呆然と見つめていた。
「いや~車ってのは、あんなに燃えるモンなんだなぁ」
「こんな光景見て、よくそんなこと言えるよね…。下手すればボク達だってあの爆発に巻き込まれてたかもしれないんだよ?」
「けどこうして助かったんだからいーじゃねーか」
「まぁそうだけどさ…」
あまりにも呑気なジスクの口振りに、リアムは力なくツッコミを入れる。
一方エマイユはそんな2人のやり取りなどまるで耳に入っていないようで、1人考えごとに耽っていた。
「でも…一体何が車にぶつかったのかしら? 物凄い衝撃だったし…」
しかし、いくら考えを巡らせてみた所で、答えが出る訳ではない。
…と、そうこうしている時であった。
彼らの背後から不意に飛来する足音。
しかも、その足音は如何やら複数の人間によるものらしい。
その足音と共に、話し声らしきものが聞こえてきた。
「ほら~! やっぱり当たったッスよ! だから言ってるじゃないッスか、自分の射撃は百発百中だって!」
「…うわ~、マジかよ。しかも、燃えちまってるじゃねェか」
耳に飛来してきたのはこの場に似つかわしくない、何とも呑気な会話。
3人は眉をしかめつつも声のする方に視線を向けると、そこには2人の男女がたたずんでいた。
ちなみに、2人の背後にはさらに数人の人物が控えているようであった。
女の方は──否、女というより少女と言った方が適切なのかもしれない。
栗色の髪を二つに束ねていて、顔立ちにはまだあどけなさが残っている。
そしてさらに目を引くのは、彼女が手にしている巨大なバズーカである。
そして、もう1人…男の方は、年は20代半ばといった所か。
焔色のボサボサの髪に、龍人特有の耳が特徴的である。
鋭く、そして冷たい瞳が特徴的でその眼差しは全てを凍てつかせてしまいそうで。
さらに、背中に担いでいるデスサイズ──死神鎌のことであるが──は、かなり目立つものがある。
ちなみに、2人だけでなく、後ろにいる人達も軍服を着ており、彼らが軍人である事を示唆していた。
エマイユは、そんな彼らを睨み付けながら冷ややかに言葉を投げかける。
「貴方達…軍人が、私達に何の用かしら? それに、車に何かをぶつけたのも貴方達ね?」
冷静な口調のエマイユに対し、2人は相変わらず緊張感のない態度である。
「あぁ、さっきのか。アレはなァ、そこの嬢ちゃんが撃ったバズーカだよ」
その言葉にくってかかったのは、意外な事に少女である。
彼女は、頬をふくらませると、
「だから~! 自分は『嬢ちゃん』じゃないッス!
自分には、ルナハ=エンディークっていう、立派な名前があるっていつも言ってるじゃないッスか!」
「ンな事、どーだっていいじゃねェかよ。いちいちごちゃごちゃうるせェな」
よっぽど気に食わなかったのか頬を膨らませながら喚き散らすルナハに対し、男性はしれっとした態度である。
…何にせよ、エマイユ達の事など眼中に無いような態度である事は間違いない。
そんな態度を取られて、黙って見過ごすエマイユではない。
かなりご立腹なのか、こめかみに青筋を立てて必死に湧き上がる怒りを抑え込んでいるようだ。
「…名前なんかどうだっていいのよ。いきなり攻撃をしかけてきて、どういうつもりなのか訊いているのよ」
途中から込み上げる怒りを抑えきれなくなったのか、口調が荒々しいものへと変貌を遂げる。
すると、今まで適当な事ばかり抜かしていた男性の視線が鋭くなった。
「フン、よくもまァ、そんなことがぬけぬけと言えたモンだ。自分の立場ってモンを、忘れた訳じゃねェよなァ?」
何とも分かりにくい言い方だが、どうやらクリスタルを狙ってきたようである。