第19話
リアムはエマイユの話を聞いてふむふむ、と頷くと、
「そっか…そんなことがあったんだ。『神隠し』の正体は、人さらいだった、って事だね」
リアムの言葉に、エマイユは返事をする代わりに一つ頷く事で同意の意志を示してみせた。
「そういう事ね。…リアム、これからは気をつけた方がいいわよ」
「……?」
リアムはエマイユの言葉に隠された真意に気づかず、きょとんと首を捻るばかり。
すると、リアムの内心を察したのか、エマイユが話を続けた。
「つまり…貴方のその『力』。それは、他の人からすれば、喉から手が出るほど欲しいものなのよ。何としてでも、誘拐、してでもね…。まぁ、貴方にとっては、そんなに大騒ぎするようなものでもないでしょうが…」
だが、当の本人にとってその力は生まれた時から持ち合わせた、謂わば自分にとって当たり前の力。
だからこそその貴重性を理解出来ず不可解そうな表情を浮かべるばかり。
「う~ん…そんなものなのかなぁ…?」
納得しきれないといった感じのリアムを見て、エマイユはクス、と微笑んだ。
「ふふ…そんなものよ。特異な力なんていうのは、周りの人間が騒ぎ立てているだけで、本人は特に気にしないものよ」
諭すようなエマイユの言葉に、リアムは未だに納得しきれないのか曖昧な表情を浮かべるばかり。
「は、はぁ…」
とは言え無反応と言うのもどうかと思ったのか、とりあえず生返事だけ残すリアム。
「ま、何とか助けられたし、結果オーライって事でいーんじゃねーの?」
ジスクがへらりと笑いながらそう言う。
彼らしい、何ともあっけらかんとした纏め方である。
「そうだね。…ところで……」
リアムはふと、辺りを見回しながら、話を切り出した。
「ねぇ、一つ訊いていい?」
「……? 何だよ?」
ジスクはリアムに何かを聞かれる覚えが無い為か、一体何事かときょとんとするばかり。
一方のリアムと言えば、辺りをきょろきょろと見回しつつ少し躊躇いがちにこう問いかけた。
「今…車に乗ってるんだよね? この車どうしたの?」
ある意味至極真っ当な質問に対し、ジスクと言えばまるで取るに足らない事、とでも言いたげな口ぶりでこう言ってのけた。
「これはな、さっき言ってたリーゼスに借りた(かっぱらった)んだよ」
──そう、今一同が乗っている車と言えばリーゼスのものである。
おそらく、リーゼスと別れる前、ジスクが彼に頼んで借りた──と言うより、むしろ強奪したといった方が正しいか──のであろう。
こちらとしてはリーゼスのせいで多大なる迷惑と被害を被った身である為、この程度の見返りはむしろ軽いくらいではあるものの、何だかんだでちゃっかりしていると言うべきか。
リアムは、内心おいおい…と思いつつも、あえてツッコミはしないでおいた。
「…で、今兄さんが運転してるんだよね?」
知りたいような、それとも知らない方が身の為か…そんな事を内心思いつつ、恐る恐るジスクへと視線をずらすリアム。
すると、ジスクは元気良くこう答えた。
「おう! まかせとけ!!」
「……。あのさ、兄さん…今まで、運転したことあったっけ?」
一縷の望みを賭けて問いかけたリアムの希望は、この後すぐさま粉々に打ち砕かれる事となる。
「…今回が初めてに決まってんだろ!!」
「んな事いばるなっ!!」
大体分かってはいたものの、リアムもツッコミを入れずにはいられない。
このやり取りも、兄弟にとっては日常茶飯事なのだろう。
だが、ジスクは悪びれる素振りもなく、
「何だよ? そんなに怒る事か?」
むしろ何か問題でもあるのだろうかと言いたげに抜かす始末。
一方、リアムはすかさずこう反論する。
「お…怒るに決まってるでしょーがっ! 兄さんが運転してるなんてそんな危なっかしい車、乗ってられないよ!」
リアムの言う事も、尤もである。
今まで運転した事が無い人にハンドルを任せる事ほど生きた心地がしないのも無いだろう。
しかし、当の本人であるジスクは呑気な口調でまるで気にする素振りは無い。
「な~に言ってんだよ。気にし過ぎだって。車の運転なんざ、テキトーやってりゃそれなりに出来るモンだって」
すると、今までずっと黙っていたエマイユも淡々とした口調で話に入ってきた。
「心配しなくても大丈夫よ…割と」
「割とって何さ!?」
またしても、リアムの鮮やかなツッコミが炸裂する。
エマイユも、意外と呑気な所があるようだ。
この二人に何言っても無駄だ…、と、リアムは心の中で悟った。
…と、その時。遂にリアムが危惧していた現実が一同の元へ訪れる。
「うわぁぁっっ!! に、兄さんっ! 前見て前っ!!」
リアムは必死に前方を指差しながら、運転手に注意を促す。
ジスクはその言葉に、何事かと前方へと視線をずらした。
…というより、車を運転する時は常に前方を見てもらいたいものであるが。
そして、前方には、大きな木がそびえ立っていたのである。