第18話
「さーてと。後は、てめぇをどーするか、だよなぁ?」
ニヤリと口角を吊り上げながらジスクはそう切り出す。
エマイユも冷淡且つ無慈悲な微笑みを口元に湛えつつ畳み掛けるように追随する。
「宿屋の主人はきちんと罪を償う、と言っていたのに、貴方だけのうのうと生きているというのはおかしいわよね?」
これが言葉の暴力、というものなのだろうか。
まるでナイフのように鋭く、そして的確にリーゼスの心を抉り取っていく。
冷や汗まみれのリーゼスも、ついに言い逃れは出来ないと判断したか、観念したようにこう吐き捨てたのだった。
「くそっ…! ああそうだよ! 私が神隠しの正体だ! こんな所で、お前らのような奴にバレるなんて…」
悔しそうに唇を噛み締めつつ、こいつらさえいなければ…と逆恨みと憎しみを滲ませた眼差しで2人を睨み付けるリーゼス。
一方、漸く聞きたかった言葉を引き出す事に成功したエマイユといえば、先程の冷淡な微笑みなど何処へやら、コロリと清々しい笑みを浮かべた。
「ふふ、最初からそう言っていれば此処まで面倒な事にはならなかったのに…。正直が一番よ」
その表情と声色に何処となく恐ろしさを感じなくもないが、きっと気のせいであろう。
──こうして、街中を震え上がらせていた『神隠し』事件は、あっさり幕を下ろしたのである。
ジスク達のおかげで、犯人である宿屋の主人とリーゼスは捕まりその後然るべき罰が下される筈だ。
これで子供達がいなくなることもなくなり、街には元の平穏が訪れたのだ。
だが、その大団円の前に、ジスクとリーゼスの間でこんな会話が交わされていた。
「なぁ、おい。ちょっと頼みたい事があるんだけどよ」
ジスクの言葉に、リーゼスは心底不快そうに眉をひそめる。
「は? 頼みたい事? 一体、何だっていうんだ?」
今更何を言い出す気だ…と、リーゼスは心の中で悪態を吐く。
しかし、そんなリーゼスの内心など知る由も無いジスクは何処吹く風でにかっと笑うと、こう答えた。
「いや~、実はさ…」
◆◇◆
──…あれ…?
…此処はどこだろう…?
確か、部屋に閉じ込められていて…
それに…今まで、自分は何をしていたんだろう…?
何だか、頭がボンヤリする……
「う……」
小さな呻き声と共に、リアムはうっすらと瞼を開けた。
まだ完全には目覚めていないのだろう、重たそうに瞼をこじ開けつつ、気怠そうに欠伸を一つ。
そんな中でも必死に頭を働かせ、何とか記憶を手繰り寄せようと悪戦苦闘する。
(え~っと、確かボクはどこかに閉じ込められていて…。それで、しばらくしたら誰かが鍵を開けて、部屋に入ってきたんだっけ。それから…)
どうやら、気絶させられる前後の記憶が綯い交ぜになっており本人もそれを纏めるのに苦心している模様。
それでも、必死に思案を巡らせ自らに起こった出来事を纏めようとする。
(…そうだ! 話しかけようと思ったら、いきなり変な薬を嗅がされて…。それからは、全然…)
意識が無かった、という事らしい。
どうやら、それから今に至る、というのが事の顛末のようだ。
リアムがそんなことを考えていると、やっと彼が目を覚ました事に気付いたのか、ジスクが嬉しそうに話しかけてきた。
「リアム! 良かった…意識を取り戻したんだな! 大丈夫か? どこか怪我してねーか?」
リアムを心から労わるような優しい声色は、ジスクがリアムを心底心配していた事を窺わせる。
そんな兄の気持ちに感謝しつつ、未だぼんやりする頭を軽く左右に振りながら努めて明るく振る舞った。
「うん。まだちょっと頭はボーっとするけど、怪我はしてないし、大丈夫だよ」
リアムの言葉に、ジスクだけでなくエマイユも安心したようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「そう…良かったわ。心配したのよ」
と、穏やかな口調で返した。
まさか2人が此処まで自分を心配してくれるとは思わなかったし、此処まで助けに来てくれるとも思わなかった。
だからこそ、純粋に嬉しさが込み上げてきてリアムの胸の奥がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
目が覚めたら突如知らない場所に連れてこられ、たった1人そこに監禁されていたあの時は、本当に心細さで胸が潰れてしまいそうになったから。
「ご、ごめんなさい…。心配かけちゃって」
だが、ジスクは首を振ると全く気にする素振りもなくへらりと笑い飛ばしてみせた。
「んな事、気にすんなって。あ、お前をさらった奴等は、きっちりヤキ入れといたからな」
…何だか、さらっと恐ろしい発言をしたような気がするがあえて気にしないでおく事としよう。
「え…? 兄さん、一体何しでかしたのさ…?」
助けてくれたのは嬉しいが、こうと決めると一直線で周りが見えなくなるという兄の性格も熟知しているリアムは、一体何をやらかしたのかと思わずジト目になってしまう。
そうこうしていたが、ふと何か思い出したらしいリアムがこう切り出した。
「結局、犯人は誰だったの?」
その言葉に、エマイユはそういえば、思い出したように口を開いた。
「そういえば…まだ、貴方には事情を話していなかったわね。さて、どこから話そうかしらね…」
と、一連の事件の流れを、リアムに話して聞かせたのである。