第16話
リアムがここにいるという事は、この運転手こそが『神隠し』の首謀者、リーゼスその人なのだろう。
一方のリーゼスはジスク達がこちらに向かってきている事など露知らず、上機嫌で車を運転している。
「それにしても、いい商売を見つけたものだ。一番大変な、実際に誘拐する仕事はあいつに任せてあるしな…」
『あいつ』とは、おそらく宿屋の主人の事であろう。
今まで何度も同じ事を繰り返していて高を括っているのか、余裕綽々な態度である。
──と、そうこうしているうちに街の出入り口に差し掛かかる。
この街は周りが高い塀で囲まれており、この唯一の出入り口を通るしかないのだ。
そのまま、何の問題も無く通り過ぎるはずであった。
勿論そう思っていたであろうリーゼスもそのままアクセルを踏み込もうとしたが、何かに気づいて思わず眉をしかめた。
しかしそれも無理は無いだろう、前方に誰かが立ちはだかっているからだ。
その誰かは両手をいっぱいに広げ、どっしりと地面に足を下ろしている。
明らかに、彼の進行を妨害しているように思われる。
「ちっ、何なんだあいつは…? 私の邪魔でもしているのか?」
クラクションを鳴らしても、微動だにせず一歩も退こうとはせず。
しびれを切らしたリーゼスは、忌ま忌ましそうに舌うちをした。
だが、ここままのペースで走り続けたら、その人物を轢いてしまうのは免れない。
流石にこの程度で人を轢き殺すのは後味が悪いと判断したリーゼスは渋々ブレーキを踏んだ。
凄まじいブレーキ音が辺りに響き渡る。
地面とタイヤが激しく擦れ合い、そのせいで凄まじい程の砂埃が舞い踊る。
数十メートルブレーキ痕を残しつつも、漸く停車出来たようだ。
何かにぶつかった衝撃は無い。
恐る恐る、リーゼスはフロントガラスごしに前を見やった。
…どうやら、自分は轢き逃げ犯にならずに済みそうであった。
何故なら、ほんの数メートル先ではあるものの相変わらずその人物が仁王立ちしていたからだ。
恐らく、僅かでもブレーキを踏むのが遅かったらぶつけていただろう、それくらいに微妙なタイミングであった。
リーゼスは、ほっと安堵の息をつきつつも、次第に自分の進路を妨害した人物にふつふつと怒りが湧き上がる。
文句の一つでも言ってやらねば気が済まないと、いきり立つように車から降りると一直線に仁王立ちしている人物へと視線をずらす。
そして、ずかずかとその人物の方に歩み寄ると、
「ちょっと、そこの君! 一体、どういうつもりだ!? 死にたいのか!?」
と、その人物の方を指差しながら溜まりに溜まった怒りをぶちまける。
しかし、当の本人は素知らぬ顔で、
「別に、死にたかねーさ。ぶつかりそうになったらよけるつもりだったし。…ま、その必要は無かったけどな」
その言葉を聞いて、リーゼスは訝しそうに首を傾げた。
「じゃあ、何のために…?」
すると、その人物はにかっと笑いあっけらかんとこう言い放った。
「そりゃ、アンタに用があったからさ。何とかして、車を止めたかったからな。それで…」
一呼吸置いてから、こう言い放った。
その双眸には、確信めいた力強さと怒りを湛えて。
「オレの弟…どこにやったんだよ?」
──そう、車の前に立ちはだかった人物とは、ジスクその人だったのである。
道のど真ん中に突っ立っていれば、車は止まらざるを得ない。
彼は、それを狙ったのだろう。
いくら理屈では可能といえ、よっぽどの度胸が無ければ出来ない事である。
その辺りは流石ジスクといった所か。
しかし、リーゼスは素知らぬ顔でしらばくれるばかり。
「は? 弟? 何を言っているのやらさっぱり…」
彼はそう言うと、癇に障る嫌味っぽい笑みを浮かべた。
…と、その時であった。
何かが殴られたような音と共に、リーゼスの身体が軽々と吹き飛ばされ。
彼は数メートル飛ばされた後、そのまま地面に倒れ込んだ。
殴られた、という事実がよっぽど屈辱的だったのだろう。憎々しげに自分を殴った人物──ジスクを睨みつけた。
一方、ジスクの方は溜まりに溜まった鬱憤を晴らせてすっきりさっぱり、といった清々しい表情を浮かべるばかり。
「とりあえず…ごちゃごちゃうっせーんだよ」
フン、と鼻息荒く拳を握りしめたままそう言い放った。