第15話
確かに、エマイユの言う事には一理ある。
──まさか、この期に及んで自分達を騙そうとしているのでは…?
そんな猜疑心が生まれた、その時であった。
主人は、首を横に振るときっぱりとその疑念を払拭するようにこう言い切ったのだ。
「今更そんなことをして、何になるんです? それに…貴方達を見ていて、やっと気付いたんですよ。…自分の愚かさに。いくら金のためとはいえ、許される事ではありませんね…。だから、リーゼス氏をかばおうとも思いませんよ」
主人は、やっと自分のやった事の重大さに気付いたようだ。
故に彼の表情には罪悪感と、そして僅かな清々しさが浮かぶ。
今までずっと誰にも懺悔出来ず自分自身の中でひたすら自問自答を繰り返し続け、様々な感情に押し潰されそうになっていたのだろう。
頭を垂れて、心から反省しているように見える。
恐らく彼は、根は善良な人物なのだろう。
ただ、唆されてしまっただけなのかもしれない。
しかし、だからといっておいそれと信用出来るものでもなく。エマイユは未だ彼の言葉を呑み込めないでいるようであった。
信じるべきか否か、悩んでいるその時であった。
エマイユの心の葛藤など何処吹く風、ジスクがあっけらかんとした口調でこう言い放ったのだ。
「よっしゃ! んじゃ、出入り口を見張ってりゃいいんだな? そんじゃ、さっさと行くぜ!」
あまりにも疑いのないあっさりとしたその発言に、エマイユは思わずずっこけそうになった。
「ちょ…ちょっと待って! 貴方、本当に信用する気? 彼は犯人なのよ? 貴方だって、さっきまで怒っていたじゃない」
エマイユの言う事は尤もである。
だが、ジスクの答えは彼女の考えを遥かに超えるものであった。
「そりゃ、さっきまではムカついてたけどよ…反省してるヤツに、これ以上追いうちかけたくねーからな。それに、オレにはあの人が嘘ついてるようにはみえねーんだ」
あまりにあっけらかんとそう言い切るジスクに、エマイユはかける言葉すら見つからなかった。
怒っていたかと思えば、すぐに人を信用してしまう。
彼は、人を疑った事があるのだろうか。
思えば、エマイユが軍に追われていた時もそうであった。
いつも真っ直ぐ前を見据えている、純真で空のように晴れ渡った心。
それが、彼にはある。
そして自分には無いものである、とエマイユは感じた。
それが、彼の魅力だという事も…。
「…全く。貴方って本当、分かりやすいというか、単純というか…」
エマイユは、呆れ果てた様子でため息交じりにそう呟く。
あれだけ自分が思い悩んでいたのは何だったのか…、と馬鹿らしくもなってくる。
そう考えると、何だか笑いさえ込み上げてきてエマイユは口元に小さな笑みを浮かべた。
「エマイユ、早く行こうぜ! 早くしねーと、手遅れになっちまう」
一方のジスクは、エマイユのそんな内心など露知らず、早くも宿屋から飛び出しかねない勢いだ。
エマイユはやれやれ、と溜め息をつくと、
「そうね。…分かったわ。それなら、私も信じる事にしましょう。…それから、主人さん?」
エマイユはふと、主人の方に視線をずらした。
一方、主人の方は、いきなり名前を呼ばれてビクリと大きく肩を揺らした。
「もし、反省しているのなら、きちんと罪を償って下さいね」
エマイユの言葉に、主人は神妙な顔つきで力強く頷いて見せる。彼女の言葉を深く受け止めているのだろう。
その様子を見て満足したのか、今度はジスクの方に向き直ると、
「じゃ、とっとと助けに行くわよ」
「おう!」
ジスクも、威勢良く返事をすると共に鉄砲玉のように飛び出して行った。
◆◇◆
あまり舗装されていない道。
こんな道を車で通るには、なかなかに至難の業。
だがそんな中、車内がガタガタ揺れようとも気にせず疾走する一つの車があった。
ちなみに、車といえばかなりの高級品。
一般人が容易に手を出せる代物ではない。
車の運転手は、ふぅ、と一つ溜め息を零すと、
「…ったく、ひどい道だな。まぁいい。走れれば良い、というものだ。それにしても…」
その人物はそこまで言うと、一端言葉を区切って後方へと視線をずらした。
「こんな田舎街で、あれ程のモノを見つけるとは、私も強運のようだな。治癒能力を持つ者など、そう滅多にいるものではない」
──そう、車の後部座席にいるのは、リアムその人である。
リアムは後部座席にぐったりと横たわっており、意識は無いようだ。
その証拠に、先程からぴくりとも微動だにしない。