第13話
「てめぇ…自分が何してんのか分かってんのかよ!?」
憤慨しているジスクに対し、主人は素知らぬ顔でこう言い放った。
「ああ、分かってますよ…。でも、やらなければならなかったんですよ。生きていくためには、お金は必要ですからね…」
「まだそんなこと言いやがるかッ!!」
激昂したジスクは主人に掴み掛かり、またしても殴りかからん勢いだ。
ジスクは右腕を振り上げる──…
…が、その右腕が振り下ろされる事は無かった。
何故なら、すんでの所でエマイユが止めに入ったからだ。
彼女は険しい顔つきで、ぴしゃりとジスクをこう叱り付けた。
「いい加減になさい! 気持ちは多いに分かるけど、そんなことをしている場合では無いでしょう!? さっきも言ったけれど、今は一刻を争うのよ!?」
エマイユにたしなめられて、ハッと我に返るジスク。
「…悪ィ。ついカッとなっちまって」
彼はそう詫びると、主人の胸倉を掴んでいた手を離した。
主人は、その場に力なく倒れ込む。
相当強い力で胸倉を掴まれていたのだろう、苦しそうに暫く咳き込んでいた。
しかし、エマイユはそんな彼を気遣う事なく話を続ける。
「私がジスクを止めたのは、貴方を許したからじゃないわ。早急にリアムを助けなくてはならないから…余計な事に裂いている時間は無いからよ。…いい? 今から、私が言う質問にすべて答えなさい」
全てを射抜いてしまいそうな程鋭い眼差しを投げかけつつそう問いかけるエマイユに対し、主人は呆然としたまま口を開こうとはしない。
しかし、エマイユはかまわず続ける。
「あの子…リアムをどこにやったの?」
「……。」
相変わらず、主人は眉一つ動かさず沈黙を貫くばかり。
そんな様子を見て、エマイユは一つ溜め息をつく。
(無反応、ね…。流石にそんなに簡単に白状はしないわね)
と、心の中でそう呟きながら溜息を漏らすエマイユ。
このままでは埒が明かないと、今度は質問を変えてみた。
「…そう。あくまで喋る気は無い、という事ね。じゃあ、質問を変えるわ。こんな大掛かりな事、一個人でどうにかなるシロモノじゃないわね。…協力者がいるんでしょう? 何か組織と関わっているんじゃなくて? その組織に、子供達を引き渡しているんでしょう? 貴方は、言うなれば誘拐の実行犯、という所ね。…どうかしら?」
涼しげな口調ではあるが、かなり核心を捉えた指摘である。
冷たい視線をぶつけるエマイユに対し、主人の方は図星を突かれたのか明らかにその表情には動揺の色が浮かんでいて。
どうやら、エマイユの発言はあながち的はずれでも無いらしい。
会話はそこで途切れ、代わりに訪れるは重苦しい程の沈黙。
その中で主人は、本当の事を話すべきか否か必死に結論を探し続けていた。
目線を泳がせながら考えを巡らせる主人をを真剣な面持ちで凝視するジスクとエマイユ。
…とはいえ、ジスクは今にも主人に掴み掛からん勢いであるが。
そんな状態が暫く続いていたが、はたまた痺れを切らしたのか、エマイユがさらなる追及をしようと口を開きかけた時だった。
遂に彼は観念したかのように、ポツリポツリと話し始めた。
「まさか、こんな形でバレるとは…やはり、こんな事、長続きするはずもないか…」
まるで、自分に言い聞かせるような口振りである。
その口調は何か諦めたような、ふっきれたような印象を受ける。
「エマイユさん…でしたか。貴方の言う通りですよ。…確かに、協力者がいました。と、いうより、向こうの方から持ち掛けてきたんですけどね」
ジスク達は、彼の話に黙って耳を傾ける。
しかし、主人にとってはジスク達が聞いていようがいなかろうがどうでもいいようで、まるで独白のように淡々と語り続けた。
「本当に突然でしたよ。『うまい話があるんだ。乗ってみないか?』…ってね。裏ルートや、闇市場についても、すべてその人から聞きました。…とは言え、受け渡しなどをやっていたのは、全部協力者の方なんですがね」
「じゃあ、貴方はただその人に命令されるがままだった、という事?」
眉をひそめながら、そんなことを問うエマイユ。
主人は一つ頷くと、
「ええ。計画はすべて彼が考えていましたから。木の実で眠らせる…というのも、彼が考えた事なんです」
その言葉に、いち早く反応したのはエマイユだ。
「つまりは、その人物の入れ知恵って訳ね。…やってくれるじゃないの」
相手の思惑通りに動かされていた事に、多少の怒りと自嘲を覚えているのだろう。
彼女は、吐き捨てるようにそう呟いた。