第3話
互いに言葉を発するのを躊躇うかのように、辺りの空間を重々しい沈黙が包み込む。
そんな沈黙を破ったのは、リアムであった。
彼はジスクにしか聞こえないような小声でさりげなくこう耳打ちする。
「ねぇ…どうする? もしこのお姉さんが嘘ついてたら…ボクら、重罪人を逃がしちゃうって事になるんじゃ…」
女性の事が信用出来ないらしく、不安そうな顔のリアム。
信用出来ないのも無理はないであろう、何せ女性とは初対面の上に軍人に追われている存在、そんな胡散臭い要素が重なっている相手を信用しろという方が難しい相談だ。
ジスクもしばらく考え込んでいたが、急に何か閃いたように、ポン、と手を叩いた。
「確かに、この人が言った事は嘘かもしれねぇ。でも、もし嘘ついてて、捕まってもしょーがねーような奴だったら、オレらが捕まえればいいんじゃねーか?」
「つまり…見逃す、って事?」
神妙な顔つきで、ジスクの意見を確認するかのようにリアムが問いかける。
だが、ジスクは相変わらず呑気な様子で、
「ま、そーゆうこった。それに、オレにはあの人が嘘ついてたとは、どーしても思えねーし」
すっきりさっぱりそう言い切るジスクに対し、リアムはもう、怒りを通り越して呆れの感情しか湧き上がっては来ない様子。
しかし、そんなリアムの事などお構いなしに、今度は女性の方に向き直るジスク。
突然、視線を合わされて、女性は一瞬戸惑ったように眉根を寄せる。
「なぁアンタ、助ける代わりと言っちゃ何だが…」
いつになく真面目な顔つきのジスクに、思わず女性も身構えてしまう。
一瞬の沈黙の後、ジスクからの言葉を待ち構えるように固唾を飲む女性の耳に、予想だにしないジスクの声が飛び込んできた。
「金、貸してくれ。」
「………はあああ?」
あまりの予想外の台詞に固まってしまった女性に代わり、リアムが思わず素っ頓狂な声を漏らす。
「なっ…何言ってんの!? 目茶苦茶な事言わないでよ! いきなり、見ず知らずの人にお金借りるなんて…!」
理解出来ない、といったふうにそう言い捨てるリアム。
しかし、一方のジスクは何故リアムがそこまでムキになって反論するのか理解できない様子。
「別に、目茶苦茶じゃないだろ。それに、オレ達に金がないのは事実だし。それとも…また食い逃げしてーか?」
「…………う。」
『食い逃げ』と言われて、リアムは言葉に詰まった。
確かに、金がないというのは事実である。
すると、今までずっと黙っていた女性が急にくすくす笑い始めた。兄弟の息の合ったやり取りが面白かったのだろう。
ずっと仏頂面だった彼女だが、笑うと意外と愛嬌がある。
突然笑われた2人は、何がなんだか分からず、ぽかんとするしかなかった。
「まさか…こんな事言われるとは思わなかったわ」
それは、誰だってそうであろう。いきなり見ず知らずの人に金を貸せ、などと言われるほうが稀である。
「それじゃあ…お金が入るまでね。あ、ちゃんと返してよ?」
くすくす笑いながらも快く承諾する女性。
「ホントか?いや~、助かったぜ」
嬉しそうにしているジスクに対し、リアムは今だ腑に落ちない、といった顔をしている。
「あ、そういえば…アンタ、名前何て言うんだ?」
ふと、思い出したように訊くジスク。
すると、きょとんと首を傾げつつも、女性はこう答えた。
「そういえば…まだ言ってなかったかしら。…エマイユ。エマイユ=リュディークよ。貴方達は?」
「ああ。オレはジスク=ディオネスってんだ。んで、こっちは弟のリアムだ」
リアムも一応会釈するが、まだ納得していないらしく何とも言えない表情を浮かべている。
「ま、一つよろしく」
ジスクは締めくくるようにそう言うと、満面の笑みを浮かべた。
──こうして、一時的にではあるが、3人で旅することになったのである。