第12話
やんわりとした口調ではあるが、かえってその方が嫌味っぽく聞こえる。
穏やかな中にも刺があり、正直かなり迫力がある。
一方主人の方も図星を突かれて反撃の糸口を見つけられないのか、思わず言葉に詰まってしまう。
冷や汗まみれの主人に対し、エマイユは涼しい顔で続ける。
「あら? 図星だったかしら? 食事に出たあの木の実には、睡眠を促す効果があるみたいね? おかげで、三人とも朝までぐっすりよ」
「……。」
主人は憎々しげにエマイユを睨み付けたまま、黙って彼女の話に耳を傾ける。
「皆、これだけ寝込んでいたら、部屋に忍び込むのも容易だったでしょうね。そうやってリアムをさらった…違うかしら?」
そして、とどめの一撃。
主人の額からは脂汗がじんわりと滲み、何とか反撃出来ないものかと視線を泳がせながらも必死に思考を巡らせる。
そして、最後の抵抗と言わんばかりにこう言い放った。
「あの木の実が眠り薬…? 面白い発想ではありますがね。ただ、そんなハッタリを言われましてもねぇ…」
「ハッタリじゃないわ」
確信めいたエマイユの反撃がよっぽど予想外だったのか、さらに畳み掛けようとした言葉は喉元で消えてしまい、代わりに信じられない、と言った様子で目を見開くばかり。
しかし、そんなことは一切気にせずにさらに言葉を続けるエマイユ。
「さっき、ラナちゃんに会ったのよ。その時、彼女は普段では考えられないような眠気に襲われていたわ。…そう、まるで昨夜の私達みたいにね」
「なっ…!? どうして?」
主人は思い当たる節が全く無いようで、驚きを隠せない。
一方、エマイユは淡々とした口調でさらに続ける。
「あの子はこう言ってたわ。『台所にある木の実をつまみ食いした』…って」
「……!」
エマイユの言葉に主人の顔つきが一変する。
動揺と焦り、そして僅かに諦めを孕んだその表情は、彼が最早言い逃れをするつもりが無いであろう事を示唆していた。
一方、ずっと黙ってやり取りを聞いていたジスクであったが、やっと事のあらましを理解したようだった。
それと共に、言い様のない怒りがこみ上げてくる。
リアムをさらったという事と今まで自分達をだましていた、という事実が彼を激昂させるには充分過ぎる程で。
彼は掴み掛らんばかりの勢いで一気にこう捲し立てた。
「おい、どーなんだよ!? 答えろよ!?」
しかし、主人は問いには答えず黙り込んだまま。
怒りを抑えきれないジスクが勢い余って彼の胸倉を掴んで答えを促そうとするも、全く意に介する様子は無い。
暫く重苦しい空気が流れていたが、遂に観念したらしい主人がポツリと話し始めた。
「まさか、あの子がつまみ食いをしていたとは…。こんな所でバレるなんて、ツキが無かったという事か…」
腹を括ったかのようなその口調は火に油を注ぐ行動に等しく、ジスクの怒りはさらに増すばかり。
一方、エマイユは尋問するかのように静かながらも何処か厳しい声色でこう問い質す。
「…貴方が、『神隠し』の正体ね」
「…ああ、そうだ。私がやったよ」
エマイユの問いに、うなだれながら答える主人。
すると、今度はジスクがこう問いかけた。
「おい…何でこんな事しやがる? こんな事して、何の得があるってんだ?」
ジスクの言葉に、彼はフン、と鼻で笑うと吐き捨てるようにこう答えた。
「お宅らにはかけ離れた世界でしょうが…闇ルートには、人身すら売買するものだってあるんだ」
「……ッ!!?」
予想だにしない発言に、2人は目を見開いたまま絶句するばかり。
まさか、そんなことが実際に行われているとは。
そんな人道に反した行動、信じたくなかった。
しかし、彼の態度や口調から嘘や言い逃れを口にしているとは到底思えなかった。
彼は、さらにこう続ける。
「これでも、高く売れるんですよ。まぁ、需要があるから供給がある…そういう事ですよ。特に…」
そこまで言うと、今度はジスクの方に視線をずらし、
「お宅の弟…リアム、でしたっけ? あの少年には、不思議な力がある。あれなら、高く売れるでしょうねぇ…」
その刹那。
何かが殴られたような凄まじい音と共に、主人の身体が宙を舞った。
それもその筈、ジスクが主人の顔面に正拳突きを見舞ったからだ。
主人の嘲るような口調はジスクの逆鱗に触れるには充分過ぎる程であった。
すでに限界を迎えたその怒りはジスクを突き動かし、頭で考えるより身体が勝手に動いたと言っても過言ではない。
たかが一発殴ったくらいではジスクの怒りは収まらない。
普段の何処か抜けたジスクの表情とは打って変わって双眸は怒りに支配されて血走り、まるで鬼神の如く激しい形相へと変貌していた。