第11話
「……行きましょう」
急に、鋭い視線のまま吐き捨てるように呟くエマイユ。
そして、ジスクの反応も待たずにさっさと歩を進める。
一方、ジスクと言えば全く訳が分からず、どうしたらいいのかも分からない。
とりあえず、エマイユに事情を訊いてみることにした。
「おっ、おい! 一体何だってんだよ!? どこ行く気だ!?」
ジスクが話しかけようとも、エマイユは彼の方へ視線を向ける事無く相変わらず鋭い眼差しのまま何処かへと向かうべく歩みを止めようとはしない。
そして、視線を前方に向けたままこう返した。
「…犯人が分かったのよ」
あまりにあっさりとしたその言葉に、ジスクは驚きのあまり瞠目してしまう。
もちろん、詳細を訊くのは当然の事で。
「なっ…!? ま、マジかよ!? 誰なんだよ、こんなふざけた事した奴は!?」
確かに、それを訊くのは至極当然の事。
だが、エマイユはジスクの方には見向きもせず淡々と言葉を紡ぐのみ。
「詳しい事は後で説明するわ。今は…時間が惜しいの。取り返しの付かない事になってしまってからでは遅いでしょう?」
「うー…そりゃそーだけど…。わーったよ、その代わり後でちゃんと説明してくれよな!」
「それは勿論。来たるべき時に全て話すわ」
エマイユの冷たい応答に、ジスクは頷くしかなかった。
未だに腑に落ちない部分はあったようだが。
とりあえず、ジスクはエマイユの後を黙って追う事にした。
今は何を言っても無駄であろうし、何より今のエマイユは話しかけにくいオーラを纏っているように思ったからだ。
どうやらエマイユは、街のどこかに向かって歩いているようだ。
そんな彼女の傍らで何とも言えない気まずさを感じつつ黙って後を追うジスク。
暫く歩を進めた後、漸く目的地に到着したようだ。
ジスクはこの場所には見覚えがあるらしく、面食らったような表情を浮かべるばかり。
「まさか…此処だってのかよ?」
「そうよ」
小さく頷きつつ、相変わらずそっけない応答のエマイユ。
しかし、ジスクは納得いかないようだった。
腑に落ちない、といった口振りで、
「おいおい、いくら何でもこれはねーだろ」
「いいから。そのうち分かるわよ」
まさかこんな所にリアムが居る訳がないだろう、と訝しげに前方に聳え立つ建物とエマイユを交互に見遣るジスクとは対照的に、エマイユと言えば確信に満ちたような表情を浮かべてい
る。
そしておもむろに建物に歩み寄るなりドアノブに手を掛ければ、何の迷いも無くドアを開くエマイユ。
さらには鋭い顔つきのまま遠慮なく建物の中にずかずかと入り込んでいく。
当然、建物の中には人が居る訳で、予期せぬ来訪者に目を白黒させて唖然とするばかり。
確かに、突如扉が開くなり赤の他人がずかずか侵入してきたら驚くなという方が無理な相談である。
しかし、エマイユは向こうの態度などお構いなしに冷笑と共に嫌味たっぷりにこう言い放った。
「どうも、ごきげんよう。夕べはお世話になりましたわ」
「一体…どういったご用件で…?」
冷ややかな口調で挨拶するエマイユに対し、建物にいた人物は完全に面食らったような表情を浮かべるばかり。
そして、エマイユは冷たくこう言い放った。
「ちょっと話したい事があるのよ。……宿屋の主人さん?」
「……ッ!」
──そう、この建物に居た人物、そしてエマイユが話をつけようとしていた人物こそ、宿屋の主人その人だったのである。
恐らくは、エマイユが犯人と推測している人物こそが彼なのであろう。
あきらかに主人は動揺しているらしく、平常心を保とうと視線をあちこちに彷徨わせる。
勿論、驚いているのは彼だけではない。
ジスクもまた、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。
「ちょ、ちょっと待てって! 何でこの人がこんな事を…!?」
思わず、ジスクは慌てた様子でエマイユに説明を求めようとする。
すると、エマイユはチラリとジスクを一瞥すれば淡々とした口調でこう答えた。
「何故そんなことをしたのか…理由までは分からないけれど、彼がやったのは間違いないでしょうね。逆に、それ以外は考えられないわ」
「おいおいマジかよ…」
ジスクは今だ信じられないらしく、口元に手を押さえながら唖然とするばかり。
一方、主人はあくまで否定的な態度である。
「わ…私が? 随分と面白い事を言いますなぁ。それが冗談じゃないと言うのなら、何か根拠がおありなんでしょうな?」
すると、待ってましたと言わんばかりにエマイユは不敵な笑みを浮かべると、
「昨晩は…眠り薬入りの食事、美味しかったわよ」
と、嫌味たっぷりにそう言い放った。