第9話
「とにかく…少し整理してみましょうか」
神妙な顔つきでおもむろにそう話を切り出すのはエマイユだ。
ジスクといえば、黙って彼女の話に耳を傾けている。
「とりあえず…昨日、あの子は私達よりも先に寝ていたわよね? つまり、その時まではあの子は宿屋にいた、という事になる。…ここまではいいわね?」
エマイユの問いに、ジスクは無言で頷いてみせる事で同意を示す。
そんな彼の反応を横目で一瞥してから、エマイユは再び口を開いた。
「でも、翌朝になったらいなくなっていた…要するに、あの子がいなくなったのは、夕べ私達が寝てから翌朝起きるまで、という事になるわ」
「ほうほう、成程な。確かに、言われてみりゃそーだよなぁ」
エマイユの仮説に関心した様子で何度も頷くジスク。
どうやら彼女の意見には賛同しているようだったが、ふと、何かが頭に引っ掛かったようで訝しげに眉をしかめる。
「でもよ…。もし、オレらが寝てる時にいなくなったとしても、全然気付かなかった、ってのはおかしくねーか? 誰かが部屋を出入りしたんなら、気付くと思うんだけどなぁ…」
頭を掻きながら、ばつが悪そうに眉尻を下げるジスク。
「オレの感覚も、最近鈍くなってんのかなぁ…そんなつもりはねーんだけど」
と、決まり悪そうにつぶやくジスクに続くように、エマイユも自分の不甲斐なさを嘆くように目を伏せながら溜息を零す。
「私も、不覚だったわ…」
そんな自己嫌悪に苛まれていたエマイユであったが、ふと何かを思い出したようにハッと顔を上げた。
「でも…夕べは本当に眠り込んでしまったから…。いつもなら、あんなに熟睡する事なんて無いのだけれどね」
「そーいやぁ、オレも夕べはぐっすり寝込んじまったな」
ジスクの言葉に何か引っ掛かる点があるらしく、エマイユは訝しげに眉をしかめてみせる。
一方、ジスクと言えば彼女の内心にさっぱり気づいていないようで、何故エマイユがそんな表情をするのか皆目見当もつかずきょとんとするばかり。
「じゃあ…昨日は二人揃って熟睡していた、って事? 珍しい偶然もあるものね。いえ、もしかしたら…」
ジスクの存在さえ今のエマイユの視界には映っていないようで、彼の反応などまるで気にする素振りも無くあれこれと仮説を組み立てたり脳内で議論を戦わせるエマイユ。
そして、彼女の頭の中に一つの仮説が導き出されていた。
しかし、エマイユは自分自身の考えを否定するかのように首を振ってみせる。
「まさか…ね。そんなこと、あるはずが無いわ…」
まるで、自分自身に言い聞かせるようにそう結論づけるエマイユ。
一方、ジスクは訳が分からず頭上には“?”マークが乱舞するばかり。
「なぁエマイユ、何か分かったことでもあんのかよ?」
このまま黙っていても仕方ないので、思い切って訊いてみることにしたらしい。
しかし、エマイユと言えばそう問いかけられてもゆっくりと首を横に振るばかりで口を噤んでしまう。
「いえ…何でもないわ。私の思い過ごしだから」
結局はエマイユにはぐらかされてしまった。
これ以上訊いてもエマイユから本音は聞き出せないと判断したのか、あえてジスクは追及しないことにした。
そこで改めて、そういえば此処は何処だっけとジスクは周りへと視線を向ける。
いつの間にか、2人は公園に来ていたらしい。
2人で意見を交わしながらも自然と足は動いていたようで、無意識のうちに公園へと足を運んでいたようであった。
ジスクはふぅ、と一息入れると、
「やっぱ、ごちゃごちゃ考えんのって性に合わねーや。何か疲れたから、ベンチで一息つかねーか?」
エマイユも、彼の意見には賛成らしくコクリと一つ頷いて見せる。
「そうね。ずっと街中歩き回っていたし、少し休憩してもいいんじゃないかしら」
どうやらお互いの意見は一致したらしく、2人はベンチで休憩する事にした。
しかし、肝心のベンチが見つからず。
仕方なく、2人はベンチを探して公園内をうろつく羽目になってしまった。
あちこちをキョロキョロ見回していたジスク達であったが、ふと、何かが彼の視界の隅をちらつく。
そこには、彼らが探していたベンチの姿。だが、それだけではない。
ベンチにはすでに先客…女の子が2人いたのだ。
1人はベンチに座っており、もう1人はベンチの傍らで佇んでいるらしかった。
だが、何か様子がおかしい。
何となく2人の様子が心に引っかかったらしいジスクとエマイユは、何気なく少女が据わるベンチへと歩を進めた。