第5話
そんなやり取りを遠巻きに眺めていた主人であったが、ふと我に返ると一同を案内するべく客室へ続く廊下へと足を向けた。
「それでは、参りましょうか」
先導を歩く主人の背中を追いかけるように大人しく廊下を歩けば、暫くして一つの扉の前までやってきた。
「此方がご用意したお部屋です。どうぞごゆっくり」
…と案内された部屋は、多少殺風景で小ざっぱりしているものの一晩泊まるには申し分ないものであった。
3人共、なかなか満足そうな表情を浮かべている。
「それでは、夕食になりましたらお呼びしますね」
主人はそう言うと、会釈をしてから踵を返してその場を立ち去った。
リアムは近くにあったベッドに腰掛けると、漸く一休み出来る事に嬉しさを覚えているのかその顔は安心感に満ちていた。
「何とかベッドにありつけて良かった~」
「そうね。今日はゆっくり出来そうだわ」
エマイユも嬉しそうに、リアムの言葉に続く。
「ま、オレとしてはメシさえ食えればそれでいーんだけどな」
「兄さんって、そればっか…」
ジスクの台詞に呆れつつ、リアムはそんなことを呟いていた。
◆◇◆
「は~、食った食った。いや~美味かったな~」
ジスクがご満悦な様子で零れんばかりの笑顔を向けつつ腹を摩っている。
──あれから暫くして、夕飯時になった頃に主人に食事の準備が出来たと呼ばれ、こうしてのんびりと夕飯を楽しんでいる模様。
リアムとエマイユも久し振りの温かく美味しい食事に大満足の様子だ。
「それにしても、デザートつきなのにはありがたかったわね」
そこは女性と言うべきか、エマイユは食後に出されたデザートがえらく気に入ったらしい。
エマイユの言葉に続くように、リアムも口を開いた。
「そうだね~。あの木の実…美味しかったね」
うんうん、とエマイユの言葉に賛同するように頷いて見せるリアム。
食事を済ませると主人に礼を言ってから3人共部屋へと引っ込む事にしたようだ。
部屋に戻ってから各自何をするでもなく、旅の疲れを癒すべくまったりとくつろいでいた時だった。
リアムが、眠たそうにしきりに目を擦っている。
その様子に気付いたようで、ジスクが彼に話しかけた。
「ん? どーした、リアム?」
「う~ん…何か凄く眠くって…。今まで、こんな事無かったのになぁ…」
しきりに目を擦りながらも、そう答えるリアム。
自分でも理解しがたい程の強烈な眠気に襲われているらしい。
何故こんなに眠いのか、自分でも分からないようだった。
すると、ジスクは意地悪そうにニヤニヤと口角を吊り上げてみせる。
「何だ、眠いのかよ。そんだったら、お子様はさっさと寝るこった」
手をヒラヒラさせながらそう言うジスクに、リアムは不機嫌そうに反論する。
「もうっ、また子供扱いして…!」
すると、エマイユが彼を宥めるように兄弟のやり取りに割って入ってきた。
「2人共…喧嘩はそのくらいにしておきなさい。ジスクもあまりリアムをからかうものではないわ。リアム、きっと疲れているんじゃないかしら? ゆっくり休むといいわ」
「…うん、そうするよ」
リアムはそう頷くなり、まるで返事の代わりと言わんばかりにタイミングよく特大の欠伸をしてみせた。
──やっぱり疲れてるのかな…?
でもこんな眠気、ちょっと不自然なような…
…と、リアムは考えを巡らせる。
しかし、幾ら思考を巡らせたところで結論など出せる筈も無く。これ以上考えても無駄と判断したのか、あっさり思考を中断した。
「じゃ、おやすみ…」
ジスクとエマイユに挨拶するなりそのままベッドに滑り込み、泥のように眠り込んでしまった。
そんなリアムの様子を微笑ましく見つめるのはジスクだ。
「もう寝てやがる。よっぽど疲れてたんだな」
「まぁ、無理もないわね。あんな事があったのだから…」
エマイユはそう返すと、目を伏せてしまった。
やはり、彼女なりに色々と責任感を感じているのだろう。
それから、何とも言えない気まずい空気が部屋中を支配する。
しかし、その雰囲気はあっという間に崩れ去る事となった。
──…瞼が重い。
まるで、瞼に重りがついているみたいだ。
それだけじゃない。何だか、思考も働かない…。
ジスクは頭をぶんぶん振りながら、そんなことをぼんやりと考えていた。
エマイユも彼と同じく、思考の働かない頭を押さえてそれでも何とか意識をはっきり保とうと悪戦苦闘している。
──どうやらこれは…。
「ふぁ~あ…何か…すっげー眠いんだけど」
顔いっぱいに特大の欠伸をしながら、何とも締まりのない声でそうつぶやくジスク。
エマイユもまた、眠たそうに何度も目を擦りつつ、必死に眠るまいと瞼を押し上げつつ強烈な眠気と戦っていた。