第3話
信じがたい光景を目の当たりにして、エマイユと女の子は思わず瞠目してしまう。
特に女の子の方は、傷を治してもらった嬉しさで顔を一杯にしていた。
「わぁ~、すごい、あんなに痛かったのに、今は何ともないよ!」
目を輝かせながらそう話す女の子を尻目に、リアムもまた彼女につられるように朗らかな微笑みを口元に浮かべた。
「傷は治しておいたから、もう大丈夫だよ。これからは、怪我しないように気をつけてね」
その言葉に、女の子は元気良く頷く。
すると、すっかり元気になった女の子が矢継ぎ早にあれこれ話しかけてきた。
「ありがとう! おさげのおにいちゃん! ねぇねぇ、どうやって怪我を治したの? すごいね、魔法使いみたい!」
一気に捲し立てる女の子の双眸は、好奇心でキラキラと輝いていた。
一方、リアムと言えばその視線を無下にあしらう事も出来ず、かといって、何と言って良いのかも分からず。
しどろもどろになっていると、エマイユが助け船を出してくれた。
「そうね。このお兄ちゃん、魔法使いなのかもしれないわね。さぁ、もう遅いから、おうちに帰りなさい。きっと、両親が心配しているわよ」
微妙にかわしつつ、穏やかな口調で諭すようにそう言い聞かせるエマイユ。
女の子の問いには答えていないようにも思われるが、当の本人である女の子は、大して気にしていないようである。
エマイユの言葉で、それよりも家に帰るで頭が一杯になってしまったのだろう。
女の子は元気良く立ち上がると、そういえば、と暮れなずむ夕日を見上げた。
「あ、ホントだ! それじゃ帰るね! おにいちゃん、ありがとう!」
満面の笑顔と共に、彼女はリアムに感謝の意を述べる。
リアムもまた、嬉しそうに笑んだ。
そして、手がちぎれんばかりにぶんぶん振りながら、駆け足であっという間にその場を立ち去って行った。
女の子の影が完全に見えなくなってから、エマイユは改めてリアムの方に視線をずらした。
「それにしても…凄いわね。その力。実際にその力を見たのは始めてだけれど、正直な所予想以上だわ」
それを聞いて、リアムは何とも言えない複雑な表情を浮かべる。
「そ、そう…かな? あんまり気にしたこと無いからなぁ…」
「おい、んな事よりもさ、早いトコ宿探そうぜ。さっさとしねーと、夜になっちまうぞ」
今までずっと無言でやりとりを見ていたジスクが、2人の会話を遮る様に口を挟むと急かすように茜色から紫へと色を変えつつある空を指差してみせる。
ジスクに言われて、ようやく当初の目的を思い出した
「あ、すっかり忘れてたよ。ここまで来て、野宿は嫌だしね」
「それもそうね。話は後にして、とりあえず急ぎましょうか」
そういえば、漸く宿を探していた最中である事を思い出したらしい2人。
そして、足早に宿を探しにその場を後にしたのだった。
◆◇◆
「ふぅ~、一時はどーなる事かと思ったけどよ、何とかベッドにありつけそうだな」
やれやれ、と満足と安堵が入り混じった表情を浮かべつつそう呟くのはジスクだ。
──あの後、町中をうろつき回って何とか一件の宿を見つける事が出来た一同。
せっかく宿にありつけたのにこんな事を言うのは忍びないが、あまり繁盛している…とは言えない宿だ。
しかし、そんな贅沢を言っていられるほどの余裕があるはずもなく。
ロビーと思しき広間で3人揃って立ち尽くしていると、カウンターからこの宿の主人とおぼしき男性がやってきた。
「お客様、3名様ですね? おやおや、見ない顔ですが、旅のお方ですかな?」
「まぁ、んなトコだな」
主人の対応に、とりあえず当たり障りのない言葉で返答しておく。
「3名様なら、この部屋が良さそうですね。…それでは、お部屋までご案内しましょう」
「おう、よろしく頼むぜ」
…と、ジスクが返したその時であった。
カウンターの向こう──おそらくは、主人とその家族が住んでいると思われる部屋であろう──から、何やら聞き覚えのある声が飛来する。
否、聞き覚えがあるどころの騒ぎではない、つい先程聞いたばかりの元気であどけない少女の声。
「あぁ~~っっ! おにいちゃんたち、さっきの…!」
「そ、そういう君こそさっきの…!」
カウンターからひょっこり覗かせた顔に、一同は確かに見覚えがあった。それは向こうも同じらしく、女の子とリアムはほぼ同時に素っ頓狂な声をあげてしまった。