第2話
「…ふぅ。ここまでくりゃ平気だろ」
乱れる呼吸を整えながら、ジスクがそう呟く。
ちなみに、ここは街の裏路地。
あれから街中を駆け回って、何とか食堂の主人から逃げ切ることができたようだ。
「つっかれた~。まさか、食い逃げするハメになっちゃうなんてね…」
リアムがそう言いながら、額の汗を拭う。
何とか食堂の主人を振り切る事が出来た2人はやれやれ、と心底辟易した様子で路地裏にへたり込む。
…と、2人の視界に映り込んだのは数メートル先の塀に座り込む1人の女性の姿。
2人は驚愕のあまり目を見張りつつも、その人物の元へ駆け寄った。
その人物は女性で、見れば脇腹に傷を負っている。傷はかなり深いようで、傷口からは絶えず鮮血が溢れている。
彼女の額からは脂汗が噴き出ており、血の気の引いた表情からも致命傷である事は容易に想像出来た。
「おい、アンタ大丈夫か?」
ジスクが話しかけると、女性はゆっくりと気怠そうに視線をそちらに向け、弱々しく答えた。
「…お願い……ここから…」
「え? よく聞こえねーんだけど…」
彼女の声はか細く、今にも消えてしまいそうで。それ故に、ジスクは思わず訊き返したが応答が無い。
どうやら気絶してしまったらしい。
「ちょっ…おい!返事しろ!おいってば!」
いくら揺さぶっても応答は無い。女性の生気を失われた表情は、幾ら揺さぶられた所でピクリとも動かなかった。
異変を感じ取ったリアムも心配そうに覗き込むと、
「とりあえず、傷の手当てしなくちゃ…。相当酷いみたいだし」
「…そうだな」
◆◇◆
「……ここは…?」
少しずつ開けてゆく視界に映り込むは、クリーム色の天井ばかり。
とりあえず視線だけ動かして辺りの様子を窺えば、どうやら街の宿屋に居るようだ。
恐らくは、誰かが自分を宿屋まで運びベッドに寝かせてくれたのか──…女性はぼんやりとした頭を必死に巡らせながらそう結論付けた。
「あ、大丈夫か? 心配したぜ、いきなり倒れちまったんだから」
女性が声の聞こえる方へと視線をずらせば、そこにはホッと安堵の息を吐くジスクの姿。
倒れた彼女をベッドに寝かせ、ずっと看病していたらしい。
「ええ…あ、そういえば、怪我…!」
女性はハッとなって、怪我をしていた部分を探った。
しかし、怪我をしていたはずなのにすっかり治っている。痛みも全く感じない。
彼女が不思議そうにしていると、リアムがひょこっと顔を出した。
「あ、心配しなくても大丈夫ですよ。ボクが治しておきましたから」
「…? な、治したって、どういう事…?」
さも当たり前の事のように言い放つリアムに対し、女性は困惑の色を隠せない。
不思議そうにしている女性を尻目に、リアムはジスクを部屋の隅に引っ張っていった。
そして、女性には聞こえないようにひそひそ声でこっそりと耳打ちする。
「ねぇ兄さん、この人もしかして軍人達が探してた人じゃない? 特徴もそっくりだし…」
リアムにそう言われて、改めて彼女の方に視線をやる。
確かに、翡翠色の髪に金色の瞳。そして一番の特徴である尖った耳と額の角。
彼女の特徴は、まさに先程軍人達が言っていたそのものであった。
流石のジスクも訝しげに眉をしかめつつ、リアムの問いかけに同意するかのように頷いて見せた。
「確かに…偶然にしちゃ、出来過ぎてるな」
「…ええ。貴方達の言うとおりよ」
不意に2人の背後から降り注ぐ可憐ながらも凛とした声に驚きを隠せず、びくりと肩を震わせながら声のする方へと振り返る2人。
どうやら、2人の会話は彼女に筒抜けだったらしい。
驚愕の表情を浮かべる2人を尻目に、彼女は淡々とした口調で、さらに続ける。
「確かに、私は軍人達に追われていた。それは、事実よ」
あまりにハッキリとした口振りに、始めは唖然となっていた2人だったが、ハッと我に返ったリアムがこう問いかけた。
「じゃあ…何で追われてるんです? 何か、事情でも…?」
リアムの問いに、彼女の顔が一気に曇った。
彼女は目を伏せ、明らかに言いにくそうにしている。
「ごめんなさい…それは、言えないわ。でも…何かやましい事がある訳じゃないの。信じてくれないでしょうけど…。だからお願い、軍人達には私の事は言わないで欲しいのよ」
何とも信じがたい発言に、2人は顔を見合わせるしかなかった…。