第1話
空に高々と昇っていた太陽も、今は沈みかけている。
蒼穹は次第に茜色へとその色を変えてゆき、夜の女王が支配する時が少しずつ近づいていく。
ジスクはそんな夕日を眺めながら、エマイユの方へと向き直った。
「なぁ、エマイユ。アンタの村まではあとどのくらいかかるんだ?」
エマイユは、暫く考え込みつつも、こう答えた。
「えっと…そうねぇ…。どんなに急いでも、あと一日はかかりそうね」
「う~、あと一日かぁ…。この辺汽車も通ってないから、歩くしか無いもんねぇ…」
リアムがやれやれと溜息を零しつつ、額の汗を拭いながらそうぼやく。
今日は一日中歩き詰めだったようで、どっしりと体全体に疲労感が圧し掛かる。
表情にも、疲労の色がありありと浮かんでいた。
すると、ジスクが足下の小石を豪快に蹴飛ばしながら、
「しょーがねーだろ。この辺田舎なんだし」
無い物ねだりをしても仕方ない、と窘める口調でリアムにそう投げかける。
「まぁね。文句言っても仕方ないし地道に歩いていくしかないよね」
ふぅ、と溜め息まじりに呟くリアム。
そう自らに言い聞かせる事で、気持ちを奮い立たせるようで。
一方、エマイユは西の方角をじっと見据えたまま。
彼女の視線の先には、今にも沈みそうな太陽が柔らかな日差しを地上へと運んでいた。
「…それにしても、もうすぐ日が沈みそうね。夜は歩けないから…どこかで野営を張るか、街を探すしか無いわね」
この言葉に、ジスクもふむふむ、と頷くと、
「だよなぁ。とりあえず、とっとと街でも探さねーと…」
と、エマイユの意見におおむね同意しているようだ。
リアムも、2人の意見に賛同するようにこくこく頷いて見せる。
目的地へ向かうのは今日はこれまでにして、3人は宿がとれそうな街を探すことにした。
この辺一帯は森に囲まれており、街道こそあるもののあまり栄えているとは言えない。
汽車が走っていない所からも、この辺一帯が田舎だということは察するに余りある程であった。
とりあえず街を探してうろついていると、木々の中から屋根が覗いているのを発見した。
「あ! あっち…何かあるみたいだよ!」
そちらの方を指差しつつ、嬉しそうに叫ぶリアム。
ジスクもそれに気付いたようで、
「お、あっちに家があるみたいだな。とりあえず、行ってみる価値はあるんじゃねーか?」
ジスクの言葉に、エマイユも賛同を示してみせた。
「そうね。他に民家も見つからないし…行ってみましょうか」
とりあえず、家が見つかったことに安堵の息をつく3人。暮れなずむ夕日を背負いながら街を探して彷徨い歩くのは流石に不安を覚えたのだろう。
嬉々として屋根の見える方へと歩を進めたのだった。
◆◇◆
「お、何とか着いたみてーだな」
ジスクが辺り一帯を眺めつつ、嬉しそうに声を弾ませる。
彼らの眼前に聳え立つは、森の中とはいえなかなか栄えている町並みであった。
建ち並ぶ民家の中で、一際大きな屋敷がその存在を主張しており否が応でも視線を向けてしまう。
他の屋敷とは形も大きさも異なり豪華絢爛、とでも表現すべきこの異色の屋敷は、いかにも私儲かってます、と言わんばかりである。
街全体をまったりのんびりとした雰囲気が漂っているものの、宿屋や食堂などがあり、骨を休めるには申し分ないであろう。
ちなみに、彼らが街に着いた時には日はとっぷり暮れていた。
まずは街に到着して気を休める事が出来たのか、リアムの表情には穏やかな色が浮かぶ。
「きちんとした宿が見つかって良かった~。早くゆっくり休みたいなぁ」
リアムはそう呟くと、まるで猫のようにぐっと背伸びしてみせる。
一方、ジスクは空腹を堪えきれず思わずお腹を摩ると、
「オレとしては、腹拵えしてーなぁ。ずっと歩き回ってて腹減ってんだよな~」
2人の言葉に、エマイユはくす、と微笑みながら、
「ふふ、そうね。それじゃあ、まずは宿を取りに行きましょうか」
と、提案する。
二人もその意見には賛成らしく、うんうん、と頷いてみせた。