第12話
暫く、重苦しい空気が辺りを包み込んだ。
すっかり場の空気は沈み込んでしまった上、誰も口を開こうとはしない。
そんな、何とも言い難い嫌な空気が暫く続いていたが、リアムがふと、何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば…エマイユさん、さっき訊きたい事があったんだけど、どさくさで訊けなくて…。今、訊いてもいい?」
「…? ええ、構わないけれど…一体何かしら?」
思い当たる節がないのか、エマイユはきょとんと首を傾げつつもとりあえずは許可してみせる。
訊かれそうな事は、全部話したつもりなのに…と、エマイユは心の中で呟いた。
「さっき…軍人達と戦ってた時、確か魔法の矢を放ってたよね? あれは…本当に魔術なの?」
リアムの真剣な眼差しとは対照的に、エマイユといえば何だそんな事か、と言いたげな拍子抜けした顔をしている。
彼女にとっては取るに足らない些細な事、と言った口振りでこう答える。
「そうよ。あれは正真正銘魔術だけれど」
あっさりと答えるエマイユに対し、リアムはさらに質問を続ける。
「でも…魔術を使うには、“マナ”が必要なんだよ? 今、この世界には、マナは無いはずじゃあ…?」
確かに、リアムの意見は尤もである。
この世界では、魔術を使うには“マナ”というエネルギーが必要である。
しかし、今はこのマナがほとんど失われてしまい、魔術を使うことは出来ないはずなのだ。
現に、ジスクもリアムも、こうして魔術を使いこなす人物に出会ったのは初めてだし、実際魔術をこの目で目の当たりにしつつも未だに信じがたい様子。
しかし、エマイユは首を横に振ると、こう説明してみせた。
「…いいえ。確かに、失われてはいるけど、完全に無くなった訳じゃないの。だからと言っても、ほんの僅かしか無いから…人間が魔術を使おうとしても、大した力にはならないでしょうね。でも、私は古代種…エルビア族だから、少しのマナでも充分魔術を扱える能力を持っているの。だから、エルビア族の中では魔術を使える事が出来ても、特に不思議では無いのよ」
エマイユの淡々とした説明に、リアムは納得しているようだ。
漸く合点が行った様子でふむふむ、と頷きつつ、事に方へと世の中にはそんな種族もあるのかと純粋に関心しているようだ。
そんなリアムの様子を見て、今度はエマイユが話を切り出した。
「それを言うなら…貴方はどうなのよ?」
突然訊かれて、今度はリアムが驚く番であった。何せ、そう問われても思い当たる節が全くないのだから。
きょとんとしているリアムを尻目に、エマイユはさらに畳み掛ける。
「貴方が、怪我している私に使ってくれた治癒の力…あれは、一体何なの? 魔術…なのかしら?」
真剣な顔つきでそう問いかけるエマイユ。
しかし、リアムは困ったような表情を浮かべるばかりでどう答えるべきか考えあぐねているようで、ジスクに助け船を求めていた。
助け船を求められたジスクもまた、何と答えたらいいのやら…といった顔つきで、ポリポリ頭を掻いている。
そんなジスクの様子を見て自分でどうにかするしかないと判断したリアムは歯切れ悪くこう答えた。
「それが…よく分からないんだ」
「分からないって…どういう事?」
リアムの放った言葉の真意が分からず、鸚鵡返しするしかないエマイユ。
リアムもまた、自分でもよく分かっていないのかその言葉はどうにもはっきりしない。
「何か、特殊な能力を手にいれた、って訳でもないし…。エマイユさんみたいに、種族の能力でもないんだ」
「その証拠に、オレは使えねーからな」
ジスクが補足するかのように、口を挟む。
リアムはコクリと頷きつつ、言葉を続ける。
「…物心ついた時から、すでに使えるようになってたんだ。でも、皆特に気にしてなかったし…」
「そーだよなぁ。何と言っても便利だし。オレもしょっちゅう使ってもらってたよな。屋根から落ちて骨折した時とか、村の連中と喧嘩して傷だらけになった時とか」
豪快に笑い飛ばしながらそう話すジスクは、本当に何ら気にも留めていないのだろう。
最早笑い事では済まないような気もしなくはないが、これもジスクの気質故であろう。
昔から派手に暴れ回っては結果リアムに迷惑をかけっぱなしのようだ。
一方、エマイユはまだしっくりこない部分があったようだが、本人すら理解していない状態で、これ以上の追及は無駄と判断したようだった。