第9話
あまりの出来事に、リアムとエマイユは信じられないといった様子で目を見開いた。
一方、ジスクは得意げに胸を張りほら言っただろう? と言わんばかりの勢いだ。
「な? オレの言った通りだろ?」
しかし、リアムはその言葉には答えずに、エマイユに話しかけた。
「こ…これって…エマイユさんが持ってたものじゃあ…?」
エマイユも思い当たる節があるようで、神妙な顔つきで口元に手を当てている。
「ええ…。間違いないわ。でも、剣に姿を変えるなんて…聞いたこと無いけど…」
あのクリスタルの持ち主であるエマイユでさえ、何故姿を変えたのか、そしてジスクがそれを使いこなす事が出来たのか皆目見当がつかない様子。
2人の会話に、ジスクは訝しげな表情を浮かべる。
「なぁお前ら、コレが何なのか知ってるのかよ?」
ジスクの問いに、エマイユは話すべきか躊躇っているようで、口元に手を当てたまま暫し口を噤んでしまう。
ジスクもリアムもエマイユの言葉を固唾を飲んで待ち続けている為、辺りを静寂ばかりが埋め尽くす。
しかし、遂には意を決したのかゆっくりと口を開いた。
「そうね。もう、隠している訳にもいかないでしょうし…」
彼女がそう言い、2人を見据えたその刹那──…
先程まで宙を漂っていたクリスタルが、急に何かに導かれるようにゆっくりとジスクの方へと近づけばまるで底なし沼へ沈むように彼の左胸に入り込んでしまったのだ。
あまりの光景に、一同はその場に呆然と立ち尽くすばかり。
特に、当の本人であるジスクは気が気ではない。
「なっ…何だよこりゃ!? 何でオレの中に入り込んでんだよ!?」
ジスクは左胸を押さえたり服を引っ張ったりしたが、そんな事をしようとももはやどうしようもない。
ジスクの左胸は淡く光り輝いており、それがクリスタルが彼の左胸に入り込んでしまった証拠にもなる。
流石のジスクも、これは気にいらなかったようだ。
不満げな顔をしていると、不安そうな顔をしたエマイユが駆け寄った。
「ジスク…大丈夫なの? 体の調子がおかしいとか、無いかしら?」
「ん? ああ、平気だけど…でも何か変な気分だよなー」
ジスクのあっけらかんとした態度に、エマイユは安堵の息をついた。
「そう、良かったわ…。でも、こんな事になるなんて…この力を使いこなせた人なんて、今までいなかったわ。それどころか…体内に取り込んでしまうなんて…」
「なぁ、このクリスタルはアンタが持ってたんだろ? コレ、一体何なんだ?それに、アンタが追われてた事と関係あんのか?」
ジスクの問いに、エマイユは観念したかのように静かに答えた。
「…ふぅ。どこから話せばいいかしらね。まず…貴方の言うとおり、私が軍に追われてた原因はそれよ」
彼女はそう話すと、ジスクの左胸を指差した。相変わらず、彼の左胸は淡い光を放っている。
「このクリスタルはね…長い間私の住む村で封印されていたの。このクリスタルを守る事、それが私達一族の使命だった…。先代からずっと、この使命を守り続けていたのよ。けれど、突然…フォルス帝国軍と名乗る人達がクリスタルを渡せ、と押しかけてきたの。始めは、何が何だか分からなかったわ…。でも、もちろん私は渡す気は無かった。だから…」
「だから、クリスタルを持ち出して逃げだしたの?」
今までずっと無言で話を聞いていたリアムが、真剣な顔つきで口を挟んだ。
その言葉にエマイユはコクリ、と頷くと、
「…ええ。このままだと…力づくでも奪われそうだったから。こうするしかないと思って…。絶対に、軍人達に渡す訳にはいかなかったのよ。
扱い方を誤れば、必ず危険な事が起こる。何か大事が起きてからでは遅いのよ…」
すると、エマイユの言葉に異議を唱えたのはジスクであった。
眉をしかめつつ、どうも納得出来ていないようで、
「でもよ、何であいつらはクリスタルの事知ってたんだ? アンタの一族しか知らねーような事なんだろ?」
確かに、彼の言うことは尤もである。
クリスタルをエマイユの一族が密かにずっと守り続けてきたのなら、その存在さえ隠蔽してきた筈であろう。
ならば、他の人間──ましてやフォルス軍がどうやって知る事が出来るというのか。
それを聞いた途端、エマイユの瞳に陰りが生まれる。
彼女の双眸は、深い悲しみで覆われているようで。
しかし、そんな事は少しも態度に出さず、
「おそらくは…一年前の事件が原因でしょうね」
「事件?」
リアムがオウム返しのように訊く。
エマイユは一つ頷くと、
「そう、事件。今から一年くらい前だったかしらね、そのクリスタルが…突然暴発してしまったの」