第8話
「すっ、すっげーなコレ…」
…と、まるで他人事のように呟くジスク。
自分が放った一撃だというのに、目の前で繰り広げられる光景は自分とはかけ離れたもののように思えて。
一方、アスティは憎々しげにジスクを睨み付けている。その眼差しには殺意の二文字しか宿してはおらず。
明らかに、形勢は逆転したと断言しても良いであろう。
この、淡い光を放つ剣を手にしているジスクが優勢だということは、言うまでもない。
瞬時にそれを判断したアスティは、舌打ちすると、
「仕方ない…これ以上の深追いは危険だ。…撤退する」
静かにそう指示すると、早く此処から撤退するように軍人達を促した。
彼自身も、武器を収め撤退しようとする。
そんな彼を見て、ジスクは最後の頼みと言わんばかりに必死に食い下がった。
彼の双眸には悲痛な心の叫びが色濃く浮かんでいて。
「なぁ…軍に戻るのか? わざわざ、そんな所に行かなくても…。だいたい、組織に服従するのは嫌いだって言ってたじゃねーか」
まるで、一縷の望みに縋るように。
アスティと剣を交えるなど…二度としたくないから。
しかし、その願いは無残にも打ち砕かれる事になる。
「今の私は…フォルス帝国軍第13部隊所属アスティ=レイナード大尉だ。それ以上でもそれ以下でも無い。…あの頃には、戻れないのだよ…」
「……っ、アスティ…」
「…今回はこちらが身を退くが…次は無いと思え」
きっぱりと、毅然とした口調でそう言い切るアスティ。
しかし、その言葉には何処か物寂しささえ感じられて。
ジスクは、何も言わなかった。…いや、何も言えなかった。
今のアスティにかける言葉が見つからなかったから。
一方、アスティはほんの一瞬だけ、ジスクに視線を移したが、すぐに踵を返してその場から立ち去った。
次第に遠ざかっていく背中に、ジスクは声もかけずにただ見送るだけしか出来なくて。
最早、彼を追う気力さえ今のジスクには持ち合わせていなかった。
…新しい道を歩き始めた彼を止めることは出来ない。
あの時から、オレ達は背中合わせに動き出したのかもしれない。
あんなに一緒だった、あの頃には戻れないのだから──…
ジスクは、ぼんやりとしながらも、そんな事が頭をよぎっていた。
「…さて、と。これからどーすっかな…」
いつまでも感傷に浸っている訳にもいかない。
一人取り残されたジスクは、これからどうするか考えを巡らせた。
「とりあえず…あいつらの後を追っかけた方がいいよな」
さも今思い出したかのように、ジスクはそう独りごちる。
さてと…と、ジスクが振り返った、その時であった。
「にっ、兄さんっ!!」
ジスクの目には、息を切らして必死な顔をしているリアムとエマイユが映った。
リアムは肩で息をしながらも、その双眸には焦りと動揺の色が浮かんでいた。
「ねぇねぇねぇ! さっきこっちで何か光らなかった? それから、軍人達はどこ行ったの? 兄さん、どこか怪我してない?」
ジスクの肩をぐらぐら揺さぶりながら、物凄い勢いでまくし立てるリアム。
一方、ジスクは相変わらず呑気な口調でこう答えた。
「あのなぁ…そんなにいっぺんに答えられる訳ねーだろ。それに、お前らは先に逃げろっつったのに、何でここにいんだよ?」
すると、リアムはばつが悪そうに頭を掻いた。
「ご、ごめん…。何か嫌な予感がしたから戻ってきたんだ。ところで…」
リアムは、ふと何かに気付いたように、ジスクの右腕を指差した。
「その剣…どうしたの?」
リアムの指差した先には、淡い光を放つ、例の剣があった。
どう説明したらいいのやら…と、ジスクは決まり悪そうに頭を掻いた。
「えーとつまり…クリスタルが剣になった、ってトコか?」
「………は?」
あまりにかいつまみすぎなジスクの説明に、リアムの頭上には“?”マークが浮かんでいる。
それに対し、エマイユには何か思い当たる節があるらしい。
ずっと黙っていた彼女だったが、「クリスタル」と聞いて目の色が変わった。
「もしかして、そのクリスタルって…」
と、エマイユが言いかけた、その時であった。
またしても剣が閃光を放ち、クリスタルに姿を変えたのだ。