第7話
──…ったく、何だってこんな事に…こんな所でオレは死ぬのか?
──その割には、痛くないな…。何か、おかしくないか?
──とっくに、アスティのナギナタが振り下ろされているはずなのに…。
何時まで経ってもジスクが想定している未来は訪れようとはせず、流石に不思議に思ったらしいジスクは恐る恐るまぶたを開けた。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
ジスクは一瞬、呆然としていた。これは、自分にしか見えない都合の良い幻覚ではないのかと。
しかし、これはまぎれもない真実なのである。
ジスクの目の前では、まばゆい光を放つクリスタルのようなものが宙を漂っていた。
クリスタルの光を間近で見たのだろう、アスティが目を押さえて俯いている。
とりあえず、今、自分の身にふりかかっている状況を整理してみることにした。
…確かに、自分は殺されそうになった。でも、こうして生きている。
どうやら、ナギナタが振り下ろされる瞬間、自分の眼前にこのクリスタルのようなものが現れたようだ。
このまばゆい光が目眩ましになって、アスティは攻撃の手を緩めたらしい。
…ともかく、何だかよく分からないが、命だけは助かったようだ。
「くそっ…何なんだ一体!?」
やっと体勢を立て直したアスティが、苦々しく呟く。
まだ先程の閃光で受けたダメージは癒えておらず、未だに目元を押さえて不愉快そうに眉をしかめていた。
殺されずにすんだものの、形勢が不利な事に変わりはない。
一体どうすれば…と、思いを巡らせた。
ふと、光り輝くクリスタルがジスクの心を掴んで離さない。
まるで、本能がジスクにこのクリスタルを手にしろと叫んでいるようで。
──オレはこれを、手にしなくてはならない…?
それはまるで、見えない何かに導かれるように。
ほとんど無意識に、ジスクはクリスタルに手をのばした。
その瞬間、まるで爆発でも起こったかのように、一瞬で辺りを塗りつぶす眩いばかりの閃光。
あまりの眩しさに目が眩み、まともに目を開けていられない程だ。
だが、自分の手のひらには何かが握られている…ジスクは何となくそんな確信を得ていた。
光はすぐにやみ、やっと辺りが見渡せるようになったようだ。
恐る恐る瞼を開けたその先に広がっていた光景に、ジスクだけではなくアスティですら驚愕を覚えざるを得なかった。
「なっ…何だよコレ!? 剣…か?」
驚愕に支配されたジスクは、思わず間抜けな声を上げる。
だが、それも無理はないだろう。
何故なら、彼の手には淡い光を放つ剣が握られていたからだ。
その代わりというべきか、光を放っていたクリスタルは姿を消している。
察するに、あのクリスタルが剣に姿を変えたのか…。それしか考えられなかった。
ジスクはそう結論付けるものの、未だに信じがたい話である。
そういえば…と、ふと、ジスクはとある事に気づいた様子。
つい先程までは全身に傷を負い、激痛と血を流し過ぎたせいで視界は霞み足元もふらふらと覚束なかったというのに。
今では、その激痛はきれいさっぱり治まっている。
おかしいな…と、ジスクは改めて傷口を探った。しかし、全身に負っていた傷は、今は一つも見当たらない。すっかり治っているのだ。
これには、ジスク自身も訳が分からず、狐に摘まれたような気分である。
「剣に姿を変える、だと…? こんな話、私は聞いていないぞ」
一方、アスティもまた、訳が分からないといった感じで眉間の皺を一層深くしながらそう独りごちる。
「とにかくまぁ…傷も治ってラッキーだよな」
ジスクは、こんな状況にも関わらずあっさりこの信じがたい現実を飲みこんでしまったようだ。ある意味、器の大きい男である。
ただ単に、単純な性格とも言えるが。
「よっしゃ、そんなら…」
何かを思い付いたようにニヤリと口角を吊り上げると、ジスクがポツリとそう呟く。
「どりゃああああぁぁっっ!!」
そして、凄まじい雄たけびと共に、ジスクは手にしている不思議な剣に渾身の力を込めれば、アスティ目掛けて思いきり振り下ろしたのだ。
「…くっ!」
アスティは、それこそ超人的な身のこなしと反射神経で、何とかジスクの攻撃を躱してみせる。
…が、アスティは躱したにも関わらず、目の前で繰り広げられる剣の威力に呆然としていた。
それも無理は無い。剣が振り下ろされた数メートル先まで、地面が抉り取られているからだ。
もし、こんなものが直撃しようものなら、問答無用で真っ二つである。
それほどまでに、剣の衝撃波──つまりは威力が凄まじいという事だ。
これには、当の本人であるジスクも驚きを隠せない。