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『絶対絶対ぜ~ったい待っているから、絶対絶対ぜ~ったい来てねっ』というどこの小学生だ的な約束をしてから、あたしはなんとなく頭痛を覚えていた。
や、なんか。ヤな予感すんだよね。なんていうの。長年生きてきた(いや別にそこまで長生きなんてしてないけど)とか培ってきた経験、みたいなのが、警告してる。
でもまあ、すっぽかすわけにもいかない。指定された教室に、放課後になってからあたしは向かった。
理系校舎。三年A組。
短縮授業で、二人以外の三年生はとっくにいなかった。ガラッと開けた扉の先に。
まるで、今までの時間なんてなかったかのように、並んでいる二人がいた。
机に肘をつきながら座っているのが恭介。学ランは前のボタンをラフにあけて、表情と同じくらいくつろいでいる。
行儀悪く机に浅く腰掛けているのは、晶。にこにこと何を話していたのか、底抜けに、どこまでも明るい笑顔だった。長くて白い素足が、膝丈のスカートからスラリと伸びている。
そう、スカートだ。
ああ。とあたしはため息をついた。
これは確かに、誤解される。
やっぱり、という思いが七割。
こっちの苦労を返せ、という脱力感が二割。
あとは……少しほっとした。
もともと、牧瀬晶の性別は、見た目から判別がつきにくかった。
綺麗な顔をしているだけ、余計にそうだった。
美少年に見える。活発で、良く動き回るから。
が、黙っていれば美少女に見える。ズボンを穿いていようと、戦隊物のシャツを着ていようと、大人しくしていれば女の子だった。
今回は……当然、制服がある。よって美少女だ。それも、かなり飛び抜けた。
むう、と口をとがらせて、指を当てて怒る。爪の先まできれいだ。
「えっちゃん遅いよ。ホームルーム、長かった?」
「ううん。普通だと思うよ。待たせてゴメン」
「うっそ。こっちが好きで待ってるんだもん。全然気にしないでね」
にこっと首をかしげる。後ろでは無言のうちに恭介が同意していた。
これまた、懐かしい光景だ。
しゃべるのは晶。頷くのが恭介。二人の意思は、全く一緒。
特に、あたしに関しては。
「そう。ありがとう。久しぶり……晶って、呼んでいいんだよね?」
「とーうぜーん。えっちゃんもえっちゃんのままでいいでしょ?」
「そこは別に気にしない。てか……もしかして、転校してきたのって」
「そう! 私だよ」
「三年の、この時期に?」
「ていうか、この時期だから?」
首をかしげる。が、説明は笑顔でスルーされた。それより、と晶が身を乗り出す。
「もう。恭介がひどいんだよ! えっちゃんとちっとも会わせてくれないんだもん」
「ああっと。まあ、あたしも転校してきたの晶だって今知ったし」
「だよねぇ。こっちだって近くに住んでるわけじゃないし、学校でしか会えないのに!」
ぎゅぎゅ~っと抱きしめる。苦しい。でも懐かしい。
「これからは私とずっと一緒にいてね、えっちゃん!」
「え、と……」
「駄目だ」
返事をするよりも早く、今度は恭介に引っ張られた。
「そう言うと思ったから、会わせたくなかった」
ぼそっとふてくされた声がする。このぶんじゃ、横向いているに違いない。
「なに言ってんの。恭介はずーっとえっちゃんと一緒だったんでしょ。こっちは七年も会ってないんだから、優先だよ」
「そういう問題じゃない」
「そういう問題だよ。ずるいずるい!」
いくつだアンタら、と言いたい。言いたいが……口に出しても多分どうにもならないのも分かる。
「しょうがないなあ……独り占めするためにえっちゃんを遠ざけたくせに、一番に気付いて駆けつけたんだから、今日は帰るよ」
え、帰るの? と目が丸くなった。晶が身を引くなんて、初めてじゃなかろうか。
「私だってちょっと大人になったんだよ。その代わり、明日は私ね。買い物に付き合って、えっちゃん」
「それはいいけど……晶、受験勉強は?」
「だいじょぶ、全然へーき」
ほんとに? と言いたくなるくらい軽いノリで、晶は断言した。さっさと身を翻し、教室から出て行った。ちょっと呆然と、見送ってしまった。
で、しばらく。
「……」
「……で?」
沈黙したままな恭介を促す。何か言いたげなのは、分かるんだってば。
「悪かった」
ぼそりと耳元で声がした。謝罪。そうか。悪かったのか。
「どのへんが?」
「言わなかったこと」
端的で、それがすべてだった。そうだ。全部全部、言わないからおかしくなる。
でも多分、あたしも言えてないことがたくさんある気がした。
「いいよ。もう。晶とも会えたしね」
手を伸ばして、ぽんぽん、と頭を叩く。小さいころから変わらない。仲直りのしるしだ。
恭介はまだ、あたしから離れない。
「……恵眞」
「なに」
「あの男、本当に」
「なにもしないで、お願いだから」
もう一回言ったら、鉄拳制裁だ、という含みを持たせて牽制する。お願いだから、暴行事件は勘弁してほしい。受験前なのだ。人生を棒に振る。
まあ、それでも。
「助けてくれて、ありがとう。ヤな事される前だったから、良かったよ」
「ん」
短い返事が、心の底から喜んでいる。
「あと、晶と会わせてくれて、ありがとう」
「……あれは途中で追い抜かれただけだ」
「途中で追いついたでしょ。でも、晶の方がああいうことが上手いから、任せた。いい判断でした」
「……口の立つ方が、戦いやすい」
どこの戦場だ、とは突っ込まないでおく。
「…………」
まだ、心に含んだままの言葉がある恭介が、何度も躊躇いながら、私をうかがっている。
コッチできるのは、待つだけ。
「……恵眞」
「うん?」
「……ずっと一緒にいてくれ」
囁き声。耳元で、そうっと呟かれた。
けれど、恥ずかしげもない、とんでもない約束だ。さっきの水野君なんて目じゃないと思う。でも、そう。違うのは、あたしがこの約束に応えたいって思うこと。
「恭介と離れたい、なんて絶対思わないよ」
「……今は、それでいい」
なんで不満そうなんだ。
「いつか、振り向いてくれればいいから」
***
幼馴染って背中合わせだと思ってた。
でも時々呼ばれて振り返る。
そんな関係かも知れないって、考えを変えてみた。
三人なら、手をつないでくるっと引っくり返れちゃうかも。




