2
浅川恭介は、カッコいい。
なにをいきなり、と思うかもしれないが、事実だ。
言わずと知れた3K(高身長高学歴高収入)の、かなり上位な予備軍だ。うちの高校(私立館野学園)の理系はこの近辺の最難関、加えて奴は成績優秀、首位争いの常連だ。
だから、物見高い見物人や肉食系女子がちら見するために用もないのに教室の前を通ることはざらで、なにかの大会(たしか陸上系。さすがに全国ではなく地方大会。それでもすごいけど)で入賞した時などはエライ大変だった。特に帰宅時は虎視眈々と狙われた。
いかにして、声を掛けるか。いかにして、落とすか。
いっそ天晴、といいたくなる人も、いた。例のクラスメイトは、そのうちの一人だけど。
騒がしいのは、嫌い。
それをよく知るあたしは、なるべく波風立てないよう、奴の教室には用もないのに出向かない。
なのになぜ、いきなり来訪禁止令が出たのか。
悶々としながら過ごしたせいで、午後の授業はさっぱり頭に入らなかった。ノートすら信用ならない。その代わり、には出来ないけど、皆が嫌がるゴミ捨てを進んで引き受けた。さっきの理系校舎と同じく、ゴミ捨て場は遠いのだ。用事があったり部活だったりする人は絶対に嫌がる。まあその点、今日は特に調理部の活動もないあたしは自由だ。
ゴミを片手に二階の廊下を歩いているとき……気付いてしまった。
見慣れた、それこそアホほど見慣れた後姿と……肩をくっつけて並ぶ女子の制服を。
身長はかなり高い。恭介と、たぶん顔半分くらいしか差がない。スタイルがいい。文句なし。足も美脚だ。羨ましい。
何か喋っているようには見えなかった。でもそれってかなり重要だ。
つまり……恭介のこと、よくわかってるって意味じゃない。
無駄話はできない。聞き役には最適だけど、一緒に盛り上がってはくれない。笑顔なんて期待するのは、そもそも間違っている。でも、怒っているんじゃない。奴はただ……苦手なのだ。
隣いるだけってのが苦痛な女子は、恭介と一緒に帰れない。
だから普通に帰っているってことは……つまり、そういうことだ。
何かが、ストンと胸に落ちた。
そうか、と納得できた。
あのワガママは、どうやら「両方」を希望しているらしい、と。
新しく手に入れたものと。
ずっと持っていたものと。
どっちかしか駄目、なんて考えもしなかったんだろう。
――――かつて、もぎ取られ、奪い去られたモノの重さを思えば。
ふう、とため息が出た。
あたしはいい、と思う。別に、今までずっとこうだったんだから。
でも、彼女はそうはいかない。きっと傷つく。きっと……傷つける。
それは嫌だな、と考えるあたしって、これも結構利己的だよね。
***
幼馴染ってのは、背中合わせだとずっと感じていた。
そばにいる。間違いなく、一番近くに。
手もつなげる。会話もできる。寄りかかって温めあった背中は、孤独じゃないとそう教えてくれる。
頼りがいがあって、でもどこか不安定。
でも……決して、『一番』ではない。
恭介の場合は……生まれた時から彼の右手を取って、手をつないでいた存在がいた。
誰よりも強い結びつきは……もう一人の、自分のように。
牧瀬晶。
同い年で、恭介の本物の幼馴染。
もちろんあたしだってよく知っていた。一緒に遊んだ記憶ばかりが、小さい頃にはある。でも……小さくて幼いだけ、二年の差は大きい。
置いて行かれそうになって、手を引かれる。迷子になって、一番最初に泣いたのはあたしだ。
仲間に入れてと言ったのはあたし。けれどその後、ずっと仲間でいられたのは二人のおかげ。
でも晶は、二人が小学5年の時に、唐突に引っ越した。
大人の事情。でも、後から知った、とんでもない心配、というか、心底どうでもいい事情。
晶の家は、いわゆる「ハイソ」だった。上昇志向も強かったし、英才教育もしたかった。
いや、実際していたと思う。
けれど、なにかにつけ一緒にいる恭介と、遊んだり悪戯したり、そして叱られたりするのが、嫌だった、らしい。
二人が生まれたばかりのころは、家族ぐるみで近所づきあいをする、仲のいい家族同士。晶の家ほどではないにしろ、そこそこ恭介のおうちも「お上品」だった。
最初の、二、三年は。
二人が歩き出して、仲良くなって、さらにつるむようになると、早々に亀裂が入った、らしい。
そこはお上品なご家族のことだから、面と向かってはどうこうならなかった。
ただ、子供二人の行動範囲が広がるにつれて、晶の親――特に母親――ますます険悪な感情をいだくようになった。
恭介の方は、むしろもっと悪かった。
家族間でも、関係が崩れていってしまったから。
それでも、やっぱり表だって「何か」起きたりはしなかった。多分、仮面夫婦ってやつだ。
やりたくないことをさせようとする親と。
なにもない、無関心な親と。
二人が二人とも、どこにも居場所がなかった。二人でいるしか、なかったと思う。
でもささやかで遠回しな注意が、これっぽちも恭介に伝わらないと知るや否や、晶の両親の行動は早かった。
何の前触れ、挨拶もなく。
恭介から、根こそぎ奪い取ってしまったのだ。
片割れのような晶を。
たった一つの居場所を。
奴の言動が、どこかおかしく、嘘がつけず、会話も喧騒を嫌うようになったのは、それからだ。
ずっと見ていた。
あたしは、ただずっと見ていた。
どれほど酷いことなのか、理解が追い付くようになったのは、ごく最近だ。
だから、別段これでいいと思っている。
恭介の中に、側にいてくれる人間が増えるならそれで構わない。
おそらく、あたしでは限界があるんだろうから。