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三人関係  作者: 日野真春
恵眞
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 ずっと背中合わせのまま、ここにいられるんだってなんとなく思ってた。

 

 でも……


 ずっと顔が見れないままなんだなって、そう気づいた。




 ***




 人の噂って怖いと思う。

 自分の知らない所で、自分の知らない情報が流れていたりするから。

 それがうっかり、誰かに知られたくないヒミツだったりすることもあって。

 とどのつまりなにが言いたいかっていうと。


「浅川先輩に好きな奴が出来た……らしい」

「ああ、あの転校生だろ」

「恭介さんと、いきなりかなり仲いいんだってさ」

「へー」


 という、無責任な噂話が、クラスで飛び交っていたのだ。


恵眞(えま)、大丈夫?」


 横目でワイワイと盛り上がる一団をちらちらと見つつ、里奈が心配を顔に浮かべて窺ってきた。

 そーかそーか。わざとなのか。ワザとなんだな

 そういえばあそこに混じっている一人は、恭介に告ったって話だし。あの無口で無愛想が標準装備、さらに残念な奴なので告白する側に気遣いなんてしないヤツに真正面からぶつかって玉砕した、猛者だ。


 いやー、強い強い。


 そん時は素直にそれしか感想なかったのだが。

 

 わざわざあたしに意趣返し――にはならない八つ当たりをしに来るんだったら、あとで覚えとけって思う。今んところ思うだけ。なにするかはまだ決めていない。するかもしれないししないかもしれない。


 ではなく。


「あーうん。別に平気」


 なんとなく、だけど。本当になんとなくだけど気付いていたのだ。

 あいつがあたしに隠し事してるっとことぐらいは。なにしろ、だてに幼馴染を年の数だけやってない。

 ちゃちゃっとお弁当を食べ終えて、あたしは立ち上がった。

 まあ、こうなってしまったからには、早めにケリを付けて行動を考えるべきだろう。


「恵眞?」

「ちょっと、行ってくる」


 なにやら後ろでニンマリしているのが気にくわないっちゃ気にくわないけど、仕方ない。言っておくが、目的は事実の確認であって浮気を責めに行くんじゃないから。


 階段を上る。上る。上る。


 教室は二階。目的地は五階。そんなに距離なくない? って普通なら考える。

 が、残念ながら文系一年の教室と、理系三年の教室には三階分の階段のほかに、建て増しされた校舎を行き来するために余計に上らねばならない。おそらく、ざっと五階分はある。


 理系校舎がピカピカの新築、現代のビルのような外観と内装、そして高い天井を備えているせいだ。

 当然、昔ながらの「学校」そのままな文系校舎とは、高低差が出る。

 距離とこの階段のせいで時間はかかるけど、一応昼休みの時間内にたどり着いた。ちょっと話を聞いて戻れるだろう。


 三年D組。小突かれている恭介がいた。


「おまえー。ばっちり噂になってんじゃねーか」

「いいのかよ。堂々と見せびらかして……うらやましーんだちくしょー」

「どうして恭介だけがっ。きょーすけだけがぁあああ!」


 ……入れない。いや、声を掛けられない。


 小突かれる、は間違いだった。どつかれる、が正しい。ばしばし叩かれながら、それでも恭介の顔はあんまり動かない。ただ……嫌がって否定しないあたり、まあ嘘ではないってことで。


 ぱっと目線を上げた恭介と目が合った。途端に人の輪を押しのけて、ずずいとあたしの前まで来る。

 後ろではなぜか、派手に盛り上がっていた。おおおおお。と訳の分からない声が上がる。


「恭介」

「恵眞」


 背丈が180以上(多分ある)の恭介と、150半ばのあたしじゃかなり身長差がある。あまり近づかれると顔が見れん。でも指摘していると時間が足りないので、首をぐっと持ち上げて話すことにした。


「ちょっと、いい?」


 頷かれる。すっと教室を出て、廊下へ。端過ぎて使われない階段の踊り場。人がいないのもすぐにわかる。そんな場所。


 単刀直入に言おう。


「彼女が出来たった聞いたんだけど、ホント?」

「……」


 黙った。しばらく待っても、黙ったままだ。なぜ黙る、と聞きたい。イエスかノーで答えられるだろう。難しい質問じゃないはずだ。嘘をつかない、そして嘘の付けない恭介が、答えられないのはよくあることだ。言いたくなければ、黙るしかない。


 言いたくない、か。

 

 それはつまり、拒絶されたってことだ。

 あたしが。

 この、あたしが。


「……言えない?」


 水を向けて、違う答えを促す。じゃないと、いつまでたってもこのままだろうから。

 案の定、恭介はただ頷いた。


「言いたくない?」

 コクン。

「あたしにも?」

 沈黙。

「……あたし、だけ?」

 沈黙。

「……あたし、だから?」

 沈黙。


 黙っている。反応が返ってこない。なんだそれ、と思うなかれ。フツーだ。彼にとっての、普通。十年以上それで付き合って来た。

 ただ……それが、今は辛い。なんでもない世間話で済ませるはずだったのに――つらい。

 痛い。


「じゃあ……あたしはもう、要らない?」

「要るっ」


 即答。直後に手を取られた。鷲づかみと言っていい。長い指、骨ばった手があたしの右手をこれでもかと握る。


「いたいたいたいたいっ。離せ!」

「……ごめん」


 いくつだお前っ。高3だろう、加減を知れ、加減をっ。


「もういいよ。分かったから」


 何一つ解決しないことが。時間もギリギリだし、戻ることにした。くるっと背を向けて、散々登ってきた階段を、降りようとした。


「恵眞」

「なに?」

「もう、教室には来るな」

「……」


 ――なんっだ、それはぁああ!





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