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世界アクター  作者: 糸冬すいか
第一幕
21/45

Act20:世界は舞台 2

 迂闊だった、とセシリアは唇を噛んだ。

 鳶織定規から目を離すべきではなかった。

 召喚したときに存在を認識できなかったことから、注意すべきだと分かっていたはずなのに。こういった場面、不意打ちでの反乱にはうってつけの力だろう。戦略を練るまでもなく、チェックメイトに持っていけるなど。

 3人の劇的な様子、目立ち方に隠れ意識がそれていた。いや、殊更に劇的にふるまったことから察するに、意識をそらされた、のだろう。

「こんな……こんなことをしでかして、許されると思っているのか……っ」

 エセルバートの絞り出した声に、鳶織は困ったように眉を下げた。やや緊張は見られるが、まるで日常の延長線上のような態度だ。

「えっと殿下、あんまり動かないでくれよ。その、練習以外でこういうことするの初めてだから、うっかり刺しちゃうかも」

 人質に取られた挙句にうっかり死。

 嫌な死に方だった。

 さすがにエセルバートもそんな死に方は嫌らしく、言葉を飲み込んで睨みつけるだけにとどまった。

 セシリアは実行できるのか、と疑問を浮かべ、すぐさま自らで肯定した。鳶織定規ならば、やりかねない。模擬戦で初対面の女性の眼球を狙うなどといった、今までの勇者の常識を覆す彼ならば。

 とにかく、勇者たちの機嫌を損ねないようにしなければならない。だがこの夜会企画に一枚かんでいる以上、セシリアも保身に走らねば後が危うい。無い腹を探られ、安穏としていられる立場ではない。

 なんとか会話で時間を稼ぎ、場合によっては強行的に事態を収束させるしかない。セシリアは緊張で青ざめた顔で一歩下がり、しかし毅然とした態度で筧を見つめた。

「……これは。あなた方の総意、ですか」

「そう思ってもらって構わないぜ」

「なぜ……なぜ、こんな事を」

「そこで何故と思うあんたたちが嫌いだからさ。勇者が従うことを疑いもしない、派閥で取り合って引き裂こうとするってのが特に気に食わない」

 あっさりと、筧が気負いなく放った言葉に、セシリアも口をつぐんだ。勇者らには漏れるはずもない情報だが、どうやって。否、この場に至ってはそんなことを考察する意味はない。

 セシリアから一拍遅れ、ようやく他の貴族たちも事態を飲み込み始めた。しかし勇者と言葉も交わしたことがない彼らに、危機感は薄い。まさか勇者が人を殺すわけがない、と思っている。

「勇者が、逆らうというのか……?」

「まさか、そんなことが」

「しかし殿下が……あのような」

「騎士は、騎士は何をしている」

「待て、勇者の機嫌を損ねる気か、……ッ!?」

 ざわざわと、広がろうとした声は暴力的な鈍い音に一瞬で掻き消えた。鳶織が背負っていた武器の一つを、片手で地面に振り下ろしたのだ。刃のように磨かれた棘のあるメイスに、エセルバートを人質にしたままの鳶織に視線が集中する。

「あんまり、こういうのは得意じゃないんだけど……俺の親友の話を聞いてください。じゃないと、ええっと、エセルバート殿下を傷つけなきゃならないので」

 丁寧に頼み込むような穏やかな口調に、その場にいたものは言葉を失った。

 どう考えても異常すぎる。他者を害することへの忌避感も、命を握る優越感もない。彼ならばやりかねない、と。遅まきながら全員の判断が一致した。

 セシリアは何度も言葉を飲み込み、しばしの熟考の後ようやく口を開いた。

「わたくしどもは、できる限り勇者様を尊重しもてなさせていただきました。配慮の足らぬところがあったのなら善処いたしましょう。……この、たった数日だけで、あなた方はわたくしたちを見限るのですか」

「いや、別に不満はないんだけど」

「は?」

 半ば覚悟を決めて言った言葉に対する返答に、セシリアは間抜けな声を上げた。日塔目も笑って頷き、西崎や鳶織は不思議そうに同意する。

「ご飯おいしいし、お風呂広くて気持ち良かったし。それに美男美女多いし、目の保養だよねー」

「よくわかんない、けど。ねこりさんが、楽しそうだし、不満はない」

「学校の方がハードだったしなあ、訓練も丁寧で分かりやすかったよ」

「え、え?」

 頷きあう様子にわざとらしさはなく、本心でそう言っているのだと見て取れる。ならば彼らは、自覚しているメリットを捨ててまで従わないと決意しているのだろうか。そこまでの理由とは。

「理由なんて、ねぇよ」

 セシリアの思考を知っているかのように、筧はぽつりと答えた。否、セシリアだけでなく、この場に参列した者たち全員が、表情で問いかけていた。観客たちの理解が追い付かないまま、筧は言葉を続ける。

「利点分かった上で、我儘言ってるだけなんだよ。おれたちは、従いたくない。待遇をどう変えられても嫌なものは嫌なんだ」

 理解、できない。

 嫌なものは、嫌、など。

 そんなもの。

「そんな……子供が駄々をこねる、みたいに」

「あぁ、いいたとえだ。そ、おれは屁理屈な子供なんだよ。日塔目さんもそうだろ?」

 ふっ、とニヒルな笑みを浮かべた筧に、日塔目も優しい笑みを浮かべて答える。

「わたしは国家権力とか好きだし、従うのも悪くないかなーって」

「日塔目さんに阿吽を求めたおれが馬鹿だった。西崎さんは?」

「とりあえず、ねこりさんに同意」

「即答かよ。いや、ちょっとは考えようぜ?」

「なんで?」

我思う故に我あり(コギトエルゴスム)にケンカ売る発言だなぁ!」

 非常に日常的な会話だった。一国の王子を人質にとり反逆をあらわにしたとは思えない緊張感のなさである。

 あっけにとられる観客に、筧はこほんと咳払いをした。

「……まあ、理解してもらおうとは思わないよ。おれたちの常識とあんたたちの常識はかけ離れてる。想定する理想が違えば取引なんてできやしないんだから」

「今更、従うつもりはない、と?」

「あぁ、絶対に」

「そうですか。……そちらがその気ならば、仕方がありませんね」

 セシリアの声と同時に、白と黒の影が躍った。間を置くことなくあがった小さな悲鳴に、鳶織が顔をこわばらせる。

 西崎の身体を盾にしながら一歩下がり、アイダはナイフを持った右手を西崎の首に回した。冷たい金属が耳に触れ、西崎の身体がぴくりとふるえる。

「どうか動かないでくださいませ、ニシザキ様。命を奪うことはありませんが……動けば、まずは耳を削ぎます」

「アイダ、不用意に煽るものではありません。しかし……勇者様方にも、わたくしどもの決意は伝わったでしょうか」

 異世界から喚び出した勇者が非協力的な場合、脅迫によって動かすという事例は過去に存在する。勇者らに渡した記録からはそういったものは省いてあるので、反応もできなかっただろう。

 もっとも、召喚からわずか数日で脅迫しなければならない事態に陥るというのは最短記録だろうが。

「……まぁ、そうするよな。おれたちだってやったんだから順当だ」

「あは、筧くん冷静だね?」

「最悪ではないからな。問答無用で殺されるよりかはましだろうさ。それでセシリア嬢、どうするつもりだい? 迂闊なことをすれば定規が動くぜ?」

「それはこちらも同じこと。と言わせたいのでしょうが、どうでしょうね?」

「あん?」

 筧の反応に、セシリアは手ごたえを感じた。数日前まで平和な世界に暮らしていた勇者らだ、さすがに詰めが甘い。

「人質が必要以上に傷つけば、価値も下がるというのは理解できるでしょう?」

「……まぁ、こっちもそうそう王子様を殺すわけにはいかないな」

「ですがこちらは違います」

 セシリアの断言に、筧の顔に焦りが混じる。この状況は対等なのではない、手札の数が違うのだ。

「ニシザキ様が死ななければ、治せます。耳を削ごうが、目を抉ろうが、爪を剥ごうが、わたくしたちならば治せます。死にさえしなければ何度でも何度でも、皆様が心を折るまで続けることができます」

 治癒の加護、適性。

 たとえ互いの人質に致命傷を負わせて脅しても、セシリアたちはそれを何度も繰り返すことができる。治るからよい、というものではない。親しい人間が傷つけられ、痛みにあえぎ、それを繰り返させるなど、彼らの結束が固いからこそ耐えられるものではない。

「なぁるほど。だから西崎さんを人質にしたのか。同じことをおれたちにさせないために」

「えぇ、ニシザキ様は皆様の中で唯一の治癒の適性持ちですから」

 故に、彼らは人質を傷つけられない。多少の傷ならばともかく、西崎にされたことを仕返すというのは不可能だ。彼らには治療の手段がなく、人質の命が尽きればその時点で手加減する理由などなくなる。

「やれ、困ったもんだね。だが人質の交換でもしたところで、どうするつもりだい? おれたちにそうそう手綱はつけられないぜ?」

「エセルバート殿下をお放しくださらないなら、ニシザキ様の身体の保証はいたしません。そして……わたくしたちに従わないのならば、あなた方は二度と故郷に帰ることはないでしょう」

「……そうきた、か」

 異世界召喚・送還の技術は神殿が握る秘中の秘だ。たとえ彼らがそれほどあがこうが、召喚と同条件を整えなおかつ送還のための人員を集めるのは不可能。

 ひどい話だ。

 故郷から連れ去っておきながら、帰りたかったら従えなど。

 筧はひどくつまらなそうに万年筆をくるくると回した。法術の補助器具だろうが、攻撃性の高い法術を一つ描くには慣れたものでも十数秒かかる。この状況をひっくりかえせるような手札ではない。

「さて、筧くん。どーするの?」

「どうもこうも、どうしようもねぇだろうさ」

 日塔目の問いかけに、いやにあっさりと筧は答えた。セシリアから見れば、勇者らは既に詰んでいる。鳶織の動きは度肝を抜いたがそれだけ、こちらの覚悟には及ばない。

 彼らには悪いが、一度反旗を翻した勇者を、甘く許すわけがない。扱いは悪くなるだろうが、自業自得である。

 筧はくるりと万年筆を回し、法力の軌跡を描いた。陣ですらない、単なる点と線を包む円。

「それなら仕方ないな、うん。




 ――――西崎さん、ごめん」




 法術の光が瞬き、血煙が舞い上がった。

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