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きっと友達

作者: 藤姫空

    すべての始まり


「今日の体育なんだっけ?」

「バスケの試合だってさ」

「チーム編成どうするー?」

 クラスメイト達が、なにやら真剣にチーム分けを行なっている。

 体育館にバスケットボールが跳ねる音が響く。

 テンポの良い物、変な音がする物、色々だ。

 授業のバスケットだから、もちろん足元は『上履き』で、バスケットシューズの様に、ちゃんとした滑り止めが付いていないから、走っても、止まっても『キュッ』っと言う音はしない。するとしたら『バタバタ』が適切な擬音だろう。

「篤、寝てんなよな~」

「寝てねぇよ。出番?」

「そ。ちゃんと体起こしておけよな?」

 一応テニス部の部長なんぞをやっていると、それなりな体力と、運動神経を持ちあわせている訳で、それなりに上手い自信もあるし、皆もそこそこ俺にボールを集めて来るはずだ。

 だからそれなりに注意はしていたはずだったのに

「篤! 危ない!」

「え?」

 声を掛けられ、振り向いた先には直ぐボールが迫っていた。

「! …っぶね!」

 咄嗟に右手が出た。

 鈍い音が響いて、俺は手の平でボールを叩き落とし、顔面直撃を間逃れた。

「大丈夫か?!」

「何とか……」

 バスケのパスじゃないだろう、この剛速球は。

 試合を一時中断して、友達が集まって来る。

(指痛いかも……?)

「風間、悪い! 手からすっぽ抜けちゃってさ……」

「ああ、平気だよ」

(多分……)

 謝ってくる奴には言わず、心の中で呟いた。

 大丈夫だろう。

 そう思って俺は試合を続けた。

(やっぱ痛てぇ……)

 試合が終ってみて、少し、人指し指が腫れているのに気が付いた。

 突き指だけど、そこまで腫れてないしたいした怪我じゃないと思ってた。

 だけど……

「篤、指やっぱ腫れてんじゃん。痛くないのかよ?」

「痛いのは痛い」

「ともかく保健室!」

 怪我をしている本人より、何故か周りが慌てふためき、昼休みにでも行くと言っている俺の意見は聞き入れられず、保健室へと連行されて来た。

「う~ん、ただの突き指だと思うんだけど……今日の授業が終ってもまだ痛いようなら、ちゃんとした接骨院に行ってきてね?」

 とは、学校の保健の先生の言葉。

 体育の授業は3時間目で、保健室では冷やして、シップを貼って終わりになった。

 大して痛くも無かったし、腫れも酷くない。

 怪我をした時点からそう思っていたし、何より保健の先生が突き指だって言うなら平気だろう。

「風間―、ほんとごめんなー」

 保健室から出て来る俺を待っていたのは、ボールを俺にぶつけた張本人だ。

「いいってば。気にするなよ。きっとこんな怪我、放課後にでもなったら痛みは引いてくるよ」

 と、思っていたら甘かった……

 6時間目の授業が終っても、痛い。

 おかしいと思って、包帯を取りシップをはがした時のその衝撃。

(うわっ! すっげ腫れてる! しかも紫色!)

 こりゃ、明日病院行きだな。


 思えば、今でも後遺症の残るこの怪我が、私の人生を決めたのかもしれない………






    始まりの場所


「あー…一応レントゲンとっておくか」

 とは、接骨院の先生の言葉。

(もしや骨折?! たかが中学校の体育ごときで?! 何してんだよ自分~……)

 そう自分自身に突っ込みを入れながら、俺、かざま風間 あつし篤は、怪我の翌日、保健の先生に言われた通り、自宅から遠く離れた接骨院に来ていた。

 遠く離れたと言っても、バスで6駅くらいの場所なんだけど、肝心のバスが通ってない。

 しかも、住宅街でもないからタクシーもあんまり通らないと来た。

 なんでそんな遠い所にわざわざ来ているかって……接骨院が近所に無かったからだ。

 ここが一番近かったんだなー、これが。

(逆に電車使って私立病院とか行った方が交通の便は良かったかも……)

 と、そんな事を考えながら俺はレントゲン写真が出来上がるのを待っていた。

今日は、初めて来る場所と言うのもあって、行きは母さんが家からタクシーを呼んだから良いけど、帰りが困った。

 タクシー会社に電話するにも、俺はまだ携帯を持たせてもらってないし、医者の電話を借りるのも嫌だった。

(ったく、父さんも。こんな時ばっか出張とか言ってさぁ……)

 公務員のうちの父さんにとって、出張なんて年に一回有るか無いかの珍しい物だ。

 なのに、よりにもよってこんな時に! 珍しい出張に出かけていて、今日の朝はやーくから出かけて、明後日まで帰ってこないのだそうだ。

 ウチには免許を持っている人間が父さんしかいないから、必然的に自家用車での送迎は不可能となっていた。

「さぁて、どうしようかな」

 なんとなく、口に出して言ってしまった言葉は先生と他の患者にも届き、妙に人懐こい人達、たぶん常連で肩こりの治療なんかに来ているんだろうおばさんと、肉体労働系の仕事で、腰を悪くしたのであろう、作業員風のおじさんの話しのタネにされてしまった。

「坊主、家遠いのか?」

 作業員風のおじさんが聞いて来る。

「まぁ、割と…」

 無愛想に答える俺に、話を止める所かまた質問が飛んで来る。

「足を怪我したのかい?」

 今度の質問は、肩揉み機に背中を預けたおばさんだった。

「いや、指だけど?」

「先生、この子安静なんかい?」

 俺の答えが言い終わるか終らないかの所で、同じおばさんが医者に聞く。

 折角答えてるのに…… 人の話しは最後まで聞けよなぁー。

「いーや。歩くくらいなら平気だよ」

 何かを察したようにそう言う医者の視線は俺に向いていた。

「え?」

 その視線の意味がわからず、きょとんとしている俺に、おじさんが言う。

「遠いったって、10キロ20キロ歩くわけじゃあるめぇ?」

 え? 歩く??

つまり何か?

 ここにいる人間達は、俺に『家まで歩いて帰れ』と言いたいのか?

 そんな事を思っていると案の定…

「若いんだから、歩いて帰んな。あたし等の若い時なんか2キロ3キロ平気で歩いたもんだよ。それを今じゃ、車だタクシーだと」

「そうそう、普段から怠けてっから、男のくせにそんなヒョロっとした体してんだよ。だから怪我なんかするんだぞ? 坊主」

 次々と言いたい事を口にする。

 ヤバイ。

 このままここにいると昔話しにまで付き合わされる。

 今すぐにでも帰りたい。

 でも、俺の治療は終ってない……

 終ってないどころか、まだレントゲンしか撮っていなかった。

「ほい、お待たせ。骨には異常は無いが…靭帯を伸ばしちまってるなぁ」

そう言いながらレントゲンの写真を光るボードに挟んで、指の治療を始める。

「じんたいって?」

 怪我した場所が何処なのかわからず、聞き返す俺に、先生は立ち上がって、壁にかけてあった手の骨やら筋やらの絵が描いてあるポスター(?)を指差した。

「いいかぁ? これが人間の指だ。白いのが骨。それは見れば分かるだろ?」

「うん」

「指は……まぁ、篤君くらいの子に分かり易く言えば第一関節、第二関節ってあるだろ? ここだな」

 と、指の骨の中でちょっと出っ張った絵の所を指す。

「ああ、バキバキ鳴るところね」

「おいおい、あんまり鳴らしてると骨と筋が痛むから止めておけよ?」

「そうなの?」

「そうだぞ。骨に必要以上の負荷をかけてるんだからな」

「皆やってるよ?」

「いかんなぁ……まぁ、その話は今度にするとして、本来指の骨は、関節ごとにばらばらの骨なんだ。それを普通に曲げて曲がる方向に支えてるのがこの黄色い線。靭帯だ」

「……指がプラプラしないように止めてる止め具みたいなもん?」

「おお、そう言う事だ。頭良いな」

 言いながら俺の正面に戻って来た先生は、ガタガタと治療用の道具を取り出した。

「その止め具が伸びちまったから、指が上手く曲がらない。しかもふらつくから変な方に曲がって、筋や神経を圧迫しちまう」

 喋りながら先生の手は器用に動いて、さっき取り出してた、鉄板よりもやらかくて、でも、硬い、銀色の板にスポンジがついてる物を、俺の人さし指から手首にかけて細長く当てて、テープで動かないように固定した。

「変な風に骨が曲がった状態で、靭帯が治っちまうと、この先指が上手く曲んなくなったりするから、大人しく、暫くはこのままで過ごすんだなー」

 指の腹に固定用の板を付けただけだから、曲げようと思えば曲るなぁと、指を動かしてたら、先生に脅された。

 言われて直ぐに動かすのを止めた俺に『そのままにしてろよ?』と言いながら、先生は包帯同士がくっつく、固定用の包帯を取り出した。

「中指と人指し指揃えてみろ」

 言われた通りにすると、中指ごと包帯でグルグル巻かれて行く。

 固定のためなんだろうけどなんかえらく大げさな感じ。

「完治するのに暫く掛かるから、その間に左手で何でもやる練習するんだな」

「暫くって、どれくらい?」

「全治……2ヶ月ってとこだな」

「2ヶ月も?!」

 思わず声が大きくなった俺に、先生は笑い、今まで黙ってたおじさんとおばさんは再び口を開いた。

「今のお医者さんは設備が整ってるから、2ヶ月で済んでるんだよ? おばさんが若い頃なんかちょっとの怪我じゃお医者になんてかかれなかったんだよ?」

(何時の時代だよってーか、おばさん何歳だよ?)

「たかが体育の授業で靭帯損傷なんざ、基本がなってねぇからだ。体鍛えろ体! おいさんなんかもう50過ぎてんのにまだまだ重いもん運んで仕事頑張ってんだぞ?」

(だってそれ仕事じゃん。大体、子供が授業で怪我するのがそんなに悪い事かよ?)

 等と、心の中で毒を吐いた。

 口には出せない。

 だって、また何言われるか分かったもんじゃない。

 治療が終ったのにこれ以上ここに引き止められるのは嫌だ。

「先生、次は何時来ればいい?」

 次の診察日を聞く俺の態度に、話に巻き込まれる前に帰りたい! と言う心境が色濃く反映されていたのか、先生は笑いながら3日後と指示して来た。

「ありがとーざいしたー」

 投げやりに挨拶をして足早に整骨院を出る。

「ったく……勝手な事言いやがって……」

 接骨院の扉の前で振り返り、そう毒付いた。

(あー、帰りは歩きなんだっけ……ほんとにどうするかな………)

 携帯電話の普及で公衆電話を見なくなって大分経つ。って事は、この辺にも公衆電話は無いわけで、タクシーを呼ぶ事は適わなくなってる。

「しゃーない。歩くか」

 あのおばさん達の言う事にしたがったみたいでちょっと嫌だったけど、俺は家の方角に向けて歩き出していた。

 今日は医者に行く為学校は欠席。

 まだ昼下がりの明るい時間だ。

 長袖を着るにはまだ早いけど、日差しも落ち着いてきて、素肌を撫でる風が心地の良い。

 今日はそんな夏の終わりだった。

「歩いても、いっか。たまには」

 俺をそんな気にさせたのは、天候のせいだけじゃなかった。

 医者の場所が川に近い場所だけあって景色も良かったのだ。

 この辺りは木やちょっとした森みたいな場所が多く見えた。

「そういや、この辺って来た事はあっても、この道しか通った事ないよなぁ……」

 友達の家がウチと整骨院の真中くらいにあるのだが、その家もこの道沿いにあるので、俺はここから遠くに見える森の方へは行った事が無かった。

(地元って言っても、知らない場所いっぱいあるもんなぁ……)

 自分の家から10分の範囲でも、知らない道はいっぱいある。

 だったら、たまにしか来ない道なんて、知っていなくて当たり前なのかもしれない。 だけど、今まで余り気にしないで通っていた道を、改めて風景を見ながら歩くと、色々とおもしろい物が見えて来る。

(あ、この家ウチと苗字一緒だ)

(あれ? あんな所にコンビニあったっけ?)

(あー、小学校? いや、中学校かな? あれ)

(うわ、この工場汚ねー。まだやってんのか?)

(この道って低い位置にあるんだな。まわり階段だらけ……)

(魚釣りしてる。へー、こんな汚ねー川でも魚住んでんだ……)

(犬多いなぁ。散歩コースなんだな)

 取りとめも無く、そんな事を思いながら10分くらい歩いた所で、一つの階段に目が止まった。

(なっげー階段。何段あるんだ? あれ)

 自分の位置から見える範囲、全部が階段になっているそれは、周りにある段々畑の様になっている住宅街の一番下から一番上まで繋がっている様にも見えた。

(あれじゃ、近くの学校の運動部は絶対『トレーニング』とか言って登らせてそうだなー)

 足を止めてそんな事を思っていると、だんだんその階段に興味が沸いてきた。

 自分も運動部のせいだろうか?

 他の学校の人達が登ってるのかもしれないと言う、自分の想像が、どれほど大変な物なのなのか、無性に知りたくなって来た。

(……行ってみっかな)

 俺は、足を階段の方向へと向ける。

 大通りから歩いて5分くらいで、その階段には辿り付いた。

傍で見る階段は、遠くから見るよりも迫力があった。

(うわ―…てっぺん見えない)

 どれくらいで昇りきるだろう?

 そんな事を考えながら一段ずつ階段を登ってゆく。

(あー、蝉だ。まだ鳴いてるんだぁ)

(遠くから見たら家のすぐ横が階段だったけど、階段の両端に木が植えてあるんだな…)

 なんて、周りの風景を見ながら登っていられたのも最初のうちだった。

 階段も中盤に差し掛かってくると、息が上がり、涼しかった筈の体感温度が非常に不快な物へと変わっていた。

 流れてくる汗をTシャツで拭いながら、ぜーぜーと肩で息を付く。

 もうこうなると風景がどうとか、初めて見る場所がうんぬんとか、そんな事は何も考えられなくなって来て、後悔の念が頭の中を駆け巡っていた。

(や・やめときゃ良かった……)

 それでも、そう思いながらも、俺は足を進めた。

 ここまで来て帰るのも何だか癪に障る。

(後、もうちょい……)

 元来の負けず嫌いが、功をそうしたのか、はたまた負けず嫌いが祟ったのか、もう少しで階段も終わりになる。

 だらだら汗は流れてくるが、もう拭う気力も無く、流れたら流しっぱなしにしてたもんだから、顔やらなんやらは汗まみれだった。

 最後の気力を振り絞るように、やっとの事で最後の階段を登り切ると……

 そこは草原と木が生い茂るだけの、気持ちのいい場所だった。

「すげー、 こんなとこあったんだー……」

 汗だくの体に心地好い風が当たる。

 階段を昇り切った所で立ち止まり、前に広がる風景を眺める。

 割と広いスペースの草原と、広場の奥まった場所に立ち並ぶ木々が、ちょっとした森の様な物を作り上げていた。

 下るのはさほど汗もかかないだろうし、登って直ぐ降りるのも馬鹿らしいので、少し涼でいこうと思い、 辺りを散策する為に歩を進めた。

芝生の様に見えた草原が、実は単なる雑草だった事に気が付く。

「雑草でも、いっぱいあると綺麗に見えるもんなんだなー」

 花も咲いていない、ただの草むらをさくさくと歩いて行くと、木々に隠されるように何か建物があるのに気がついた。

(なんだろう?)

 俺は好奇心に駆られて、その建物に近づいた。

(祠? いや、社?)

 建物の大きさから言って、社かな、と思った。

 実は最近まで俺のうちはばーちゃんが居たので、俺も神社とか、寺とか、日本古来の行事なんかには少し詳しかった。

(ばーちゃん大きいのが社で小さいか、岩彫っただけの洞穴が祠だって言ってたもんな)

 俺はこの時、自信を持ってそう思っていたが、後にばーちゃんがガキの俺に分かり易く言ってくれただけの、随分乱暴な見分け方なんだと知った。

 木々の中に入ってみると、社と木々の間は割とあって、でも、木の陰に社全部が納まっていた。

(涼しい……)

 社に近づこうと、影の中に入ると、ふっと、温度が下がるのが分かった。

影の威力は大きい。

 草原も風があって涼しかったが、ココは風がある上に日差しが入ってこない。

(休んでこ……)

 俺は近くにあった木に背中を預けて座り込み、本格的にダラケに入った。

 そして、体を休めてみて気がつく。

(指痛てぇ……体温上がったからかな?)

 心臓の鼓動と一緒のタイミングでずくんずくんと指が痛む。

(これ、家に帰るまで歩いても同じだったんじゃ……)

 歩いて帰れと言い出した患者達の顔を恨みがましく思い出す。

(あー……、なんか飲みたい……)

 体育座りの体制で、頭を膝に当てながらそんな事を考えていると、ふいに水音が聞こえて来た。

(? 水道でもあんのかな……)

 少し休んでしまった事で、余計だるくなってる体を何とか引き起こして、俺は音のするほうに向かった。

(水のみ場だ!)

 とは言っても、公園とかにある水のみ場なんかじゃなく、神社とかにある、石で出来た、水が常に張ってあるタイプの物だった。

(う~ん。水はずっと流れてるみたいだけど、飲んで平気かな、これ……)

 取り合えず、指冷やそうかな、とも思ったが、包帯が濡れると後が気持ち悪いので冷やすのは断念した。

(顔洗うくらいなら、良いよな……)

 汗だくになったせいでベタついて気持ち悪かったので、俺は一瞬右手を出そうとして、包帯に目が止まり、左手だけで水をすくった。

(すくいずらい)

 そう思いながらも手にすくった水を見てみると、意外に綺麗だったので少し安心しながら顔を洗った。

 片手、しかも利き腕じゃない左手を使った物だから、見事に前髪やらTシャツやらを濡らしながら顔を洗い終えた。Tシャツの裾の方は濡れていないので、そこで顔をごしごしと拭く。

 ふと、頭上を通った鳥の羽音に気を取られ、見上げてみると……

(鳥居だ……)

 木が茂っていて、ココに来るまでわからなかったけど、社の手前に鳥居があった。

「神社だったのか、ここ」

社じゃなかったんだ。

 だったら、周りにはお決まりの物があるはず! と思ってまわりを見わたしてみるが、狛犬や神社の名前を記した物が全く見当たらなかった。

(なんの神様だったんだろ?)

「きつねだよ」

声に出していないはずの俺の疑問に答える声がした。

とっさにあたりを見渡しても誰もいない。

「気のせい……かな?」

と今度は声に出して言いながら神社に振り返る、と……

「うわぁ!」

人がいた!

「気のせいじゃないよー」

からかうような口調で言うそいつは、体を上下に揺らしていて飛び跳ねて……る……?

(浮いてる?)

 飛び跳ねているんじゃなくて、ふわふわと浮いているのがそう見えたみたい…だけど…

浮いてる???

(なんなんだこいつ……?)

「だから、狐だって」

また、声にしていない疑問に答えられた。

「狐? あんたが?」

「そ。俗に言う『お稲荷様』ね」

 とは言うものの、そいつの姿はどう見ても人間で、年はまだ若い……19くらいかな?

(頭の弱い人だろうか?)

「ちがーう! 人でなく神ね」

そう言うと、にかっと笑って自称『狐の神様』はくるりと弧を描いて、着地の変わりに空中であぐらをかいた。

「浮いてるー!」

「さっきっから浮いてただろうが!」

「変な人がいるー!」

「人じゃないっつーの!」

「化け物ー!」

「神様だーっ!」

「って、ひとしきりボケた所で。本当に何ものだ? あんた」

「俺の言う事全然信じてないな貴様……」

 冗談ではなく、真面目な調子で聞く俺に、自称『神様』は呆れ顔で答えた。

 だって、信じられるわけが無い。神様だなんて。

「何これ? どーゆートリック?」

「仕掛けなんかない!」

「あー、わかった! あんたマジシャンだ。ここ練習所なんだろ?」

「違う! 神様だって言ってんだろ!」

「いいって、下手な嘘つかなくても」

 ぽん。と肩を叩いた、つもりだった。

 この変な奴の肩を叩いたはずの俺の手は空を切って自分の脇へと帰ってきた。

(体を通り抜けた?)

 それを確かめる為に何度も奴に手を伸ばして触ろうとしてみるが……

 すかっ。

 スカッ。

 全て空振り。

「……~~~~?!?!」

意識が少し遠のいた。

(体が透けてる?!)

 触れない事を実感してからよく見てみると、体の後ろに隠れているべき背景が、ゆらゆらと体を通り越して見え隠れしている。

ほんとにこいつ……

「幽霊?」

「神様だってーのに」

「すげー、俺幽霊見たの初めてー」

「だから神様だって!」

「姿も見えて声も聞こえるなんて滅多にないよなー。幽霊」

「確かにこうやって人間と話するのは久しぶりだけど、幽霊じゃない!」

「じゃぁなんなんだよ?」

「神様だと散々言ってるだろうが………」

 笑い飛ばして冗談にしたいのに……

『幽霊じゃない。神様だ!』

 ってあんまりこいつが騒ぐから、思い出してしまった。

(そういや……鳥居は神社の象徴で、赤い鳥居はお稲荷さんだってばーちゃんが……)

 さっき見上げた鳥居は、黒に凄く近かったが、元は赤かったのかもしれない……

それに、幽霊が神社に居るのも、なんだか変な気がした。

「じゃぁほんとに……?」

「神様」

 えっへん! 

 と胸を張るそいつの言葉に……俺は走り出していた。

 怖かった、訳じゃないと思う。

 何でだか分からない。

 でも、俺は夢中で走り、気がついたら医者の前の道を家の方向に歩いていた。

(俺、歩きながら寝てた……?)

 一瞬そんな考えも過ぎったが、座った時に付いたのだろう葉っぱが、ズボンのお尻のところにくっついていて、叩いて落としながら『自称神様』の事を考えていた。

「神様だ? んな訳ねーよ……」

 道を歩きながら、一人そう呟きながら、家へと帰った。

 その日は、家に帰ってからもなんだかボーっとしてて、頭が上手く動いてなかった。

あんまりボーっとしているから、母さんが指だけの怪我じゃないんじゃないかと心配し始めてしまった。

「医者行って指だけだったんだから平気だってば。ただ、歩きすぎで疲れたんだよ」

 俺のこの言葉で、一応母さんは納得したみたいだけど、俺は納得なんて出来なかった。

(神様? ばーちゃんがよく空に居るって言ってた神様だぜ? 信じられるかよ……)

 自分の部屋に戻っても、漫画を読んでいても、ゲームをやっていても、ずっとその事が頭から離れなかった。

(かと言って、母さんに言ってもなぁ………)

 信じてくれるはずが無い。

 別にかあさんが超現実主義だって訳でもないし、逆に神様を信じすぎちゃってるから下手な事が言え無い訳でもない。

 信じて貰えるはずが無い。

 目の当たりにした俺だって信じられないんだ。見てもいない母さんが信じられるわけが無い。

(頭おかしくなったー、とか言って病院連れてかれるのもヤだしな)

 ベットにゴロゴロ転がりながら、俺の中ではある決心が産まれていた………。






    場所に居るモノ


「逃げちまった………」

 篤が走り去った後、階段上の神社には半透明の神様が一人、立ち尽くして……いや、浮いてるから『浮き尽くしていた』か?

「あーあー……折角久しぶりに話せる人間だったのに」

 残念そうに言うと、神様は地面に仰向けになって寝っ転がった。

 大の字に寝るとはこう言うことを言うのだろう、と思ってしまうほど見事な大の字で。よほど残念だったらしい。

(話しが出来て…しかもあいつ俺の姿も見えてたよな……そんな奴、何年ぶりだろう…)

 転がりながらそんな事を考える。

 雲の流れを見ていると、時間間隔なんて無くなる。

 何時から自分がここにいるのかなんて覚えてない。

(話せる人間が久しぶりって言うより……ここに来た人間が久しぶり、か……)

 この神社に繋がる道は2本。

 篤が登ってきた階段と、神社の裏手にあって全く目立たない細い小道。

 実は小道の方を抜けると篤の家へと続く大通りへの近道になっていたりする。

 しかし、小道の方は殆ど獣道と化しているので通ってくる者はまずいない。

 目立つ階段は……あの通りだ。人が来なくなるのも頷ける。

(ちょっと前にゃ運動部のむさい連中が来たんだけどなぁ……)

 ちょっと前とは言っても、もう2~30年前の話だ。

 丁度、篤の通う接骨院の先生や患者さんの世代だ。

 その後は『無理な運動は子供の成長を著しく侵害する』とか『健康に気を使ってスポーツをするのは大きな間違い』と言った発表が医学界でなされ、近隣の小中校生にとって地獄だった『階段登り』は行使されなくなったのだ。

(あいつ……また来るかな…………?)

 夕焼けの赤に顔を染めながら、階段の方をじっと見つめる……






    モノの正体


「おう、坊主。また来たな」

 そう言ったのは、こないだ腰の治療をしていたおじさんだ。

「この間はどうしたの? 歩いて帰ったの?」

 言われて見て初めて、肩揉み機のおばさんも居る事に気が付いた。

(医者に常連ってのも……どうだろう?)

 たしかにこの医者は、肩こり・腰痛なんかもマッサージしてくれるから、おじさん、おばさんには良いのかもしれないけど……

「もうちょっと待ってろな。これ先に終らせるから」

「ちょっと先生、これって何よ、これって」

「耳敏いなぁ……」

 おばさんのマッサージを続けながら、先生は苦笑いを浮べた。

 『これ』なんて物扱いをされたのが相当ムカついたのか、おばさんはすっと先生に言葉使いについて話、と言うか半分説教を行なっていた。

(あの説教いつ終るんだろ……)

 先生にしてる説教が終るまでは、先生も他の患者さんを診れない。

 つまりは、俺の診察時間がどんどんおす訳だ……

「先生―」

「なんだ篤君?」

「俺、あんま時間無いんだけど?」

「お、そうかぁ……じゃぁ悪いけど、篤君先で良いかな?」

 と先生が二人に聞く。

 無言で頷くだけだったのは、うつ伏せに寝て腰と背中の治療をしているおじさんだった。

「時間がないんじゃぁ、仕方ないわよ。診察しないで帰すわけにも行かないし?」

「ありがとーざいます」

 前回同様に無愛想な俺の言葉を、おじさんとおばさんは気にした様子も無く普通の返事が返ってきた。

「助かったよ篤君」

 今度こそおばさんに聞かれないくらい小さい声で、ぼそっと先生が言った。

 表情が苦笑してた所を見ると、おばさんの説教は正直辛かったみたいだ。

「じゃ、篤君見てる間ローリングやっててよ」

 と、今度は大きな声でおばさんに言う。

 驚いた事に、この医者ではスイッチを入れれば治療が出来る、簡単な物は患者が自分でやっていた。

 もちろんこのおばさんは常連だから、スイッチの場所なんか知り尽くしている。

 『ローリング』と言われたのは、ベットの下にマッサージのローラーが入ってるやつで、温泉なんかによくある『マッサージ機』のベット版みたいなやつだ。

 おばさんが寝っ転がりながら再び俺に話し掛けてくる。

「で? この間は歩いたの?」

 またその話題か……

 別に、ちゃんと歩いて帰ったんだから話題に上がっても困らないんだけど……

【神様だー!】

 あの事……言ったら絶対笑われるんだろうな………

「歩いて帰ったよ。しょうがないから」

 とりあえず、それだけを言った。

「家までどれくらいかかった? 篤君ちだと40分くらいか?」

 診察券を作る時に、保険証でうちの住所を知っている先生が、大体の憶測で時間を言うけど、寄り道してたし、帰ってから時計見なかったからなぁ……

「わかんない。寄り道してたから……」

「寄り道? この辺に寄ってく所なんてあったかい?」

 先生が言うと、腰の治療が終ったおじさんがベットの上に座りながら笑った。

「いやだねぇ先生。最近の若い子はコンビニで一時間くらい平気でつぶせるんだよ。どうせその後で親にでも来て貰ったんだろう?」

 歩いて帰ったって行ってるのに、始めっから疑ってるその言葉にムカついて、あの神社に寄っていた事を話した。

「今うちの父さん、出張中で誰も車運転できないの。だから車呼んでない。歩いて帰った。それに、コンビニなんか行ってない。ここからちょっと行った所にスゴい長い階段あって、そこ登ってみたら神社があって……」

(そこで自称神様に会って……)

「少し涼んでから家帰ったの」

 怒るように言った俺の言葉を聞いて、先生もおじさんもおばさんも感心したような声を上げた。

「あんた、あの階段登ったのかい? さすが、若いわね~」

「俺も若い時にゃ、運動部の訓練で登らされたっけなぁ……ありゃぁきつかった」

「篤君も、なかなか体力あるじゃないか」

 口々に俺を誉め(てるんだよな? これ)ながら、だんだんと昔話に移行していく。

 またかよ~、と思いながら、あの階段がそんなに有名だったんだと知った。

(ん? ならあの神社も有名なのか?)

 階段が有名なら上にある神社も有名でも良いかもしれない。

 おじさんとおばさんに聞くと長くなりそうだから、先生に聞く事にした。

「ねぇ先生。あの階段の上にあった神社は有名なの?」

「神社? ああ、あったなぁそういえば」

 そういえばって……

 って事はあんまり有名じゃないんだな。

「何の神社だったの?」

「さぁなぁ? もう先生のばーちゃんとか、それくらいの年の人じゃないと分からないんじゃないか? なぁ?」

 と、先生が患者の二人に降る。

「そうだねぇ、あたしはお稲荷さんだって聞いた事があるけど……」

「ああ、うちのばーさんもそんな事言ってたっけなぁ」

 お稲荷さん……

 って事はキツネ……

【きつねだよ】 

 マジかよ……

「知りたいんだったら他の患者さんにも聞いといてやるぞ?」

 ぼーっとしていた俺に先生が言う。

 その声で我に帰り、申し出を断った。

「いいよ、ただ、何の表示も無かったから、なんなのかなって思っただけだし」

「そうか? よし、巻き直し終わり。今日はもうそれで良いぞ」

「また来るの?」

「3日後」

 もしかして、2ヶ月間ずっと3日間隔かな……

「ありがとーざいやしたー」

 今日もまた歩きだ。

 しかも、今日も天気がいい。

 この間より風が強くて、体感温度はすこぶる涼しく、非常に散歩日和だ。

(今日は、逃げないぞ……)

 もう一度、もう一度行って、はっきりと見てやる!

 んで写真にも撮るんだ!

 コンビニの使い捨てカメラを握り締めながら俺は階段へと向かった。






    正体との会話


 覚悟は、していた。

 この階段が、長くて登るのが大変だって事は、知ってた。

 知ってたけど………

「つ、辛い……」

 すでに鉛のように重くなった足を、痛くなってきてる太ももの筋肉でどうにか持ち上げて、すごくスローペースで階段を登り続けた。

(作った奴、アホだな……)

 作るときは、更に材料を持って登るんだ。職人さんもたまった物ではなかっただろう。

(いや、きっとピラミッド作るときみたいに、金持ちに鞭打たれながら奴隷がこき使われたんだ……そんで弱い奴から一人、一人と倒れてくんだぜ………)

 この階段が作られた頃に、日本に奴隷制度が残っていたかどうかは知らないけど、勝手にそんな想像をしながら黙々と階段を登り続けた。

(で、倒れた奴は墓にも入れられず、この階段に一緒に埋められて……夜中になると階段からは『出してくれ~…』と言ううめき声が……)

「おいおい、人の守護してる土地に変な怪談話作るなよ」

「へ?」

 どんどんとエスカレートしていた俺の想像を、眉をひそめて否定する。

 神様(自称)だ。

「あれ?」

 気が付くと俺はとっくに階段を登り終わって、神社のある草原に到着していた。

「よ。また来たな」

 にかっっと笑う。

 その笑顔を見て、我に返った。

「えい」

 パシャ!っという音のあとにフラッシュが光る。

 突然の事に慌てて暴れる神様を追いかけて俺はカメラをかまえ続けた。

「おわ! 何すんだ! まぶしいだろが!」

「動くな! 撮れない!」

「ふざけんな!」

 嫌がるそいつをよそに、俺は何枚かバシバシと写真を撮りまくった。

「いー加減にしろー!」

 がしっと、カメラを掴まれた。

「ちっ、この辺で勘弁しといてやる」

「くそ可愛くねぇガキだな、てめぇ……」

 カメラをしまいながら、はたと気が付いた。

(なに、和んでんだ? 俺……)

「大体、写真なんか撮ったって写らねぇぞ?」

「写らないの?」

「変な影とか、光とかでは写るかもしれないけどな」

「なんだ、つまんねぇ……」

 折角どっかの雑誌にでも投稿しようと思ったのに……

 そう思っていると、にこにこ笑いながら俺のことを見ている神様に気が付いた。

「なんだよ?」

「いや、今日は逃げないなぁと思って」

「……どうでもよくなった」

「あ?」

「俺の目に見えてるんだから仕方ないじゃん。あんたが幽霊だろうと、神様だろうと、見えてる物には変わりないからな………」

 その言葉に、神様は嬉しそうに『そうか』と答えた。

 本当は、俺自身に言い聞かせるような気持ちで言っていた言葉だった。

 だっって、怖いとか、嫌だとか……思わないんだよ。

 だったら、別に……なんだっていいや…… そう思った。

(でも、俺霊感とか無いのに何で見えるんだろ?)

「それは俺にもわかんねぇなぁ」

 まただ……

「お前さぁ、人の心読むの止めろよな」

「嫌か?」

「当たり前だろ!」

「そりゃ悪かったな。これからは止めるよ……って、出来ればいいんだけどな」

「出来ないのか?」

「出来ないっつーか、心の声か、実際の声なのか、区別がつかないんだ。俺にしてみりゃどっちも直接頭に流れ込んでくる『声』だからなぁ……」

「へー……テレパシーみたいなもんか」

「何だそりゃ?」

「心の声を読み取ったりする力の事。人間にもまれにいるんだってさ」

「ほぉー」

 落ち着いて話しをしてみれば、普通の奴だった。

 ちょっと、時代がぐっちゃになってたりするし、最近の言葉全然知らなかったりするけど、こいつとの会話は、なんか……楽しかった。

「なぁ、それなんだ?」

 カバンの中から覗いていたゲーム機に、神様の視線が止まる。

「これ? ゲーム」

「げぇむ?」

「う~…、何て説明すればいいんだ?」

 ゲームがどんな風に出来上がっている物なのかなんて知らない。

 普段当たり前に使っている物を『何だ?』って聞かれると、答えに困る……

「実際やってるの見た方が早いだろ。見てろよ」

 とは言った物の、俺の右指は人差し指と中指がまとめて固定されている。

(使うのは親指だけど……持ち辛い……)

 操作をするのに支障は無くても、ゲーム機を持つのが持ち辛い。

 それでも俺は持っていたソフトの中で、一番簡単な物をやってみせた。

「……とまぁ、こんな感じに遊ぶんだ」

「いーなぁ、そのゲームって奴。暇つぶしに」

「元々暇つぶし用に作られた物だしな。これは貸せないけど、家に使わない奴あるから貸してやろうか?」

「いいのか?!」

「うん。適当にソフトも持って来てやるよ」

「うわー! うわー! お前いい奴だな!」

 たかがゲームの貸し借りで、こうまで喜ぶなんて、おかしな奴だ。

 そう思ってから、ふと思い直した。

(ああ、そうか……こいつ、ずっと一人なのか……)

 誰かがあの階段を登って来るまで、ずっと一人………

 俺だったらそんなの絶えられないな……

 そんな事を思っていると、突然頭を殴られた。

「いってーな! 何すんだよ!」

「可哀想とか言うな!」

「また心ん中読んだな?!」

「だから区別がつかないって言ったばっかだろ! それより! 可哀想言うな!」

「仕方ねーだろ! 思っちまったもんは!」

「別に俺は一人じゃないぞ!」

 人の胸倉を掴んでけんけん怒鳴る神様の意外な言葉に俺は一瞬反応が遅れた。

「だって、ここあんたしかいないじゃんよ」

「色々いるだろ。虫やら鳥やら」

「話しできんの?」

「元がキツネだからなぁ」

 そう言えば、ここ稲荷神社だっけ。

 って、あれ???

「お前、今俺の事触ったよな?」

「触ったってーか、殴ったってーか」

「何で触れるんだ?」

 この間、俺が触ろうとした時触れなかったじゃん………

「お前が、俺という存在を認めたから、かな」

「認めた?」

「そう。目に見えるんだから何でもいいって、俺の存在を認めただろ?」

「まぁ……確かに」

「だから触れるんだ」

(………よくわからん)

「あっはっは。わかんなくても感覚で分かれば良いんだよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだ」

 そうなのか……。

 俺はそれで納得する事にした。

「なぁ、ここから離れられないの?」

「んー? どうだろうなぁ?? 多分離れられないんだと思うぞ?」

「やって見た事ないの?!」

「ないなぁ」

「なんで?」

「だってよ、俺の事信じて、お参りに皆が来てくれた頃は、やっぱり見える奴等も多くてよ。だからここに居てやらんと、折角お参りに来てくれたのに悪いだろ?」

 そよりと吹く風に髪(毛皮、か?)を揺らして気持ちよさそうに目を細めながら神様は言う。

 お参りに来る人を待ってるなんて言っても、俺が来るまでどれくらいのあいだ放置されてたかなんて社のサビと苔の付着具合でわかった。

「その後は?」

「あんまり人が来なくなってからか?」

「そう」

「それは、町がさ。変わりすぎちまってなー。見に行こうとも思わねぇんだ」

「ふぅん……」

 そんなものなのか。

 そう思うのと同時に、取り残されたみたいで嫌なのかな、とも思った。

 思ってから、また読まれたか? と思ったけど、それは神様には見破られなかったみたいでちょっと、ホッとした。 

「うわ! やべぇもうこんな時間じゃん!」

「おお、そろそろ夕飯の時間か」

「医者行ったにしては長すぎるって心配されちまう。今日はもう帰るわ」

「…………」

「どした?」

「今日は、って、また来てくれんのか?」

「あ? だってゲーム貸すって言ったじゃん?」

「……そうだな」

 来た時と同様、にかっと笑って手を振られた。

「次の医者3日後だから、そん時寄るわ」

「おう、またな」






    会話の後の孤独


「またな、か……」

 初めて言ったかもしれない言葉に、神様は嬉しさを感じていた。

 『可哀想言うな!』

 なんて言っていても、やっぱり寂しい事に変わりは無い。

(鳥と話すのもいいんだけど、あいつ等人の話しきかねぇからなー・・・・・・)

 気侭に空を飛んで、廻っている鳥達は、話題は豊富だが、聞き手が口を挟む隙が無いくらい話しつづける。

 それに耳を傾けているのも楽しいのだが、やっぱり会話が出来る方が楽しいのだ。

(3日か……すぐだな、そんなの)

 もう何年も何年も生きて来た……いや、存在してきた神様にとって、三日などと言う時間はあっという間だった。

(でも……あんまり、楽しみにするのは、止めた方が良いだろうな……)

 来ないかもしれない。

 来るかもしれない。

 来ない確率の方が、どうしても高い。

(あの階段登りは、人間にゃきつかろう……)

 キツネの自分は野山を駆け回っていたから、あれくらいの坂どって事は無いが、人間にとってみたら相当きついだろう事は予想がつく。

 しかも篤は子供だ。

 まだ体力も体格も完全ではない。

(それに……あいつは医者の帰りに寄ってるだけだからなぁ。医者に通わなくなったらもう来ないだろうし、ってそう言や、あいつ怪我してるのか。何処が悪いんだ? 今度来た時聞いてみるか……)

 期待をしないように言い聞かせてはいるが、結局楽しみにしている神様だった。 






    孤独の前の生き方


 怒られた。

 案の定、心配していた母親にこってり、みっちり、しっかり、怒られた。

「今度から、遅くなりそうなら最初から言っていきなさい。わかった?」

「はーい……」

 でもなー……3日後も行くって言ったしなー……

「ねぇ母さん」

「なに?」

「医者の日はさ、多分毎回これくらいの時間になるよ。この間もこれくらいの時間だったじゃん?」

「そうだった? まぁ、でも患者さんの込み具合にも寄るしねぇ……」

「だから、医者の日は心配しないでよ、ね?」

「はいはい」

なんとか母さんを言いくるめ、夕飯の後自分の部屋に行った俺は、たしか本棚の奥に動物辞典があったのを思い出した。

「あれ? ないなぁ動物辞典……」

 確か、全然読まない物はまとめてこの辺の棚に入れたんだけどなぁ。

 動物……動物~と。

「あった! ……って、動物記、か。う~ん、これでも良いかぁ」

 仕方無しにパラパラとめくって行くと、キツネにまつわる話が出てきた。

 題名はスプリングフィールドのキツネ。

 作者がスプリングフィールドって言う場所に帰省した時、家畜の鶏が誰かに盗まれる事件が多発。

作者がその犯人を捕まえる。と言う話だった。

(キツネとどう関係あるんだろう?)


  鶏は木に登る前か、はたまた降りた時に一時に一羽ずつ体ごと運ばれている。

  高い止まり木の上では取られていないし、半分食いかけで放置したりもしなかった。

  つまりは、キツネの仕業でしかないのだ。


(まぁ、そう決め付けるからには、それがキツネの習性とかなんだろうな。多分)


 「あそこにある石はキツネが丸くなったのに似てないかい?」

  友人がそう言ったが、私にはただの石に見えた。

  確かめようと近寄った途端、その石はキツネへと姿を変え、森の奥へと走りぬけた。

  恐るべきは、キツネが丸い岩や石に似ている事ではなく、彼らがそれを知っていて、人間の目を欺くために利用している事だ。

  

(へーキツネって頭良いんだ。あいつは馬鹿そうだけどなぁ……?)


 彼等の巣を見つけて、気付かれないように木の上から監視を続けると、巣穴から子供達が出て来た。母キツネがエサを持って帰って来たからだ。

 母キツネは捕って来たばかりで、まだ半死の鶏(きっと我が家の鶏だろう)を子供達の前に置くと、子供達は一斉に鶏の首へと噛み付いた。

 こうして狩りの練習をしつつ、食事を与えているのだ。


(食事?! 鶏が?!)

 そこまで読むと俺は本を持ったまま1階のリビングへと飛び込んだ。

「母さん!」

「何? どうしたの、慌てて」

「キツネって肉食だったの?!」

「あんた、知らなかったの? 何食べると思ってたの?」

「油揚げ」

「お馬鹿……」

 あきれ返った母さんの説明によれば、キツネは犬の仲間で、肉食動物なんだそうだ。油揚げが好物だと言うのは人間の思い込みなんだそうだ。

(なんだ、今度油揚げお供えしてやろうと思ったのに……いや、嫌味で持って行くって手もあるか……)

 とは思ったものの、少ない小遣いから買って行くのに、食べずに無駄にするのも勿体無いな、と思い止める事にした。

(あいつゲーム何できるかなぁ? やっぱ基本はパズルゲームか?) 

 一人悩む俺であった。






    生き方と時代の流れ


(3度目にもなってくると、サボる事を覚えるな……)

 今までは一気に階段を登っていた俺だったが、現在、階段の途中にある日陰で、買って来た500mlのペットボトルの蓋を開けていた。

(休み休み行きゃ、楽だったんだよな……)

 ジュース系は後で口に残りそうだったので、ウーロン茶を選んだ。

 正解だったな。と思いながら三分の一くらいを飲んだ所で階段登りを再開した。

 何気にもう父さんも出張から帰ってきてるんだけど、よくよく考えれば、中学生が学校を終えて医者に行く時間帯に、地方公務員の父さんが帰って来ているはずも無く、結局毎回歩きでの通院を重ねていた。

(おっし、もうそろそろてっぺん見えて来るぞ……)

 サボりながら登ったのに、やっぱり息が上がって来ている。

 一応まだテニス部部長なのに、俺そんなに体力無かったか? と少し自信を無くしたが、その後は

(この階段息切らせずに登れる奴がいたら見てみたい………)   

 と逆ギレして、そう思いながら階段の終わりを確認しようと顔を上げた。

過去2回の経験から、この辺に来れば頂上が見えるのだ。

そして、今も確かに階段の終わり、つまりは頂上が見えたのだが、そこにはいつも見えない何かがあった。

(なんだ?)

 不思議に思って良く目を凝らしてみると、何かの動物の耳だった。

(あ、動いた。って事は、猫かなんかが寝っころがってんのかな?)

 近所の団地の階段で、狭い階段の一段に、のびのびと転がりながら日向ぼっこをしている野良猫を思い出した。

 しかし、猫の割には耳がでかい。犬かな? とも思い直したけど、野良犬なら野良犬で、俺の身に危険が迫りそうだったから、怖い考えは忘れる事にした。

 なんだろう、と思いながら恐る恐る階段を登って行くと、その耳の正体は……

「お前か」

「おお? 来たか子供」

「子供言うな。篤だ」

「そう言や、名前初めて聞くなぁ」

 からからと笑って跳ね起きる。

 と、大きな体の動きに、ふさふさの大きな尻尾が線を描いて付いて行く。

(え?! 尻尾?!)

 ぼーっと見ていたが、何時の間にこいつ耳と尻尾生えたんだ?!

「お前、なんだよその尻尾と耳」

「あ? キツネなんだから、当たり前だろう? まさかお前、キツネ見た事ないとか言わねぇよな?」

「テレビでなら見たけどさ……」

 当たり前、かもしれないけど……なんで急に?

 ほけっと神様の耳を見ていると、ぴくぴく動いて面白かった。

「なー、篤。手に持ってるのなんだ?」

「あ? ああ、これ? ウーロン茶」

「茶? お茶か。水筒みたいなもんだな」

「うん、まぁそう。飲む?」

「いいのか?!」

「いいよ別に」

 お茶くらいでいちいち感動してちゃ、こいつにゲームを渡したらどうなるんだ?

 そんな事を考えている俺に、突っ込みを入れない所を見ると、どうやら心を読むより、初めて味わうウーロン茶に夢中になっているようだ。 

「面白い味すんだな、この茶は」

「まぁ、緑茶じゃないからな。元の葉っぱは同じらしいけど」

「ほぉう。お前、いろんなもん持ってて面白いなー」

 にかっと何時もの笑みを浮べる。

(お前は反応が面白いけどな……)

「お? そうか? 面白い反応なんかしてるか? 俺」

「いちいち新しい物見るたんびにそんなに反応が返ってくる奴が珍しい」

「へぇー。今のもんは感情が薄いのかねー」

 感情が薄い、とは面白い表現だ。

 けど、その通りかもしれない。

 全てに関する感情が薄いから、喜びも驚きも、あんまり伝わってこなくて、感情が薄いから、信じる力も薄くなって、神社にも来なくなったのかもしれない。 

「そうだ、これ。言ってたゲーム」

「おお! 本当に持って来てくれたのか! いい奴だなーお前!」

「何がやれるかわかんなかったから、ソフトも色々持ってきたんだー」

 カバンからガサガサと携帯ゲーム本体とソフトを取り出す。

 その様子を神様は物珍しそうに眺めていた。

 ふと気が付いたんだけど、その間中神様の尻尾がずっと揺れていて、可笑しかった。

 キツネが犬みたいに喜ぶと尻尾振るのがどうかは知らないけど、その様子を見る限り、すっげー喜んでるみたいで、俺は笑いを堪えるのに必死だった。

「ここにソフトを入れてー……」

「押し込めば良いんだな?」

「そう。で、スイッチを入れる」

 スイッチを入れた途端に、作動音が響いた。

「うわぁぁ!」

「何驚いてんだよ?」

「だってすんごい音がしたぞ! 音!」

「音くらい鳴るわ!」

「そ。そうなのか?」

「基本だよ」

 それからと言うもの神様は『すごいなー、すごいなー』の繰り返しで、ただのガキ状態だった。

 こいつの神様らしい所なんて宙に浮かんでる所くらいしか見た事ないぜ……

 基本動作を教えて、一旦俺がやるのを見せてやる。

 最初はお決まりのパズルゲームからだ。

「このブロックを、一列揃えればいいんだ…けど、なかなかいいのが来なかったり、落ちてくる速さが早くなったりするから気をつけろ?」

「ほほぉう………」

 暫くそうやって、俺がやっているのを眺めていた神様が、突然、弾かれる様に横を見た。

「な、なんだ? どうしたんだよ?」

「……何か来る」

 滅多に見せない、真面目な表情のまま、真横を向いて視線を動かさない。

 途端、黒い霧の様な物が視界に飛び込んで来た。

「何だあれ?!」

「篤、後ろにいろ」

 立ち上がっている神様の足に、隠れるように俺は身を潜めた。

《えぇ~土地じゃぁ~~~ ええ土地があるではないかぁぁああ~~》

 声が、聞こえた。

 聞こえただけで、姿を見ても居ないのに、俺はその『何か』に恐怖を覚えた。

 複数の声が混ざり合って、一つの声になっている様な、なんとも気持ちの悪い声だ。

 初めて聞くその奇妙な声に、俺の体は凍りついたように動かなかった。

《渡せぇぇえ~~……その土地を我等にぃぃいい~~……》

 声と共に、ドロドロとした触手のような物が迫ってくる、感じがした。

 怖い。

 ざわざわと冷たい物が背中を撫でる。

 『嫌な感じ』が全身にまとわりついて離れない。

 初めて感じる類の『恐怖』だった。

その、あまりの恐怖で、俺は無意識のうちに神様の着物の裾を握り締めていた。

「この土地を渡せだと? この俺様が何百年も守って来たこの土地を? 笑わせるな」

 俺の頭上から、聞いた事もない、凄みのある声が降って来た。

 驚いて仰ぎ見ると、目を据えて相手を睨みつけている神様が居た。

 さっきまでは普通だった尻尾が、蒼白い炎をまとい、揺れている。

 神様と、霧の間に、ピリピリとした空気が流れるのが分かる。

《キツネごときが楯突くかぁあぁあああ》

「キツネ如きと甘く見るなよ? こちとらとっくに神格化した古狐よ。貴様等とは格が違うわ!」

神様が怒鳴ると、一面に風が吹いた。

《くぅううう! なぜじゃぁああ? なぜ人間の為にぃいぃいぃいい!》

「やかましい! 下手な恨み残さずにさっさと昇天しやがれ!」

 神様怒号と共に、尻尾の青い炎も勢いを増す。

 霧へと吹きつける風が、吹き付けると言うよりも、切り付ける様な勢いで霧にぶつかって行くと、目の前に迫っていた黒い霧は、見る見るかき消されていった。

 ………終った、のか?

 恐る恐る見上げてみると、脱力したのか神様がへなへなとしゃがみこんで来た。

「おいおい、大丈夫かよ?」

 さっきまでは格好良かったのに、なさけねぇなぁ……

「久しぶりに本気出したら、疲れちまったい……」

 人に全体重を預けて寄りかかりながら、神様は目を閉じた。

 見えている姿は俺より大人の姿なのに、寄りかかってくる重みは小さい。

 もしかするとこれが狐体重なのか?

「おーい、神様。寝るのか?」

「寝ない。けど目を閉じたい」

「あー、なんか分かるわ。その気分……」

「ちょっと、こうさせてくれ~」

「いいけどよ。あいつ等なんなんだ?」

 俺の質問に、神様の体が少し、強張った。

「お前、なんで今あいつ等、って言った?」

「え?」

「なんであれが集合体だってわかった?」

 真面目な声で問いただされて、少し、言葉に詰まった。

「ただ、なんとなく……」

「そうか……今までも見えてたのか?」

「え?」

「ああ言う輩さ。見える人間なのか?」

「ううん。初めて」

「そうか……」

 起き上がって俺を見ていた神様は、また寄りかかる体勢に戻ると、眼を閉じた。

 そう言えば、なんで見えたんだろう?

 神様の事も、何でみえるんだか分からずじまいだし……

 今の奴等は、神様と一緒にいたから見えたのかもしれない。けど、その神様自体なんで見えるのか分からない……

「俺が見えるのが、不思議か?」

「あ? あぁ、うん。なんでかなって」

「昔、俺を見ることの出来た奴等は、皆『お稲荷様』を信じてる人間だったな。お前も、心のどっかじゃ神様じゃなくても、幽霊とか、お化けとか、そう言うの信じてる口なんじゃないか?」

 確かに……

 ばーちゃんにされた怪談話とか本気で信じてたわ、俺……

 それから、ばーちゃんには色々怖がらされたなー、なんて考えていると、ボソッと呟く様に神様が話し始めた。

「さっきの、な……俺と同じ、動物だった」

「動物?」

「開発とかで、山を追われて、木を切られて、食い物が無くなって、飢えて死んだのや、車に轢かれたの、猟で狩られたの、人里に下りて畑荒らして殺されたの、色々だ……」

 だから、土地を渡せ、って言ってたのか。

 そう思うと、あんな怖いのでも可哀想なのかもしれない。

「奴等にしてみりゃ、ここはいい場所に見えるだろうよ。水が在って、木があって。だから、俺はああ言う輩から、ココを守ってるんだ」

「だけど、さ……もし、ああいうのがココに住んだらどうなるの?」

「場所の空気が淀んで、人間はおろか、生きている物が近付けなくなるだけだ」

「だから、お前人間の為にココを守ってるなんて言われたんだな?」

「実際、稲荷は人間が建てた、人間を守る為の神だからなぁ。だけど、それより……」

「それより?」

「ああやって、彷徨い続けてるより、昇天させてやった方があいつ等の為でもある」

「そっか……」

 こいつ、本当に神様だったんだな。

 あんな力があって、それに土地を守ってるだけじゃなくて彷徨ってるのを導いてやってる。

 ちょっと見直したよな、うん。

「なぁ、あんたなんで神様になったの?」

「さぁあ? なんでだったかな? 大分昔の事だから忘れちまった」

「そか」

「狐を祭ってる神社は多いから、その神社ときっと同じ理由だろうさ」

「だから、その理由を教えろよ」

「なんでも聞いてばっかじゃ実にならねぇぞ?」

「…それって暗に調べろって言ってる?」

「そう言う事」

 そう言うが早いか、神様が急にがばっと跳ね起きた。

「休憩終了! ゲームとやらと再開しろ」

「………お前なぁ」

 やっぱりこいつ、馬鹿かもしんない………

 脱力感を感じながら、一通りのやり方を説明してやった所で、丁度、タイムリミットとなってしまった。

「じゃぁ俺帰るからな? 今度俺が来るまでに電池無くなったら交換するんだぞ?」

「おー気をつけろよー……」

 返事を返しながらも、画面から目を離さない。

 相当気に入ったみたいだ。

(しかし、何で地面に置いて人差し指だけで操作するかな……?)

 疑問を聞いても、今の状態ではまとも答えは返って来ないだろうな。

 諦めて俺は帰る事にした。






    流れる雨と時間


 神様にゲームを貸してから3日後の通院日は、雨だった……

(流石に歩くのは嫌だぞー……)

 来る時は、初日同様タクシーを使ったけど、帰りにやっぱり困ってしまった。

(どうしようかな……)

 下手に口に出さない方が懸命だと学んだ俺は、治療の間中帰りの事で頭がいっぱいだった。

「篤君」

「え、あ、なに?」

「どうした? ボーっとして」

「いや、なんでも」 

「この間言ってたあの階段上の神社の話、知ってる人がいたんだよ」

「ほんと?」

「ああ、なんでもその人が言うにはな………」

 治療をしながら先生が教えてくれた話は、こうだった。

昔、この辺一体は畑や田んぼばかりで、住民が農業で暮らしていたらしい。

 その頃、丁度収穫の頃になるとキツネが現れて、田畑の神様の意思を伝えてくれてたんだそうだ。

 田畑の神様の意思って言うのは、もう収穫して良いよ、って言う時期を教えてくれる物だったんだと。

 その神の意志を伝えた後もキツネは、米倉を荒らしたりするネズミを退治して村を護ってくれていた。

 ところがある日、キツネが病気にかかって死にそうになっているのを村人が見つけたが、もうどうする事も出来ない状態で、そのキツネが息を引き取ってからその場所にキツネを祭る稲荷神社を作ったんだそうだ。

「村人の感謝の気持ちで作られた神社だったみたいだなー」

「そっか……」

 なのに、何であんなに寂れてるんだろう……?

 もう、田んぼを作ってないから、感謝や参拝に行かなくて良いのかな?

 あいつは、ああやって土地を護っているのに………

  どうしたら、皆あの神社に戻って行くだろう……?

「篤君、タクシー呼んどいたから乗っていきな」

 漠然とそんな事を考えていると、迎えのタクシーが来た事を知らされた。

「え?呼んでくれたの?」

「これから雨酷くなるらしいからなぁ。転んで悪化されても困るしな」

「わざわざスンマセン」

 でも手持ちでタクシー代無いぞ…。仕方ない、家の前で待っててもらって母さんに払って貰うしかないか。

 さすがに俺も雨の中歩いて帰るの嫌だしな。

 そう思いながらやって来たタクシーに乗り込んで、家へと向かう。

(悪い! また今度行くからな)

 タクシーの中から見えた階段の方に向かって、心の中で謝った。

 次に行く時には、なんか他のソフトも持って行ってやろう。






    時間の経過と人の心


「今日は晴れたなー……」

 こんなに晴れると階段登りも辛いんだが、まぁ仕方ない。

 背中にじりじりと照りつける太陽を感じながら、少しは慣れて来た階段登りを終らせると、神社の方に足を向けた。

「おーい」

 しーん……

「あれ? 居ないのか?」

 って、そんな筈ないか。

 あいつここから動けないんだか、動かないんだか、そんな事言ってたもんな。

「おーーい?」

 神社の周りを一周して、それでも見つからないので、社の中を覗いてみる。

 いたよ。

「おい!」

 無反応。

 ずっと下向いて何やってんだ? あいつ……

 ……まさか!

「お前ずっとやってたのかぁ?!」

「うわぁあ! びっくりした!」

「仮にも神なんだから気配くらい感じろよ……」

 思わず社に乗り込んで怒鳴った。

 その声に驚いてまさしく飛び上がった神様の足元には、貸してやったゲームが、ゲームオーバーの音を鳴らしながら転がっていた………

「6日間ずっとやってたのか?」

 しかも、落ち物パズルゲームだけ………

「これなかなか上手くいかなくてよー。今やっとレベル10まで行ったのに」

 低っ!

 6日間もぶっとうしでやってて10?!

「下手くそ」

「なんだとぉー! 操作し辛いんだよ! 人間用だから!」

 からかった言葉に怒鳴り返されて、はた、と思った。

「そういや、あんたなんでキツネなのに人間の形してんだ?」

 いきなり話題を変えた俺に、きょとんとしながらも神様は答えた。

「篤、まだ俺の事人間に見えてたのか?」

「え?」

「俺の姿は見る者によって違う。動物達はちゃんと俺の事狐に見えてるだろうし、篤だって、最初から俺の事狐だって知ってれば狐に見えるかもしれない」

「……想像通りの形に見えるって事?」

「まぁ、そう言う事だな。お前最初声がした時点で『人間が居る』って思っただろ?」

「うん」

「だから、お前に俺は人型に見えるんだ」

「じゃ、他の人にはちゃんとキツネに見えるのかな?」

「さぁなぁ? 最近人が来ても俺の事見えてないし、声も聞こえてなかったみたいだからなー」

「え? そうなの?」

「ああ。最初の頃お前、霊感も無いのに。とか言ってただろ? どうもそれも関係ないらしいしな」

「“それ”って、霊感の事?」

「ああ。あっても無くても、見える奴は見えるし、見えない奴は見えないらしい」

 ふーん。そうなのか……

「あ、じゃぁ、耳や尻尾が急に生えたのは、俺が動物記読んで、キツネの事少し知ったから、印象に残った耳と尻尾だけお前に生えたんだな?」

「そう言う事だ。って、じゃ篤には、人間が耳と尻尾付けてるように見えてるのか」

「うん」

「やめろよー! 俺変な奴見たいじゃん」

「ったって、しょうがないよ」

 ああ、だからゲームも下においてやってたのか……確かに狐の手じゃゲーム機は持てないよな…

 なんか、ゲームをやってる姿だけキツネで見たいかも……

「あ、そうだ。この神社が出来た訳、分かったんだ」

「ほぅ。わざわざ調べたのか? 暇な奴だなー」

「自分で調べろって言ったんだろ!」

「そうだっけか?」

 悪びれもせず笑う。

 まぁ、俺も調べたんじゃなくて、話聞いてだけなんだけど。しかも又聞き。

 先生から聞いた通りの話をしてやると、神様は『ああ、そうそう。そんな感じ』

とか言ってたけど、本当に思い出しているのか疑わしい。

「その頃はまだ参拝客も来てなぁ。割と有名だったんだぜ? この神社」

「へー、じゃ昔はそれなりだったんだ」

「おうよ。上総の稲荷様ってな、階段の下まで行列が出来たんだぜ!」

「階段の下までってのは嘘だろ?」

「細けー事気にするな」

「で? 何で今はこんな事に?」

「さぁな。人間側に余裕が無くなったんじゃねぇの?」

「余裕?」

「心のさ。神に縋る暇もなく、自力でなんとかしなきゃならない状況が続いた結果、信仰を忘れちまったんだろうさ」

宙を見ながらそう言う神様は、なんとなく寂しそうにも見えた。

今日は、ずっとそんな取り留めも無い話をしていると、いつの間にか空が暗くなって来ていた。

「やべっ。そろそろ帰らないと」

「おー。気ぃ付けて帰れや。ってそう言えば篤の家ってどの辺なんだ?」

「クヌギ」

「だったら階段降りてくよりこっちの道から行った方が近いぞ」

 そう言って神様が指し示したのは社の裏手にある、獣道の様な道だった。

 って言うか獣道だ。

「え、でも道わかんないし……」

 とりあえず、適当な事を言って断ってみる。

「一本道だから大丈夫だ」

 ……ああ、そう。

 しかし、でもなぁ。歩いて帰るのもマジ面倒だしなぁ……

「っしゃ、んじゃ、行ってみるわ」

「おー。彷徨うなよー」

「嫌な事言うな!」

 俺が社から出るとまたゲームに手を伸ばす。

 ほんとに気に入ったんだな。

「あ?! ここに出るのかぁ」

獣道をしばらく歩くと、だんだんと砂利道になり、大通りが見えて来た。

 家の壁と家の壁の間。

 そんな妙な場所から体を出した俺を、通行人が不審な目で見ていたが、まぁ、仕方ない。

 って、言うか、この町の地形はどうなってるんだ?

「ここ、うちの前の通りじゃん」

 さすが年の甲ってか?

 考えた事も無かったけど、あいつ何歳なんだろ?


その日、俺は奇妙な夢を見た………






    人の心がみせる夢


 ん? どこだ? ここ……

 人間、自分が夢を見てるんだ。って分かる時ってあるよね?

 今の俺は、まさにそれだった。

「おぉーい、こっち荷ってくれぇ」

「はいよー」

 お? 今の、返事したのが俺か。じゃ、呼んだのはきっと母さんだな。

 『ニナウ』って、なんだろ?

「収穫の時は、男手があるとやっぱり助からぁなぁ」

「だなぁ。うちはええ息子授かったわ」

「まったく……こんな時ばっかり、調子のええ……」

 カラカラと笑う声が聞こえて来る。

 どうやらこの夢は随分古い時間設定で、今は収穫の時期らしい。

 ん? あれ……

「どした?」

「いやぁ、あっこにうずくまってるの、お狐様じゃなかろか?」

「あれ、ほんとじゃ。お狐様じゃ」

 (夢の中の)俺が見つけたのは、道にうずくまって動かないでいるキツネだった。

「こん、お狐様怪我しとる」

「ほんまじゃ。けど、怪我だけのわりにゃ様子がおかしくねぇか?」

「……病気にかかってるんじゃ、きっと」

「あれ! ほんじゃはよう何とかせにゃ……」

「けどぉ、人間のお医者に診せてもわかるんじゃろか?」

「先生に、来て貰うだけ来てもらうべ」

 最初に見つけた俺が、濡らした布でキツネの体を拭いてやってるうちに、おばちゃん二人がどうにかこうにか医者を連れて来た。

「先生、どうにかならんかのぉ?」

「だめじゃ……こりゃもうお助けできん……」

「どうにかならんかのぉ……ずっとこの村を守ってくれたお狐様じゃ……」

「いや、こんお狐様は、お役目を果して神様の所に召されるんじゃ。後で立派な社に祭ってさしあげよう」

「ほぉじゃなぁ……」


  え? 社?!

  って事は、今の…………… 


「夢、か?」

 妙に、リアルな夢だった。

 妙に、懐かしい夢だった……

 じゃあ、やっぱり、あの狐が、あの神様で……

 あの男が…俺……だったの、か?






    夢と興味


「日本は昔、卑弥呼と言う女の人を国の代表に置き、神の言葉を聞いて農作主流の生活を送っていました」

 次の日俺は、少々寝不足で学校に行った。

 ほとんどの授業を寝て過ごしていたけど、社会の授業で少し目が覚めた。

 授業によると、神様と会話の出来る特別な人が昔はいて、その代表者が『卑弥呼』と言う女の人で、今で言う天皇陛下にあたる地位を持っていたらしい。

(じゃあ俺は偉いのか?)

 神様はどうやら今の所俺にしか見えてないらしいし。

 しかし、先生が言うには、卑弥呼とは神様に稲を刈ってもいい時とか、天気とか、災害が起きる時とかを聞いて、みんなに教えてたから偉かったんだそうだ。

 あいつが祭られるようになった理由は、たしか神様の意志を伝えたから……

 え? じゃああいつ卑弥呼と同格??

 天皇陛下みたいにえらいの?!

「風間君? どうしました? 何か質問でもあるの?」

「あ、いえ……なんでもありません」

 一人で驚いてたから、妙に目立ってしまった……

授業が終わってHRも終わって、皆が一斉に動き出す。

「篤、一緒に帰ろうぜー」

「悪い、担任に呼び出されてんだ」

「おぉ? 何したんだよー?」

「進路、まだ提出してないんだ」

 そう、俺は中三の秋にもなるってこの時期にまだ進路を提出していなかった。

 そりゃ、先生も焦るわな。

 そんな訳で、俺は今、職員室で担任と向かい合い、深刻そうな顔をして、話し合ってみたりしている。

「風間―。お前なんかやりたい事ないのか?」

「やりたい事ですか……」

 大学や専門学校に進学する訳ではないのに、いきなりやりたい事とは、思い切った質問だな先生。

「やりたい事があるなら、普通科の学校じゃなくて、工業科とか、農業科とかあるだろう?」

「はぁ……」

 農業も工業も興味が無かった。

 あえて今一番何に興味があるかと言われれば…………

「……民間伝承……」

「なに?」

 出すつもりは無かったのに、口に出してしまった言葉は、焦っている担任の耳にもしっかりと届いてしまったようだ。

「お前、民間伝承とかそう言うの興味あったのか?」

 やばい、担任は社会の先生だ。

 目がキラキラしてるぞ~。

「民間伝承って事は歴史だな。歴史って言うと文科系か……だったらこの高校なんかどうだ? ここだったら高校は普通科で、上に付いてる大学に伝承なんかを研究する学部があるからいいと思うぞ? さもなきゃなー……」

 長引く。

 これ絶対長引く……

(今日は医者行けないな~……)

 変わりに明日行こうと決意し、何気に自分も焦っていたので今日中に志望校を決めてしまおうと再び担任の言う事にちゃんと耳を傾けた。






    興味の対象


「よぉ」

 一日遅れでの通院の後、例のごとく神社に寄った。

「お? また来たんか」

「悪いのかよ?」

「いや、嬉しい」

意外に素直な答えに付いてきた表情は、これ以上無いくらいの満面の笑みで、本当に嬉しいんだろうな、と、本当は寂しいんだろうな、と二つの感想を持った。

「そういやぁこないだっから思ってたんだけどよ、手ぇどうしたんだ?」

「お前、物凄く今更な質問じゃないか? それ」

「まぁそうなんだけどよ。医者とか言ってたから怪我でもしてんのかなって思ってよ」

「分かってるなら聞くなよ」

「可愛く無いガキだな。それじゃあ質問を変えよう。なんで怪我をして、どれくらい酷い怪我なんだ?」

「体育の授業でボーっとしてて、ボール来たの気が付かなくて、顔面にぶつかる前に手でガードしたら指の靭帯伸ばした。しばらくは通えって医者に言われてる」

「そうか」

「そうかってそんだけかよ? 神様なんだから治してやるよ、とか何か無いのかよ?」

「ばか。神様にだって役割ってのがあるんだよ。俺はだたの狐だからな、この土地の守護しか出来ない」

「なんだ、じゃ俺は卑弥呼になれないのか」

「卑弥呼? 邪馬台国の姫巫女か? あんなのは周りが神様を信じてたから偉くなれただけだ、今じゃ頭おかしい奴だと思われて終わりだぞ? それに神の声を聞いてたんじゃなくて単に星を読んでいただけだって話しもあるんだぜ?」

「…詳しいな」

「お前ももう少し経ったら学校で習うよ」

 時々、この神様は何歳なんだろうと思う。

 どれくらいの時間を、ここで過ごして来たんだろう、と……

(こいつの他にも、どっかに同じ様に祭られて、放って置かれてる神様が居るのかな……)

 こいつは、俺と会話してるけど、他の神様は、どうなんだろう?

 他の神様も、やっばりこいつみたいに可笑しいのかな?

 話している時はやけに子供っぽくて、でも、たまに物凄く年上…って言うか時代を感じさせる言動もある。

 かと言えば、この間のように、ちゃんと神様っぽいところも見れる。

 ……変な奴。

「そうだ。お前長生きなら歴史の勉強教えろよ」

「教えてやらなくも無いが、教科書と史実は違ってる場合があるからなぁ。役に立つかわからんぞ? しかもこの近辺の事か、かなりでかい事件かどっちかしか知らん」

「……ほんと役に立たねぇ」

「学校に行くなら自力で勉強しろ」

「ちぇ……」

 神様とはいつも雑談ばかりだった。

 夏の終わりから始って、秋になった。

 始めは半袖だった俺の服も、今は完全に長袖になっていた。

 それでも少し肌寒い日もある。

 もうすぐ、冬になろうとしている。






    対象の変化   


「よぉし、完治だな。もう来なくて平気だぞ」

医者に通って二ヵ月半目の言葉。

と言っても毎日来なくて良くなっただけで、一ヵ月に一度は来る事。と言うおまけ付きだったが、とりあえずは、終るわけだ。

やっとこの遠征治療とおさらばできるぜ。

「ありがとうございましたー」

 初めて言うちゃんとしたお礼。

 なるべくならもう来たくないな、と思いつつ接骨院を後にした。

(あー……じゃぁ、当分この階段も登らないんだなぁ)

 そう思うと妙に考え深い物があった。

 単なる気まぐれで登った階段が、神社に続いてて、そこで神様と会うなんて。

普通は出来ない経験だ。

 最近、サボらなくても登れるようになっていた階段を、やっぱりサボらず、でもゆっくりと登ってみる。

(夏と違って色んな物が、セピア色だなー…)

 冬景色に変化しつつある木々を見てそう思う。

 階段を登り切った所で、何時もの神社が見えて来た。

 でも、神様の姿が無かった。

(何処いったんだ?)

 もしかして社の中かな。

 そう思って明けてみると…… いた。

「おおーい」

 社の扉を開けながら問いかけると、社の中から神様の声が聞こえて来た。

「おー、篤かぁ」

「なんだよ、寝てたのか?」

「最近ゲームやりすぎでなぁ。ちょっと休憩してた」

「神様でも目とか疲れるんだな」

「んまぁ、そんな感覚がするだけなのかもしれないけどなー」

 雑談をしていて気が付いたけど、神様の来ている着物が、少し何時もと違っていた。

 心なしか暖かそうだ。

「なぁ、着物。冬用?」

「着物? ああ、お前には俺は人間に見えるんだっけな」

(そっか、こいつ本当は狐なんだっけ……って事は、外寒いから、俺の想像で着物が暖かそうな物に変わったのか?)

 そうは思ったけど、神様が着ている着物は、俺が見た事の無い物だったし、俺は着物に詳しくないから、冬用の着物なんてどんなものか分からない。

 なのに、何でだろ?

「毛皮が冬毛になったからだろ」

 意外に簡単な答えが神様から返って来た。

 あー……毛皮ね。

「尻尾首に巻いたら暖かそうだなぁ……毛皮…コート……」

「不吉な事言うなよ……」

 まだ毛皮のコートを着るくらい寒いわけじゃないけど、神様のふさふさした尻尾は気持ち良さそうだった。

(いいなぁ……気持ち良さそうだなぁ……)

 そんな事を思っていたせいか、俺の手は無意識のうちに神様の尻尾を掴んでいた。

「篤―」

「んー?」

「離せー」

「なんで?」

 気持ち良いのに。

「動物は大抵、尻尾触られるのが嫌いなんだ」

「そうなの?」

 だから近所の犬の尻尾掴んだ時吠えられたのか……

 嫌だと言うのなら仕方ない。

 素直に尻尾を離すと、どうやら耳も冬毛になっているのか、ふさふさしているのに気が付いた。

「耳にも冬毛ってあるのか?」

 言いながら耳に触る。

 別に嫌そうではなかったので、そのまま触っていることにした。

「あるんじゃねぇか? 俺自分じゃ見れないし」

「ふーん」

 ぽふぽふと耳を触っていると、神様が思い出したように俺の手の事を聞いてきた。

「今日来た時から思ってたんだけどよ、包帯外れたんだな」

「ああ、そうそう。治ったんだよ、やっとー」

 包帯が外れて、やっと自分の思うとおりに動かせるようになった指を見せる。

 開いた指は、怪我をした人指し指にだけ妙な感じが残ってるけど、痛くは無い。

「まだ一ヶ月に一回は来なきゃならないんだけど、今みたいに通わなくてもいいんだー」

「おぅ、そりゃよかったなぁ」

 胡座をかいてにこやかに笑う。

 俺が、医者に行かないって事は、ここにもあんまり来なくなるって事で……

 だけど、神様は寂しそうな素振りなんか見せなかった。

 実際寂しくないのかも知れない。

 ただの強がりなのかもしれない。

 だけど、どっちだか分からないからこそ、俺はその話題に触れないようにした。

「これから暗くなるの早くなるしさ、どうしようかって思ってたから丁度良かったかも」

「暗くたって、どうせ車でも使う気だったんだろ?」

「あははー。まぁねー」

「今の奴等は贅沢なんだよ」

「だけど、ある物は使わないとなー」

「自分が運転出来る様になってから言えそう言う事は」

「んな事言ったら後4年は先じゃん」

「なんだ、車の運転するのには年が関係あるのか」

「知らないで言ってたのかよ……」

「おう」

 やっぱ、こいつ馬鹿だな。うん。

「車運転するのには免許が必要で、免許を取るのには18歳からじゃなきゃ駄目なんだよ」

「なんで18じゃなきゃ駄目なんだ?」

 ……なんでだ?

「そんなん、大人が決めた決まりだから、わかんないよ」

「解らない事はまず調べてみろよ。そんな年から長い物に巻かれてどうする?」

「だって、決まり多すぎていちいち調べらんないよ」

「免許が18からなのは、事故を起した時、自力で責任が取れる年齢だからだろ」

 !

 こいつ!

「お前、知ってて聞いてきたなぁ!」

「俺は勉強好きだからなぁ」

 得意そうに言う。

 ムカツク………

「お前、ここから動かないでどうやって知るんだよ?」

「色々、鳥の話聞いたり、虫の話聞いたり、風に乗って流れてくるお前等の声を聞いたり、水の流れに乗って来る人の意識を見たり」

「水?」

「初めて会った場所に、水のみ場あっただろ? あれ湧き水なんだ」

「だって、あれって人工的に作ったやつなんじゃないの」

 俺はてっきり水道管とか使って、普通の神社とかにあるのと同じで元栓とかもあって、ただ、古くて壊れてるから、ずっと水が流れているだけだと思ってた。

「昔っからの湧き水でな、それを利用して水のみ場を作ったんだ」

「へぇーー……」

 湧き水なんて、今じゃ凄く珍しい物だ。

 俺だってそれくらい知ってる。

 山とか、すごい田舎に旅行に行ったときしか見れないと思っていた『湧き水』がこんな傍にあったなんて驚いた。

「篤、今なんか水筒変わりになる物持ってるか?」

「へ? ペットボトル持ってるけど? なんで?」

「もう、あんまり来なくなるんだろ? 記念として湧き水を持ち帰らせてやろう」

「え、汲んでっていいの?」

「ああ。誰も使わないんじゃぁ勿体無いしな」

「あー、母さんが喜びそうだー」

「料理とかに使うと味が違うぞー」

「へー」

 ……あ、でもなんて説明しよう?

 そん辺で汲んで来たって言ったら、たぶん速攻で捨てられるしなぁ……

 ああ、医者に貰ったとでも言っておこう。

どうせ『お礼いっといてね』とか言うだけで自分からお礼に出向こうとは思わないだろう。

 水も汲ませて貰って、そろそろ帰ろうかな、と言う時に神様にゲームを渡された。

「なんだ? もういいのか?」

「いや、篤来なくなるんだろ? だったら返さねぇとな」

 普通の事のように言う。

 確かに、普通の事なんだけど、なんか………

「いいよ」

「あ?」

「持ってていいよ。全然来なくなるわけじゃないんだし」

 俺が、寂しかった。

 多分、医者って言う用事が無ければ、何だかんだ理由をつけてここまで来る事はしないだろう自分が、簡単に想像がついたから、あんまり来なくなるのは確実だ。

 でも、あっさり何にも繋がりが無くなっちゃうのが、少し、寂しかった。

「またさ、また来た時に返すんでいいよ」

 そう言う俺に、神様は笑って『分かった』と言った。

 その笑顔は、何時もの笑顔と、少し違っていたような気がする。






    変化した生活と出会い


「篤ー! 行こうぜー」

「おー!」

 指が完治した俺は、医者に行っていた間、悪くなっていた友達付き合いに忙しかった。

「風間先輩! やっと復帰ですか?」

「悪い」

「怪我だから仕方ないですけど、一言声掛けるとか、顔出してってくれるくらい、したってよかったじゃないですかー! 引継ぎの時期に居ないから予算とか大変だったんですよ!」

「だから、悪かったって」

 卒業前の引継ぎの為に、一旦部活も再開した。

 本当は秋口には予算の報告とか、次期部長の指名とか、色々やらなきゃいけない事があって、しかも、初冬には一年生の大会『新人戦』が控えているのだ。

 練習メニューとかも考えなきゃならなかったし、選手選抜もしなきゃならなかった。

「もう、副部長と俺と顧問で殆どやっちゃいました」

「はいはい、ご苦労様でした」

「感情がこもってません! もう風間先輩はちゃっちゃと次期部長決めて受験勉強でも何でもして下さい!」

 久しぶりに復帰した先輩に向かって、ずけずけと……

 面倒だからこいつに部長を押し付けよう……。

 しかし、受験かぁ……

 今から頭痛いかも。

 進路希望が大幅に遅れて決まったので、学校見学から、願書取りに行くのやらで、出かける事が多くて、帰りが遅くなる事もしばしばあった。

 結局、この間担任と話した結果、高校は普通科で、上に付いている大学が伝承なんかに力を入れている学科がある所に行く事にした。

 いきなりそんな話をしたら、両親は驚いていたけど、やりたい事をやってみろ、と許可も無事頂けた。

 高校3年間普通科生活の中で、やりたい事が変わったら、大学なり、専門学校なりの進学先を変更させれば良いだけの話だ。

 そう考えながら、とりあえず第一志望に決めた学校に、学校見学を兼ねた願書貰いで訪問をした。

「風間君は、民間伝承に興味があるそうだね」

 一通り学校を案内してくれた教師が、帰りがけにそう聞いて来た。

 この年で伝承に興味があるのが珍しいらしい。

「なにか、ご近所に伝わる有名な伝承があるのかい?」

「別に、有名ではないんですけど……」

 穏やかに、いかにも『教授』って名前が似合いそうな初老の教師は、俺の話を興味深そうに聞いた。

「そうか……お狐様ね。本当に君は、面白い物に興味を持つ」

「おかしいですか?」

「いやいや、そうじゃないよ」

 少し、不機嫌そうに言った俺を、宥めるように教師は首を横に振る。

 微笑を浮べながら話し始めた、その言葉に、俺は驚いた。

「私はね、自分と同じ物に興味を持ってくれる若い人が居るのが嬉しいんだよ」

「え?」

「私もね、お稲荷様から始まって、狛狐、狐にまつわる童話、民間伝承。そう言った物を研究しているんだよ」

 そう言われて思い出した。

 この教師の名前には聞き覚えがあったんだ。

 以前、本屋で見つけた、狛犬ならぬ、狛狐の写真集。

それの著者名と同じだ。

「……先生は、なんで狐に興味を持ったんです?」

「うん、地元にね。やっぱり有名ではないんだけど、狐にまつわる話があってね」

 談話室に通されて、紅茶を勧められながら聞いた先生の話は、俺の聞いた稲荷神社の生い立ちとはまた全然違った物だった。

「昔ね、うちの地元では割と有名なお寺があったんだ。そのお寺では、お坊様になる為の修行も行なわれていて、多くの修行僧が居たんだそうだ」

 その中でも、人一倍熱心に仏法を習う者がいて、周りからもこいつは徳の高いお坊様になれるだろうと、期待されていたのだそうだ。

 ところがある日、ひょんな事からその修行僧が狐だった事がバレてしまった。

 正体を知られた狐は、元の住みかの山深くに消えてしまった。

 けどお坊様を始めとして、皆が狐でも、立派な修行僧に違いないと狐を迎えに行ったが、狐は獣の身である自分を恥じて出て来てくれない。

 仕方がないと、お坊様は山の入り口に神社を建てて、狐にこう言った。

『姿を見せるのが嫌なら仕方がないが、私達に迷う事があって、それを誰にも打ち明けられないで居たら、ここで弱音を吐く事を許してくれないだろうか? 私達の言葉にお前が何か思う事があったらなら、姿は見せなくてもいいから、声を掛けておくれ』

 それからと言う物、愚痴や弱音はもちろん、相談事や悩み事があると、地元の者はその神社に行くようになったのだった。

「私はこの話を聞いた時に、勉強熱心な狐も偉いと思ったが、それを受け入れた人々の優しさに心打たれてね。こう言った多くの伝承を集めて、色々な人に知って貰えたら、と思ったんだ」

 確かに、一緒に修行してたのが狐でしたーなんて事、いくらそいつが頑張ってたからって容易に受け入れられるものじゃない。まして、同じ僧になるっていうならなおさらだ。

 それを「あいつは頑張ってた!」って受け入れて迎に行ける人達も優しいんだろう。

 こういうちょっといい話、は皆好きだろう。

 いい話を広めて神社や伝承に興味を持ってもらえたら、寂しい神様も減るのかもしれない。

「風間君の話とは全く違うけれど、どちらも、人のやさしさと、狐の賢さと暖かさが生んだ物だと思わないかい?」

 教授が微笑みながら問うてきた事に深く頷いた。けど、やっぱり俺は一方的に忘れてしまう人間は寂しいと思うし、変わらず守っている狐が悲しいと思った。

「でも、暖かさから産まれても、今になって忘れられてるのは、可哀想な気がします。人間が忘れても、神様は今もすっと見守ってくれているのに……。可哀想って、思うこと事態が人間の驕りなのかも知れませんけど……」

 と、ここまで言ってはっとした。

 ヤバイ。

 まるで神様が居るのを信じているような言い方だ。

 いや、本当に神様は居るんだけど……でも、他の人から見たら、今の俺って結構イっちゃてる人じゃないか?

「風間君は……」

 うわー……何言われるんだろ? 入学前から妙な印象つけちゃったなー……

「風間君は、素適な感性を持っているね」

「え?」

 意外な言葉が返って来た。

「僕は、そう言う考え方はとても良い事だと思うし、好きだよ」

 ニッコリと微笑みながら言われて、俺は思った。

絶対、この高校に受かって、この先生の下で勉強がしたい、と。

「君が来るのを、期待しているよ」

 別れ際に言われた言葉に、勉強頑張ろう、と奮い立つ。

後に、希望したのは良いけれど、この学校のレベルは俺の今の成績より割と上で、ほんとに本気で頑張らないと行けない事が判明して、俺は親に頼み込んで塾に行かせて貰う決心をした。

「篤、今日は塾か?」

 久しぶりに早く帰って来ていた父さんに声をかけられた。

「無いよ。なんで?」

 昔から、勉強の事に関しては煩く言わなかった父さんが、珍しくそんな事を聞くので、気分転換にやっていたゲームを咎められるのかと思った。

「お前、医者には行かなくて良いのか? 行くなら車出してやるぞ?」

 あ!

 ……忘れてた。

 最近は、学校と塾の往復して、家に帰ってもお勉強って、受験生の生活をしていたから、医者の事なんかすっかり忘れていた。

「行くいく。支度するから、ちょっと待ってて」

「車のエンジンかけとく」

 うちの車は暖房のかかりが遅い。

 だから出かける少し前に先にエンジンをかけておかないと、最初の10分くらいは寒くて仕方ないのだ。

 やっていたゲームがロールプレイングゲームだったが為に、セーブポイントを探して、セーブをしてから消さないとならない。

「…って、敵かよ! 急いでる時に限って良く会うんだよなぁ~~~」

 ぶつぶつ言いながらも、手を動かす。

 いちいち倒してるのも面倒だったので、魔法力がなくなるのを覚悟で、最強魔法だけを使ってダンジョンを進んだ。

「あった、セーブポイント!」

 やっとセーブをして、ゲーム機の電源を切って、上着を取った時にはすでに10分以上が過ぎていた。

「うぁあ、ヤバイ。父さんに怒られる!」

 バタバタと階段を駆け下りて、車に乗り込む。

「ごめん」

 と短く言う俺に『もういいのか?』と父さん。

 ああ、冷静に怒ってる……

 返事をしてから音をたててドアを閉める。

(って……!)

 人差し指に痛みが走った。

「どうした?」

「……ううん、なんでもない」

 ドアを閉めた拍子に、なんか妙な所に力が入って痛かったのかもしれない。

 どうせ今から医者に行くんだ、その時に聞いてみればいい、そう思って父さんには何も言わなかった。

「ここに居るから、いって来い」

 医者の前に車を止めた父さんが、シートを倒しながら言う。

 どうやら俺の診察の間寝て待っているつもりの様だ。

「いってくる」

 寝に入った父さんに気を使って、なるべく小さな音でドアを閉めると、俺は久しぶりの医者の扉をくぐった。

「こんにちはー」

 もう夕方なのに『こんにちは』

 夜でも『おはようございます』

 日本には奇妙な挨拶があるもんだ。

「おー、篤君か。一ヶ月したら来いって言っといたの、忘れてたな?」

「すっかりと」

「それじゃ治る物も治らんぞ? じゃ、こっち来て座って」

 診察室に入って行くと、通ってる頃にいつもいたおじさんとおばさんは居なくて、他の患者さんが何人かいた。

 だけど皆機械を使っての治療中で、先生は暇だったらしく直ぐ見てもらえた。

「先生、さっき車のドア閉めた時痛かったんだけど?」

「ん~? どれ?」

 先生は俺の手を取って触診から始める。

 以前『見れば大体何処が痛いのか分かる。触ればどんな状態か絶対分かる』と豪語していただけあって、それは本当だった。

「篤君、包帯外してから直ぐになんか運動とかしただろう?」

「あ……部活を、ちょっと」

「何部だったっけ?」

「テニス部です」

「右で、ラケット持つんだよな?」

「右利きなんで」

「そのせいだなー……」

 ぐりぐりと、力こそ入れてないが、靭帯を伸ばした個所をさすっていた先生は少し、考えてから固めの包帯を取り出した。

「え? また固定すんの?」

「大人しくしてなかった篤君が悪い。今の状態は、伸びきってはいないが、少し、変な風に靭帯が繋がっちまってる。今回は人差し指だけにしておくけど、また無理に動かしたりなんかすると、本当に曲げられなくなったりするぞ?」

 だったら、当分安静、って言っといてくれれば良かったじゃん!

 その言葉をさすがに言う事はしなかったけど、指が曲らなくなると言う言葉に、俺は当分の間大人しくしていようと心を決めた。

「こう寒いと、たまに何もしてなくても痛くなったり、何気ない動作でもピキって骨が鳴るような感じがするかもしれないけど、それはもうどうしようも無いからな」

少しきつめに巻かれた包帯のせいで、指は再び曲らなくなった。

(う~ん。シャーペンが握れない……)

 それは受験生にとって、非常にまずい事だ。

(仕方ない、ちょっと練習しておいた左を使うか……)

 固定包帯で巻かれていた時に、実はこっそり左手を使う練習もしていたので、俺はなんとなく両利きになっている。

「ありがとうございましたー」

 今度は忘れずに一週間後に来いと釘を刺されて、医者を後にした。

「父さん、車開けて」

「……ああ、終ったのか」

「うん。次は一週間後だってさ」

「そうか」

 相変わらず、父さんとの会話は成立しない。

 仲が悪いんじゃなくて、父さんの反応が短いから、会話になる前に終っちゃうんだ。

 別に気まずいわけでもないから、無言のまま車を走らせていると…

(あ…そういや……)

 神社のある階段。

 それを視界に収めて初めて気が付いた。

 忘れていた事に………

 いや、忘れていたって言うのは、少し違うかもしれない。

 『気にしないでいた』かな?

 忘れていたわけじゃない。

 だって、あいつのお陰で今の志望校があるんだから。

 信号で車が止まっている間、階段をずっと見ていた。

 車が動き出して、階段が見えなくなった時、最後に会った日の事を思い出した。

 神様の笑顔が、何時もと少し違って見えた理由……

(やっぱり、寂しかったんだ)

 だけど、神様はきっと今までもそうだったんだ。

 神様は、長い時間を生きてるから、きっと分かれも沢山あったんだろう。

 いちいち、泣いたり、悲しんだりしないように、わざと。

 寂しくないふりをしているんだろう……。

(来週は、歩きで来よう……)

 それで、医者に行った後に神様の所に行こう。

 車はもう通り過ぎてしまったし、今から引き返すのは父さんに変に思われる。

「ごめん」

 父さんに聞こえないように、小さく呟いた。






    出会いへの喜びと憂い


 もう、本格的な冬になろうとしている。

 風邪が冷たい。

(まぁ、もう俺に寒さはわかんねぇけどさ)

 社の横に立つ木々も、すっかり枯れ葉に変わってしまい、強い風が吹く度に、その葉を1枚ずつ散らして行く。

「鳥、外の様子はどんなもんだ?」

 社の床に止まっている鳥に話し掛けると、おしゃべりな鳥からは弾丸のように言葉が出てくる。

「今年の冬は大分寒いわ。人間達もまいってるみたい。まだ12月の今から、コートだのマフラーだのって着込んで大変そうよ。本当に寒いのはこれから、一月なのにね。でも、人間は良いわよねぇ、暖房だのなんだのってあるもの。私達動物は、ただひたすら寒さに耐えるだけなのにね。しかも、この寒さだって、この間の異常な暑さだって、元はと言えば人間が色々な物空気に蒔いたのが原因だわ。なのに被害に遭うのは私達ばっかり。人間はまた新しい機械を作って、自分達だけ気持ちのいい場所にいて、どんどん自然を壊して行くの」

(始った……鳥の自己主張と人間批判……)

 しくじったなぁ、と思いながら、神様は鳥の言葉に耳を傾けていた。

「人間といえば、前まで良くここに来ていた子供を見たわよ」

「篤に?」

「ええ、あの子供は私がここに来る鳥だって気が付かなかった見たいだけど」

(そりゃそうだろう……人間から見りゃスズメなんかみんな一緒だろ……)

「どんな様子だった?」

「元気そうだったわ。指ももう包帯巻いてなかったし。でも、勉強が忙しそうだったわね」

「勉強?」

「ええ、受験と言うらしいわ。上の学校、高校って言うの。そこに行くのには試験を受けなくちゃならないんですって」

「へぇ、あいつぁどんな学校に行くんだかなぁ」

「高校よりも、もう一つ上の学校、大学って言うのが付いている、付属高校に行きたいみたいよ。先生と話しているのを聞いたけど、どうも調べたい事があって、その学校に行きたいんですって。その調べたい事ってなんだと思う?」

 早口に喋るのが当たり前の鳥が、最後の問いだけゆっくりと聞いて来た。

 なんでそんな風に聞いてきたのかも分からないし、篤の調べたい事と言うのも分からなかったので、神様は首を横に振った。

「稲荷神社の生い立ちや、地方に伝わっている民間伝承を調べたいんですって」

 意外な答えに驚いた。

 きっと今、自分は驚いた間抜けな顔をしているんだろうな、と思っていると

「嬉しそうね」

 と、鳥に突っ込まれた。

「嬉しそうか?」

「とても。私も嬉しいわ。あんな若い子が少しでも、こう言う古い物に興味を抱いてくれているのは喜ばしい事だもの。それに、来なくなったからって、貴方の事を完全に忘れているわけでもないみたいだわ」

「鳥……お前……」

「少し心配だったの。貴方、元気なかったから。あの子が来ている間、とても賑やかだったし。だから、突然来なくなって、がっかりしているんじゃないかって」

「心配してくれたのか?」

「この土地の守りをよ」

 短くそう言うと、鳥は照れ隠しのように飛び立ってしまったが、神様は嬉しかった。

 まだ、平気だ。

 本当は、元気の無い本当の理由は他にあるけれど

 まだ自分を思ってくれる存在がある。

 だから

「まだ、平気だ……」






    憂いと僅かな期待


「ありがとうございましたー」

 医者を出て、帰り道へと足を踏み出した。

 今回は忘れずにちゃんと来たが、結果はあまりよくなかった。

 最初の無理が祟って、ほんの少し、後遺症めいたものが残ると言われた。

 1つは、指をぎゅっと曲げられない。

 これは、ジャンケンなんかでグーを出した時に人差し指だけがちょっと出っ張るくらいだから、問題はなかった。

 2つ目は、今後、凄く重い物を持った後で、人差し指が痛くなる。

 引越しとか、そんな物が無い限り、そんなに頻繁に何十キロもする物を持つとは思わないから、これも別に問題なし。

 で、3つ目。これは、少し嫌だった。

 寒くなったりすると、突然痛くなったり、曲らなくなったりする。

 要はお年寄りとかが良くなる『神経痛』みたいなものだって先生は言ってたから、直る事は無いんだろう。

 どれを取っても、日常生活に支障が出るような問題は無いから、別にいいんだけど、なんか神経痛って、親父くさくてやだなぁ。

 そんな事を考えながら、神社の階段を上り始めた。

(久しぶりに見るとでっかいな……)

 2ヶ月ぶりくらいに見る石段は、一瞬登る気力を損ねそうになったが、休まず登れる事を思い出して、足を動かし始める。

(……やっぱきついなー)

 石段も最後の方になると、最近勉強ばっかりだったせいか、やっぱり体力が無くなって来ていて、辛くなる。

(ほんの2ヶ月なんだけどなー……)

 でも、1ヶ月運動しないだけで、体力は格段に落ちると、凄く前に部活の顧問が言っていたような気がする。

 息も切れ切れにやっと頂上に辿り着いた。

「あれ、いない……」

 いつもなら、社の所に腰掛けている神様が見当たらなかった。

(おかしいな……)

 また中に居るのかと思って、社に近づき、中を覗き込んで見ると、なにか、動物が横たわっているのが見えた。

 その姿は、犬にも見えたけど………

(神様……?)

 狐だ。

 神様が狐に見える。

 確かに、イメージの通りに見えるって言ってたし、元は狐だって言ってたから、不思議じゃないんだけど……

 何でいきなり?

 考えていても仕方ないので、社を開けようと手を掛けると、その音に反応したのか、神様が弾かれるように飛び起きた。

「び、びっくりしたー……」

「! っああ、お前……篤……」

「よ、久しぶり」

 俺の姿を確認して、神様は床に座り直した。

「よく来たなぁ、元気だったみたいじゃねぇか」

「まね。そっちは元気なさそうじゃん?」

「ああ、まぁな……」

 歯切れの悪い返事に、引っ掛かりを覚える。

「なんだよ? なんかあったの?」

「うん……」

 人型に見えないせいで、表情が良くわからないけど、決して嬉しそうじゃないのは分かる。

 聞いてみても答えない所を見ると、俺には、どうする事も出来ない話題なのかと思って、話を変える事にした。

「話し辛いなら、もう聞かないけどさ。言いたくなったら言えよ? 聞くから」

「ぜいぶん、大人っぽい事言うようになったじゃねぇか」

 言葉の中に、いつもの皮肉っぽい響きを感じて、少しホッとしてた。

「2ヶ月で、人間変われるもんなんだよ。俺さ、将来やりたい事決めたんだよ」

「民間伝承、だろ?」

「……なんで知ってんだよ?」

「おしゃべりな鳥が教えてくれた。お前が学校の先生と話してるのを聞いたって」

「なんだ、折角報告に来たのに」

「まあ、そうむくれるな」

 笑ったように見えた。

 うーん、狐の表情っていまいち読み取りづらい。

「んでさ、受験勉強の合間に狐の種類について調べてみたわけ。したら、ざっとで25種類くらい居るのな」

「ほう? 俺らにそんな種類なんてあるのか」

「まぁ、ほとんどが外国から来たか、外国の種類だけどな。日本に昔から居たのは、アカキツネって言う種類の狐の亜種で、本土狐と北狐に分かれるらしいけど、北狐は北海道とかだから、お前は本土狐って種類らしいぞ」

「ほーぅ。で? 篤には今俺はどう見えてるんだ?」

「狐に。やっぱ、これ調べたせいかな?」

「狐に見える原因か? そうじゃないか? 狐の姿のはっきりした物を見たから、そっちの方が印象が強くなったんだろ」

「そっか」

 それから、色々な話をした。

 何時もの雑談だ。

 受験の事は、神様も知ってるみたいで、ほとんどが愚痴だったような気もする。

「まぁ、受験に受かれば、後は好きな事が出来るんだから、頑張れよ」

「頑張るけどさー……」

「で、その受験ってのは何時終るんだ?」

「1番早い試験が1月で、本命は2月。それに落ちたら3月にももう一回試験がある。早くても終るのは2月だなー」

「そうか、じゃあ次来れるとしたら、その時くらいか……」

「……ああ、そうかも」

 医者には、もう来なくて良いと言われて来た。

 だから、意図的に来ようとしなきゃ、もう来ない事になる。

「学校受かったら、報告に来るよ」

「ほんとか?」

「うん。絶対」

 そうでもしなきゃ、来ないような気がするから……

「……じゃ、その時まで、これ、借りてていいか?」

 神様が持ち出したのは、俺が貸したゲームだった。

 まだやってたのか……

「良いけど、飽きない?」

「飽きない。ソフトいっぱいあるし。あ、でも電池くれ」

「はいはい」

 俺はカバンの中に入れてあった新しい電池を神様に渡した。

「なんだ、偉く用意がいいな」

「俺も別のゲームに使ってたから、入れっぱなしになってたんだよ。今はもう使わないけど」

 取り出したのは、神様に貸したのよりも新しい、けど今使ってるのよりは古いゲームを遊んでいた時の予備電池だ。

 最新のゲーム機を買ってもらったせいでもう乾電池は使わなくなってしまったけど、抜くをを忘れて入れっぱなしになってたんだ。

「大切に使えよ?」

「はいはい。ありがたいこってす」

 電池を受け取りながら、感謝の篭ってない返事を返してくる。

「じゃ、俺そろそろ行くわ」

「ああ、受験。頑張れよ」

「おう」

 結局、最後まで神様が沈んでいた理由は教えて貰えなかった。

 言いたくないなら、それでもいいか、俺はそう思って、あえて聞き返さずに神社を後にした。

 早いとこ結果を出して、報告に来よう。ここ神社に。

 そう思ったから。






    期待と絶望の狭間


 鳥の羽音が聞こえる。

「ちょと、何ダラダラしてるのよ!」

 甲高い鳥の声で、神様は目を覚ました。

「鳥か。なんだ?」

「なんだじゃないわよ! なんでそんなにのんびりしてるのよ? まさかとは思うけど、気が付いてないなんて言わないわよね?」

「気が付いてる……」

「じゃぁなんで何の手も打たないの?」

「打てないんだ」

「え?」

「打てないんだよ。俺はそんなに偉い神じゃない」

「だけど……」

 いつも激しく捲くし立てる鳥が、口篭もった。

「ここの取り壊しが決まりそうなのよ…?」

 小さな声で鳥が確認するように言う。

 神様は、その言葉に、軽いため息を付いた。

 実際、もう裏の獣道だった所は木が切られて、補正された道になろうとしている。

 道が整えば、工事の車が入って来るのは必至だろう。

「クヌギへの道さえ整えば、階段使わなくったって便利に移動出来るからなー。マンションを作るには良い土地なんじゃないか? 見晴しも良いし」

「そんな事を言っている場合じゃないでしょう? 下見に来た人間を脅すなり、あの子供に言うなり、何か方法があるじゃない」

「脅すって、お前……俺一応神様何だけど…。それに、篤に言ったって、あいつはまだ子供だし、どうする事もできんだろうさ」

「だけど、この水と木は? 長年この土地を守ってきた貴方は?」

「消えてなくなる。それだけだ……」 

 鳥は、この場所が好きだった。

 止まり木と、湧き水と。

 何より、古くからここに居るこの神様が。

「でも、まだ決まったわけじゃないわよね…」

「まぁな。一応反対してる人間もいる」

「じゃぁ、私達は、その人間達が勝つのを、祈るしかないのね……」

「だな。…無力なもんさ。カミサマなんて…」

 どこか諦めた様に呟くその声が、悲しくて。

 悲しいのが嫌で、鳥はその場から離れた。

 また、この場所に来れる事を信じて、飛び去った……。

 





    狭間からの細い光り

 

 怒涛のごとく、月日は流れて。

 俺は今第一志望の高校に来ていた。

 合格発表だ。

 校門を入って直ぐの所にある掲示板に、結果が張り出されるのを待つ。

 目を瞑って祈る奴、友達同士で騒ぐ奴、少し離れた場所で冷静に待つ奴。

 俺は、少し離れた場所で『冷静を装って内心ドキドキ』の状態で張り出されるのを待っていた。

 来た……!

(257番……257…………)

「あった……」

 受かった!

 受かってた!

 飛び跳ねたいほどの嬉しさがこみ上げてきた。

 でも、俺は一人でここに来てるから、あんまりそう言う事をすると目立って仕方ないからその場では堪えた。

 早く中学に帰って担任に報告しよう。そう思って校門の方に足を向けた俺に向かって、一人の教師が歩み寄ってきた。

「……あ」

「風間君。合格おめでとう」

 学校案内をしてくれた、あの先生だ。

 覚えててくれたんだ……

「ありがとうございます」

「君がうちに来てくれた事、素直に嬉しいと思っているよ」

 にこやかに握手を求められ、それを受けると先生はこう続けた。

「実は、私は高校の方は臨時教師でね。本来大学の教授をしているんだ。良ければ、大学の方に遊びにおいで」

「はい!」

 それじゃ、と先生は学校の方に戻って行った。

 きっと、大学まで進学して、あの先生と一緒に研究をしよう。

 俺はそう思うと共に、早いとこ中学の担任に報告して、神様の所に行こう、そう思った。

「先生! 受かった!」

 職員室に飛び込むなり俺は叫んだ。

 そこには同じく今日、合格発表だった生徒が何人もいて、落ちて泣いている者が多かった……

 雰囲気悪……

(今日は私立の発表だからな……これで皆ワンランク下げた公立にチャレンジか……) 

 前々から行きたい高校を決めて、頑張ってきた連中には、俺はギリギリで決めて受かった、嫌な奴にしか見えないだろう。 

 咄嗟に担任が俺に寄って来て廊下に出された。

「風間―、場の雰囲気を読めよ……」

「んな事言っても……」

「で? 保留とかじゃなくちゃんと受かってたのか?」

「受かってたよ! 失礼な」

「そうかそうか。お前後半頑張ってたもんなぁ。良かったな」

「うん。じゃ」

「おう、早く親御さんに報告しにいけ」

 後ろでそんな声が聞こえたけど、家には途中で電話を入れるだけにして、取り合えず神様の所に向かった。

学校からだったら、前教えて貰った獣道の方が近い。

そう思ってあの道まで行ったら……

「え? 工事中?」

 でかい車と作業員のおっちゃん。うるさい音と、臭いコンクリートの臭い……

「おじさん、ここ、なんで工事なんか…?」

 作業員の一人を捕まえて聞いてみる。

「ここに道作るんだよ。この道が出来りゃ、みなみおおひら南大平に直ぐ行けるんだとよ」

 南大平…接骨院のある地名だ……

 嫌な感じがした。

 作業員のおっちゃんに礼を言ってから、俺は階段の方に走った。

 この通りから、あの階段までは歩きだと20分くらい掛かる。

急いでいたけど、今は車も無いし、何時通るか分からないタクシーを待っている心の余裕が無かったから、途中で走ったり、早歩きしたりして階段の下に急いだ。

 見上げる階段は何時ものままで、ちょっとホッとしながらも、まだ奥の方に不安が残ってて、走ったせいで切れてる息を、大きく吸い込む事で誤魔化して階段を登った。

 長い階段を登って、頂上近くになったら、木と、社が見える…………はずなんだ。

 いつもなら……

「なんだよ…このフェンス………」

 階段を登り切ったところに、神社前の草原を取り囲むように工事用の黄色いフェンスが張られていた。

 フェンスの目立つ所に

  『マンション建設予定地』

 の文字があった。

(神社は……?)

 フェンス越しに覗き込むと、神社はまだ取り壊されないでそこにあった。

 周りの木や、鳥居や、水のみ場も。

「おい! 狐! 居ないのか?! おーい!」

 神社に向かって怒鳴っても、何の反応も無い。

「…くっそ…」

 グルっと見渡して、潜り込めそうな場所を探しても見つからない。

 諦めてフェンスを乗り越えようとしたら……

「おい! お前何やってる!」

 中にいた関係者らしき男に見つかった。

 人いたのかよ!

 捕まると色々ヤバイと思って、俺は逃げ出した。

 階段を下がると、こっちに走って来ていた男も諦めたみたいで、元の場所へ戻って行った。

「……なんでだよ…」

 階段の途中に座り込んで、呟いた。

 何で急にマンションなんか………


【まね。そっちは元気なさそうじゃん?】

【ああ、まぁな……】

【なんだよ? なんかあったの?】

【うん……】


 この事か……

 あの時神様が元気なかったのはこの事だったのか……

 なんであの時言ってくれなかったんだ?

 あの時言ってくれてれば、反対するなり、なんか出来たかも知れないのに……

(あいつ、どこ行ったんだろう…?)

 確か神社から動けないような事を言っていた。

 なのに今、神様は居なかった……

 座り込んでいる俺の横に、スズメが飛んで来た。

「なんだ? 人懐こいスズメだな……」

 スズメは曲げた俺の膝に止まると、じっとこちらを見ながら小さく鳴き声をあげた。

「悪い、俺あげられる物、何も持ってないよ」

 そう言うと、スズメは翼をはためかせたが、飛び去るわけではないらしく、また一声鳴き声を上げた。

「……お前もしかして、神社常連のスズメか?」

 俺の言葉に、スズメは一段高い声でピィと鳴いた。それが俺には『そうだ』と言っているように聞こえた。

「お前は神様がどこに行ったか知ってるか?」

 聞く俺に、スズメは無言だった。

「……知らないのか………」

 言いながら立ち上がると、膝に止まっていたスズメが今度は肩に止まって来た。

「なんとか、ならねぇかな……ならねぇのかな……?」

 誰ともなしに呟いた。

 ピィとまた小さく声を上げてスズメが飛び立つ。

 飛んで行くスズメを見ながら、俺の脳裏には神様が言っていた湧き水と、受かったばかりの高校の教授が浮かんでいた。








            断章


『うわっさみー……』

 寝ている間は気ぃつかなかたけど、やっぱ山の中はさみーなぁー……

人里の方がまだあったけぇや

『よっし、今日もいっちょ飯探しと行くか』

 霜の降りてる草を踏むのは嫌いだ。

 だって足濡れるじゃん。ただでさえ地面が冷たいのに、濡れると更に冷たいし、何より乾くまでずっと冷たさが続くのが嫌なんだ。

 人里に降りたって、霜が降りてるのには変わりないけどよ、人間が作った『道』って奴を通ると、泥は付くけど、そんなに冷たくねぇんだ。俺だってそれくらい分かるんだぜ?

お、ここの稲穂はそろそろ実がなっていい頃合だなぁ……

 ……! 

 やべぇ! 人が来た!

『あれ、狐じゃ』

 捕まる前にずらからねぇと!

『ほんとじゃ、お狐様じゃ』

 へ? お狐「様」? 様って??

『ほんじゃぁ、そろそろこの稲は収穫じゃなぁ』

『んだな、田んぼの神様のお告げじゃ』

 田んぼの神????

『お狐様、お狐様は油揚げに包んだもち米が好物じゃと聞きましたけ、明日の朝、ここに置いておきますけ。お食べなんさい』 

『今は、こんなもんしかお渡しできませんがの。田んぼの神様によろしゅうお伝えくんなせぇ』

『あれ、やだよあんた。神様の御使いにそんな切れっ端の野菜。お狐様、これをおもちくだせぇ』

 って、それ米じゃねぇか…… 俺肉食なんだけど……

『さ、お狐様』

『おい、お前。御使い様が人の手からは食わんだろう。そこに置いて差し上げたらいかんべ』

『ほぉかぁ、ほんじゃな。お狐様、こちらにお供えしておきますけの』

 あ、おい!

 …………どうなってんだ?

 俺はただ、食いもんの季節だから、人里に来ただけなのに……


 ん? おい、そこのメス。どうした? 神妙な顔して

 あ? 人間が急に優しくなった? お前にもか。ああ、俺にもだ。

 人間てのは、訳がわかんねぇなぁ。なんだ、そいつお前の子供か? へぇ、丈夫そうなガキじゃねぇか。しっかり育ててやんな

 しかし……お狐様、ねぇ…………


 おう、同朋。最近人間に会ったかい?

 ほお、会った。じゃ、人間の態度の違いについて、ご自慢の知恵を聞かせてくれよ

 なになに? 人間は田んぼに神様がいて、収穫の時期に田んぼに降り立ってくれると信じてる……

 ほいで? 俺達狐が人里にエサ取りに行くのが丁度収穫の時期と重なってるから、人間は勝手に俺らを神様の使いだと思ってる……… はぁ~~~、人間ってのはめでてぇなぁ。

 けどよ、なんで俺らの好物が油揚げなんだ?

 なに? どっかの村で米倉に近寄ったネズミを食ってくれた礼に色々エサをやったが、その中で油揚げにもち米包んだのだけ無くなってたから、それが好物だと思われてる?

 ばかだなぁ、んなもん、山犬かタヌキなんかがかっぱらってったに決まってんじゃねぇか。肉食の俺達はんなもん食わねぇってのに。

 あ? でも有難がられるのは嫌われるよりまし? まぁなぁ。嫌われたら直ぐに殺されちまうもんなぁ……

 ああ、それじゃぁな。また話聞かせてくれよ。達者でな。


 そうか……米倉に行きゃネズミが食えるな……

『ありゃまぁ、このお狐様うちの米守ってくれた!』

『そん、お狐様ぁうちの米倉も来てくれただよぉ』

『お告げもしてくださって、その上米さ守ってくれる……有難い事じゃて』

『あぁ、有難や……』

 また勘違いかよ~………

 まぁ、害がねぇならいいけどよぉ……


 なんだい、同朋。新ネタか?

 なに? 俺達の尻尾が、実がなって垂れ下がった稲穂に似てるから、豊穣の神だって狐自体を祭ってる所もあるってぇ? そいつぁ驚いたなぁ。けどよ、こっちの勘違いより、そっちの方が納得がいくぜ。尻尾ねぇ。確かに似てらぁ

   ガチン!

 いっ……!

 痛てぇ!!! なんだ?! 罠?!

 痛てぇ! 痛てぇよ!!!

『お狐様! えらいこっちゃ……直ぐ外しますけ。じっとなさってくんなせぇ……』

 若ぇの…… 恩にきるぜぇ……

『あ! まだです、お狐様。傷口縛って、血ぃ止めねぇと』

 あ! お前、自分の着物……

 すまねぇなぁ……

 俺ぁ、御使いでもなんでもねぇのに………

 でもよ、きっと、きっとこの恩は返すぜ! 若ぇの! 

『お狐様! どうなさったね?』

 どうも、こうも……ねぇや

 もうすぐ、俺ぁ死ぬよ………

 ドジっちまったなぁ……切り傷から病気貰っちまうなんざ……

 折角若ぇのに手当てして貰ったのによぉ……

『駄目じゃ……こりゃお助けできん……』

『どうにかならんかのぉ……ずっとこの村に来て下さってたお狐様じゃ……』

 あぁ……そうだな……

 あんた等には……あんた等の米倉には、世話になったなぁ……ネズミ捕りにさ……

 助けても貰ったなぁ……罠にはまったの、助けてくれたなぁ……

 結局、その怪我で俺ぁ死ぬんだけどよ……あの若ぇのにゃまだ恩を返してねぇのに……

『いや、こんお狐様は、お役目を果して神様の元に召されるんじゃ。せめて手厚く葬って差し上げよう。な』

『ほうじゃなぁ………』


 んなら、食いもんの礼と、助けてくれた礼に……出来るなら…俺に出来るなら……

 この村を守ってやる。

 この土地を、さ………ずっと…………



『神様、どうか、今年も豊作でありますように……』

『稲荷様、お陰で今年も穂が実りましただ。おありがとうございます……』

『今年も無事に収穫が終わりましただ。最初のもち米で作ったもんです。どうぞ、好物の稲荷寿司、食べてくんなせぇ』

『おねぇげぇですだ、お稲荷様……どうか、どうかこん雨さ止ませてくんなせぇ……そうじゃねぇと、今年の稲は駄目んなっちまう……』

『なんで、雨を止めてくださらなかった? お陰で今年は凶作じゃぁ……お稲荷様ぁ…どうぞ、どうぞ……』

『最近のお稲荷様はぁ、どうなさったんだべかぁ……? さっぱり、お願いを聞いてくれねくなってしまった………』

『この稲荷様、場所移せないかねぇ? こんな道の途中にあったら邪魔だしねぇ……』

『田んぼが見渡せる丘に移すべ。あそこなら、風通しもええし、お狐様も喜ぶじゃろ』

『毎年お供え持ってくのに、こん坂は辛いのぉ……』

『孫や、こんお稲荷様は長い間、わし等を見守ってくれた稲荷様じゃ。大事にせぇよ?』

『……じじぃの戯言に付き合ってらんねぇよ』

『なぁ親父。なんで近所のばー様、あの丘に稲荷寿司持ってくんだ?』

『お狐様へのお供えだってよ……』

『まだ信じてんの? んなもん。だからこの町は取り残されんだよ……』

『開発が進んでるんだ。田んぼを売って、家を建てた方が良いだろう?』

『あの丘は崩せないか……だったら階段にすればいい。高い所の家の方が見晴しが良いからな、高い値段で売れるだろう』

『あの社は? 狐? 邪魔だなぁ………』

『街開発の為です。取り壊しを!』

『取り壊しを!』

『取り壊しを!』

『取り壊しを!』

『取り壊せ!』








    細い光りと淡い思い出


「決まっちゃいましたね、マンション建つの…」

「うん。だけど、守れた物もあるよ」

「……そうですね」

 階段の下で、神社だった場所を見上げながら、俺は教授と二人並んでいた。

 暖かな日差しの中、新緑の緑をたたえる木々は、これから一部を残して掘り返されてゆく。

「本当に、ありがとうございました。まだ生徒でもない俺の頼み聞いてくれて」

「いや、たいした事をして上げられなくて、申し訳ないと思ってるよ」

「そんな事ありません。教授が居てくれなかったら、きっと全てが壊されてましたから」

 スズメと会ったあの後で、俺は合格発表が終ったばかりの高校に舞い戻った。

『あの、こちらの大学教授にお会いしたいんですけど!』

 発表用の紙を掲示板から剥がしている教員に声をかける。

 突然の事に驚きながらも、俺の様子が大分焦っているのを察してか、発表用紙を剥がし終わってから大学部の方に案内をしてくれた。

『君はさっき合格発表に来ていた子だろう? 受かったのか?』

『あ、はい』

『そうか、おめでとう。で? 何教授だい?』

『あ、えと……』

 一瞬名前がすっ飛んでしまった俺は、狛狐の写真集なんかを出してる……と言うと、教師達の中でも有名らしく、直ぐに呼んで来てくれた。

『お待たせしました。…ああ、君か。どうしたんだい?』

 それから俺は、神社の取り壊しの話と、その神社の水のみ場は、昔からの湧き水なんだと教授に告げた。

 最近、ビルの上とかに神社が建ってるのをテレビでみた。

 もしマンションが建っても、そう言う形で残せないかと思ったんだ。

 でも、俺一人で工事関係者に言ったって信じてもらえないし、本当に湧き水なのか調べて、書類の一つも出さなきゃ、信じてもらえないと思った。

『それで、私の所へ?』

『はい。……駄目でしょうか?』

 随分、突然で、無理なお願いだと分かってる。

 でも、水質調査なんて、それこそ大学の力を借りなきゃ無理だ。

『…いいよ。やってみよう』

『ありがとうございます!』

 そうして、教授のお陰で神社の保存と、湧き水の保存を訴える書類がマンションの建設関係者に渡された。

 流石に大学教授で、民俗学の学者からの報告書類は重く見られ、工事の着工は遅れに遅れた。

 でも……

「水と木は、その場に中庭の様な物を作る事によって守れますが……神社の方は……」

 それが、関係者からの答えだった。

 ここに立つ予定のマンションは、オシャレで洋風の『デザイナーズマンション』とか言う物で、建築デザイナーの人が、どうしても神社を残すのは無理だと言っているらしい。

 俺達は、仕方なくそれで譲歩した。

「一番守りたいものを、守れなかったけどね……」

 教授が言う。

 実は、調査や反対活動を行なっている間、俺はもう高校生になっていた。

 反対活動、と言っても、高校生の俺に何が出来るでもなく、殆どは教授と、大学の先輩方、それに、教授のつてで来てくれた神社などの保存を推進している保存会の人達。

皆に任せきりの状態だった。

 発案者である俺が、萱の外にならない様に、教授は色々な話を聞かせてくれては、活動に参加させてくれていたけど、俺は、ガキで、何も出来ない自分の無力さをただひたすらかみ締めていた……。

活動の間、教授に誘われるままに大学の研究室に入り浸り、色々な神社の話を聞かせて貰っていた。今回のように取り壊された神社や、人々に忘れ去られている寂れた神社は、案外日本中でも割合多く見られると言う話だった。

「その現状に、君はどう思う?」

 教授からの質問に俺は

「人の心に、余裕がなくなったからだと思います……」

 そう、答えた。

 神様が言っていた言葉だ。

「…それは、自分の考えかい?」

「いえ、友人の言葉です……」

 それを切っ掛けに、なんで俺があの神社の事を知ったのか、何で湧き水だと知っていたのかを話すようになった。

 そして、神様の事も、信じてもらえないとは思いつつ、話してみた。

「……君は、とても貴重な体験をしたんだね」

「え?」

「お稲荷様と友達になれたなんて、羨ましい話だ。出来れば、私も会って、話をしてみたかったけどね」

「いい奴だったんです…ほんとに」

 神様は、まだ、どこに居るのか分からない。

 もう居ないのか、まだ、どこかに居るのか……

 それさえもわからなかった。 






命をかける程の大切さではなく

失ってみると、どこか物悲しい……


戦ってでも、守れば良かったのか?

それとも今の現状でよかったのか?


この不思議な体験を通して、俺に一体何が産まれたんだろう?

 

ただその時は、自分と言う存在の小ささと、力なさが身にしみて……


形は消えても、俺の中には残る。

たとえ記憶から無くなっても

それは消えない。


 


友達だった?

……うん。

きっと友達。




俺は、神様と友達だった。






    思い出とそして… 


 そして、時は流れ

 俺は、今

「教授、こちらのお婆さんが民間伝承にお詳しいそうです」

「そうか。それじゃ、御宅に伺うとするか」

「はい」

 教授、か。

 もうそう呼ばれて何年になるだろう?

 俺……いや、私は風間 篤。

 今では風間教授などと呼ばれる、民俗学の研究学者になっている。

 お婆さんのお宅に移動する為、私は開いていた手帳と、ペンをしまう。

(痛っ…)

 右の人差し指に一瞬、鋭い痛みが走ってペンを取り落とす。

「教授、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう」

 落としたペンを拾いながら私を気遣う学生に礼を言う。

 この学生には、中学時代怪我をして、冬になると上手く指が動かない事を話してあった。

「でも、不思議なもんですよね。その怪我をしなきゃ、教授は民間伝承に興味が出なかったんですから」

「ああ、そうだね。あの時、接骨院の帰りに神社を見つけなければ、きっと私は高校卒業後フリーターとかして、ダラダラしていたんだろうな」

「うわー、そんな教授、想像つかないですよ」

 笑いながら言う学生に、私も笑顔で返したが、きっとフリーターになっていたのは確実だな、と思う。

 あの頃の私にはやりたい事が無かった。

 就職なんて考えてもいなかった。

 あの時怪我をしなかったら、神様にも会えなかったんだ……

 そんな事を思いながら、軽く人差し指を擦る。

「ねぇ教授。なんでその神社はそこに建てられたんだと思います?」

「その神社と言うのは?」

「接骨院の帰りに在ったって言う神社ですよ」

「ああ、そうだね。五穀豊穣の神、と言う点で、稲荷様と言うのは、一番人々に親しまれている神様だからかもしれないな」

「親しまれているから、ですか」

「国や、政府と言った大掛かりな組織が作ったんじゃなく、町や村単位で祭られた神社はお稲荷様が一番多いんじゃないかな? 稲荷、つまりは狐が何故豊穣の神となったかは色々な説があるんだ」

 おばあさんの家に向かいながら、昔調べた逸話を学生に話して聞かせる。

 彼は昔の私の様に神社に興味を持ち、私の学科を受講してくれている一人で今は助手のような事をしてくれていた。

「例えば、田んぼの神様が収穫時期を教えるのに使わした御使いだという話。これは、たんに狐の親が子供を育てる為に、人里にエサを捕りに来る時期が収穫時期と重なっていただけなんだが、狐の姿や声を聞いた村人達は『神の御使い』として崇めるようになったそうだ」

「へぇー。でも教授、それって狐は迷惑じゃなかったんですかね?」

「ははっ、迷惑がった狐も居ただろうね」

「でも、祭られれば危害は加えられないか……狐にしたら良いやら悪いやら分からない話ですね」

「そうだね。狐も、人間の行動が不思議でならなかっただろうな」

 昔の私の様に間違えて油揚げを渡されたりもしただろう。

 人間のそんな勝手な思い込みを変だと思いながらも彼らは人と共に暮らしていけていた。

 それが今では人里に降りただけで害獣とされる。

 勘違いだろうと、祀られていた時の方がやはり狐にとっては良かったのかもしれないな。

「教授、他の伝承はどんななんですか?」

「うん、狐の尻尾の形が稲穂に似ているし、ネズミを捕ってくれるから祀られた、と言う説もある」

「へぇー……でも、なんか分かる気もしますね」

「実際、そうして祭られているお稲荷様もあるみたいだよ」

「そうなんですか」

「ああ。それから、もう少し学問的な由来もある」

「なんですか?」

「茶吉尼天と言う神を知っているかい?」

「ダキニテンですか? 確かインドの神、カーリーの侍女で、荒ぶる神とされていますよね?」

 学生の言葉に頷きながら、たしか持っていたはずとカバンを探り茶吉尼天の絵姿が載っている資料を取り出した。

 それを開いて見せると学生は大切そうに受け取って、自分で持ちながら眺める。

 自然と私の指を気遣って、こういう行動を取れるこの若者を私は気にいっていた。

「茶吉尼天は豊穣の神としても祭られている」

「え? それ初耳です」

「そしてその姿は三面ニ臂で、使いである白狐にまたがっているとされている。それに、これ」

 学生の持つ本の挿絵に指を指す。

 茶吉尼天が動物のような姿で書かれているイラストだ。

 茶吉尼天はジャッカルに例えらていたが、神話が伝わった頃日本にはジャッカルが生息おらず当時の人達は曖昧なうちに似ていた狐という事にしてしまったそうだ。

「そこから狐はお稲荷様として祭られた、と言う説もあるんだ。ただ、これは仏教系稲荷様の由来だけどね」

「仏教系って……他にもあるんですか?」

「ああ、お稲荷様には大きく三つあってね。『神道系稲荷神社』『仏教系稲荷神社』の二つと、別格として『飯綱権現』があるんだ」

「どう違うんですか?」

「神道系稲荷様は仏教系と違って狐は完全に『御使い』とされていて、主神は他の神様なんだ。狐を『神』としては祭ってないんだよ」

「そうなんですか? 俺稲荷様イコール狐だと思ってました」

「まぁ、それが一般的だね。しかし、神道系稲荷は宇迦之御魂大神と言う神を主神として祭っている」

「ウカノミタマノオオカミ?」

「宇迦之御魂大神は、素盞嗚尊と大市比売との間に生まれた神で、五穀と蚕桑を司る穀霊神と言われている」

 神話の神様はどうしてか名前が長く難解だ。

 本に書かれている漢字を一度見ただけで音読できる人も少ないだろう。

 横にいる学生も漢字を指でなぞりながら、私の言った言葉を何度か繰り返しながらつぶやいていた。

「すさのおのみこと…おおいちひめ……?」

「そう。その子供の宇迦之御魂大神」

「…が、稲を実らせる神様って事で『お稲荷様』ですか?」

「いい勘だ。宇迦之御魂大神の名前にある『宇迦』や漢字違いで書かれる『宇賀』は、古代語『ウケ・ウカ』から派生していてね、その意味は『食物』」

「あ、それで……」

 ウカノミタマとは食物そのものの霊魂を表していて、宇迦之御魂大神は穀霊神とされている。

 それから『稲荷』とは『稲成り』と言う言葉と、収穫の際に切り取った稲穂を肩にかけ、神に奉納したので、荷を背負う事から『稲を荷う』と言う文字を用いて作られた言葉遊びのような由来がある。

「それでやっと『お稲荷様』に通じるんですね」

「そう。神道系稲荷様で一番有名なのは京都の伏見稲荷様だね」

「あ、京都の赤い鳥居がいっぱいある所ですよね? 俺行きました! 中学校の修学旅行で」

「赤い鳥居や、狛犬ならぬ狛狐はお稲荷様の特徴だからね。日本三大稲荷って聞いた事ないかい?」

「あー……言葉だけは……」

「佐賀県の祐徳稲荷神社と茨城県の笠間稲荷神社。それに、京都の伏見稲荷神社だ。伏見稲荷はお稲荷様の総本山と言われているから、やっぱり有名だね。京都と言う場所がらもあるだろうけど」

「あの赤い鳥居は中学生ながら『すげぇ!』って思いましたもん。でも、京都だとちょくちょく見に行くにはちょっと、勤労学生には辛いんですよねー」

 苦笑していう学生に私も苦笑を返す。

 たしかに新幹線代がもう少し安くなってくれれば研究のための移動も楽なのにと思うことはあった。

 若い頃は夜行バスなんかも使ったが、今となってはそれも体力的に難しい。

「笠間神社なら場所も近いし、今度行ってみると良い。教えて頂いた話によるともう1350年以上の歴史ある神社なんだそうだよ」

「へぇー……祐徳稲荷神社の方はどうなんですか?」

「祐徳神社は貞享四年創建。だから300年以上の歴史があるね」

「そうなんですかぁ……でも、凄いなぁ、何百年も信仰が続いてるなんて…」

「うん、確かにそうだね……」

「教授?」

「いや、私の実家の近くにも、お稲荷様があったと言っただろう?」

「ええ。それで研究を始めたって」

「ただ在っただけじゃ、研究をしようとは思わなかっただろうな」

「なにか、思い出があるんですね」

「ああ、大切な思い出だ」

 あの神社の事を思い出すとき、必ず浮かぶのは吹き抜ける風に気持ちよさそうに目を細めていた神様の姿。

 昔、恩師に話した以外誰にも彼の話をしたことはなかったが、それでも忘れられない大切な思い出だ。

「そして、そのお稲荷様は…取り壊された」

「何でですか?!」

「マンションを建てるのに、邪魔だったんだそうだ」

「ひでぇ。せめて場所移すとか……」

「調べた所によるとね、昔あった場所から移されて、その移された場所が、今回マンションの建設予定地になったんだよ」

「それじゃぁ、もう移す場所がなかったって、事ですか」

「今に伝わる立派なお稲荷様もあれば、人間の身勝手で祭られて、壊されて行くお稲荷様も在るって事だ。私はね、少しでもそう言う、人間のエゴで壊されるお稲荷様がなくなれば良いと、せめて減らせれば良いと思って研究を始めたんだよ」

「そうだったんですか……」

 それに、あいつとの約束でもあったしね。


【狐を祭ってる神社は多いからなぁ。それと同じ理由だろ】

【だから、その理由を教えろよ】

【なんでも聞いてばっかじゃ実にならねぇぞ?】

【…それって暗に自分で調べろって言ってる?】

【そう言う事】


 お前に人生変えられてしまったよ。私は。

 もう、カバンの中の必需品になってしまっている『ゲーム用乾電池』に手を伸ばしつつ、学生に気付かれないようにクスリと笑う。

 きっと今の私をお前が見たら、こう言うんだろうね。


【おう、律儀に調べつづけてんのか? しかし教授だー? 偉くなったぁ篤】


「教授、あれじゃないですかね、お婆さんのお宅」

「ああ、多分そうだね」

「早く行きましょう……!」

 目的地を見つけて顔をほころばせていた学生の足が、急にぴたりと止まって驚いたように振り返る。

「? どうした?」

「いえ、今後ろを、何か通った気がして、振り返ったんですけど……」

「何も居なかったのかい?」

「やだな、それじゃお化けじゃないですか。チラッとだけど見えたんですよ」

「なにがだい?」

「尻尾ですよ、尻尾。白っぽい茶色のふわっとした……」


【いいなぁ……気持ち良さそうだなぁ……】

【篤―、尻尾離せー】

【なんで?】

【動物は大抵尻尾触られるのが嫌いなんだよ】


「教授? なに笑ってんですか?」

「いいや、きっと『あいつ』だよ」

「え?」

「尻尾の正体さ」

「はぁ?」

「私の友達だよ」


 なぁ、カミサマ?


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