薔薇。
「渡したいものがある」
ある日突然、彼氏が
わざわざ電話をかけてきた。
「今から行くね」
電車に乗ってまであたしの家まで来て
渡したいものって、なんだろう?
そう思ったけど、やっぱり
彼氏だから愛しくて。
「うんわかった、待ってるね」って
言って、電話を切った。
お昼過ぎ。うとうとしていたら
玄関のチャイムが鳴った。彼だった。
「なぁに、渡したいものって」
たぶん、その渡したいものっていうのを
背中の後ろに隠しているんだろう。
逆上がりが初めてできた子どもみたいに
自慢げな顔で、彼はにこにこしていた。
「はい、これ」
そう言って、彼が差し出したのは
一本の薔薇。花びらの先が薄桃色で、
花の中心がほんのり緑。
お花屋さんで買ったみたいに、
ピンクのフィルムにラッピングしてあった。
「なんで?今日、何の日?」
「何の日でもない。
ただ、品種改良が成功しただけ。」
「え…じゃあこれ、
あなたがつくったの?」
「そう。今朝咲いた。
どうしても見せたくて。
名前が、まだないんだ。
なにがいいかな。」
彼は、薔薇の花びらを
愛おしそうになでながら言った。
「…うーん、あたしも
ぱっとは思いつかないなあ。
でも、考えてみる。
…ほんとにきれい。ありがとう」
あたしはそう言って、
薔薇をきゅっと胸に抱いた。
彼は、数学の課題が終わってないから、
と言ってすぐに帰ってしまった。
…薔薇、花瓶に飾ろうっと。
そう思って、一輪挿しの華奢な
花瓶を押し入れから引っ張り出した。
リボンを解いて、ラッピングをはがした。
どう飾ろうか、薔薇をいろんな角度で
持ち替えながら見ていたとき。
「痛っ…」
薔薇の棘が、
あたしの左手の薬指に刺さって
小さな傷を作ってしまった。




