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嵩岡町物語-冬-

インフルエンジング!

「38度。こりゃインフルエンザかな」

 俺の脇から体温計を取り出した母親がそこに表示された数字を見て言う。

「断言できんの?風邪かも知れないだろ……」

 俺は全身に倦怠感を感じつつ言う。どうしてもインフルエンザだと学校には連絡して欲しくなかった。

「まぁ医者に行かんと断定は出来ないけどね。この時期だしインフルエンザを疑っといた方がいいでしょ?」

 まぁそれが妥当なのだろう。症状が重い方を疑っといた方が違った場合の対処も楽だろうし。

「とにかく、学校にはインフルかもって連絡しとくから。今日は家で大人しくしてなよ?」

「……うーっす」

 俺は半ば諦めた様に返事をする。大人しく出来るかどうかはあいつらの行動に掛ってくる。が、確実に大人しくは出来ないだろう。あいつらが、主にあの馬鹿が俺がインフルエンザで倒れたと聞いて大人しくしている筈がない。

 電気を消して俺の部屋を出て行った母親と入れ違う様に、部屋の外から別の顔がひょこっと出てきた。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だからさっさと学校行けよ、あや

 いつも活発な妹がとても心配そうな顔をしていた。こいつは俺が病気にかかるといつもそうだ。

「今日、くーとが来る予定だったんだけど、やめた方がいいよね?」

「大人しく寝てっから大丈夫だよ。好きに騒いどけ」

「お兄ちゃん、体弱いんだからちゃんと寝ててよ?」

「わーったから、さっさと行け。遅刻すんぞ」

 そういうと妹は渋々家を出て行った。それに続いて学校に連絡を終えた母親も家を出ていき、朝早くから父親も出勤したこの家には俺以外誰もいなくなった。

「今日は荒れるな……」

 俺には確信があった。なにせ昨日、あいつらとあんな話をしたばかりなのだ。あいつが行動を起こすには持ってこいの状況だ。

 そう、昨日した話とは……。


        §


 放課後の教室には俺達の他には誰も居なかった。貸切状態の教室の隅で俺達は自分達の席で円を描いて座っていた。

「俺たちの力で学級閉鎖を引き起こそうぜ!」

 突然椅子に片足を乗せ、そんな事を言い出すこの馬鹿は春風はるかぜ雅人まさと。俺達の中のムードメイカー的な存在な唯の馬鹿。しかし成績が俺より上なのは未だに納得が出来ない。

「春風くんは休みたいだけでしょ? 成績いいのにサボり癖があるのは関心しないよ?」

 そういいながら俺の横に座る彼女は木村きむらここの。この学校の生徒会副長であり、次期会長である。成績は学年で1位の秀才なのだが、過去に病気で休みがちで友達なんかいなかった俺に雅人が仲良くしてくれた辺りでなぜか俺達とつるむ様になった。理由を聞いても未だに話してくれないのが謎だったりする。

「つか、たった3人がインフルで休んだ程度じゃ学級閉鎖にならねーだろ」

 そして、この場にいる最後の人物である俺、倉本くらもとけいすけが頬杖をつきながら呟く。

「そこは俺が無理矢理にでも来て撒き散らすから安心しろ!」

「傍迷惑だから絶対にやるなよ?」

 俺の秒速の抑制に雅人はふてくされた様に机に突っ伏した。

「でも、正直な話。圭輔くん、体弱いんだから気をつけてね?」

 俺は生まれつき病弱な体質な様で、風邪やらインフルやらの病気にとてもなりやすい。死を覚悟するような病気にはなったことはないが、それでもしょっちゅう病気で寝込むというのも辛いものだ。

「そうだな。今季くらいは学校休まないでいたいもんだな」

「よし、じゃあ倉本がインフルで倒れたら俺と会長でお前ん家行くからな!」

「は、春風くん! 迷惑だよ!?」

「でも、看病くらいは必要だろ?」

「か、看病……! 圭輔くんの……看病……」

心葉は何故か顔を真っ赤にして頭から湯気を出していた。こいつは全くもって理解できない。

「んじゃ、そういうことでよろしく!」

雅人が俺の肩に笑みを浮かべながら手を乗せる。俺はそれに勝るほどの笑顔でこう返した。

「だが、断る」


        §


 ピンポーン。

 昼食を食べ、眠りについていた俺はそのチャイムの音で叩き起こされた。時計を見るとまだ1時だ。あいつらが来るには早すぎる。未だ寝ている頭を必死に活用し、記憶を探る。あぁ、確か今日は成績会議だかで授業が午前中で終わるんだったか。

 俺はだるい体を何とか動かし、玄関に向かう。ドアを開けると同時に耳障りにも近い声が聞こえてきた。

「よう、倉本! 元気か!?」

「元気じゃないのは知ってるだろ。さっさと帰れ」

 そういいながらドアを閉める。しかし、雅人が素直に帰るはずもなく、チャイムを連打し始めた。恐らく、家に上げるまでこれをやり続ける気だろう。微かに心葉が制止させようと奮闘する声が聞こえるが全く効果が期待できそうにはなかった。

 俺は諦めて、再びドアを開ける。それと同時に雅人が元気よく入ってきた。

「心葉、何であいつを止めてくれなかった?」

「わ、私も止めようとしたんだよ! べ、別に春風くんに説得された訳じゃないよ! ま、まぁ確かに圭輔くんのお家に行けるとか、看病できるとか思ったけど、それに釣られたわけじゃないからね! そ、そうよ、釣られた訳じゃなくて、春風くんに押し切られちゃったのよ」

 と捲し立てる様に言い訳を言っているが、最早俺に言っているのか自分に言っているのか判別がつかない。はっきりしているのは、心葉が確実に雅人に説得されたという事実だ。

「よっしゃ、倉本! ゲームやろうぜ!」

 俺の部屋に入るなり、雅人がそういいだした。

「お前、俺がインフルだって聞いて来たんだよな?」

「おうよ!」

「じゃあ一人でやってろよ……。俺は寝る」

「そんな詰まんないこと言うなよー」

 そんな雅人の声を無視してまたベッドに潜り込む。思ったよりも体調が悪いようで、今は本当に寝ていたい。しかし、そんな願いもこいつには届かないようで、「あれ、これどうやってつけるんだ?」やら「なぁーつけてくれよー」といった声が絶え間なく聞こえてくる。

「なぁってばー聞こえてるんだろー?」

「ぐふぉ!」

 挙句の果てには寝ている俺にのしかかってきやがった。

「……お前な、俺は病人なんだぞ?」

「知ってるよ」

 駄目だこいつ。早く何とかしないと。

 俺は仕方なく自室にあるゲーム機をつけてやる。

「なるべく静かにやれよ?」

「わかってるって!」

 とても信用できなかったが、とりあえずは信用するしかない。調子が悪いのに馬鹿と喋ったせいか、喉が乾いてきた。俺は台所に水を飲みに行くために立ち上がる。

「あ、何か持ってくる?」

 それに気づいたように、何故か今まで顔を真っ赤にして放心してた心葉が聞いてくる。

「あぁ、ちょっと水飲みたくてな」

「なら私持ってくるよ」

 そういうと心葉がそそくさと部屋を出ていく。流石は次期生徒会長。気が効くな。正直、台所まで歩いていくのも少し辛いと思っていたところだ。どこぞの馬鹿とは違って安心して頼める。しかし、そう思ったのもつかの間だった。

「にゃぁぁ!? お水が止まらないよぉぉぉ!」

 台所の方からそんな声が聞こえてくる。慌てて台所に走る。台所には涙目になっている心葉が必死に水道のレバーを操作しているが、悲しいことにその向きが反対だった。俺は心葉の手の上からレバーを操作し、水を止めてやる。

「あうぅ……。ごめんね、迷惑かけちゃって」

「別にいいさ……」

 俺はとりあえず心葉から水を受取り、一気に飲み干す。それと同時に今度は俺の部屋から悲鳴が聞こえた。走って自分の部屋に戻る。そこには本棚に襲われている馬鹿の姿があった。

「いや、ちょっと本を取ろうとしたら……な?」

 苦笑いで雅人が言う。いっそこのまま放置しようかとも思ったがそれではこの馬鹿をずっと家に置いておかないといけなくなってしまう。俺がため息をつくと同時に心葉が雅人を助けに動くのが視界の端に見えた。俺もそれに続こうとした時、不意に宙に浮いたかのような浮遊感を覚えた。その浮遊感の正体が何なのか理解した時にはすでに、床が眼前に迫っていた。


     §


 遠くから声が聞こえる。俺より少し幼い女の子が誰かを叱っているような声だ。その声を聞いているうちに意識がはっきりし始めた。俺はゆっくりと重たい瞼を開ける。薄暗い部屋、見慣れた天井。どうやら俺は自分の部屋のベッドに寝ているらしい。

「あ、目、覚めた?」

 俺の顔を覗き込む様に、一人の少女がそこにいた。確か、妹の友達のさくだったか。

「看病しててくれたのか? 悪いな」

「くーはただ見てただけだけど」

 そう呟く朔はそれでもどこか嬉しそうだった。

「今隣の部屋で恵理が二人をお説教中」

 未だ続いているこの声は妹のもう一人の友達の恵理の物らしい。年上相手に全く怯む様子もなく捲し立てている。

「彩美、呼んでくるね」

 そう言い残すと朔は部屋の外に駆けて行った。部屋が一気に静かになった様に感じられたが、すぐに別の人物が部屋に入ってくる。

「お兄ちゃん、大丈夫?」

「まぁなんとかな。まさかぶっ倒れるとは思わなかったけど」

 不安そうにしてる彩美に対して、そう言うものの、実際は全身だるくて仕方ない。

「でもびっくりしたよ。家に帰ってきたらお兄ちゃんが倒れててさ。くーも恵理も大慌て」

「……迷惑かけたな。今日、家で遊ぶはずだったんだろ?」

「大丈夫だよ」

 彩美がほほ笑むと同時に隣からの声が止んだ。部屋の外に恵理が顔を出す。

「それじゃ、私たちはこれで失礼します。この非常識な方々は私が責任を持って外に放り出しとくんで、安心して休んでてくださいね」

 そう言うと、恵理は雅人と心葉を引きづりながら玄関を出て行った。

「彩美、また明日ね」

 それに続いて朔も家を出る。人が減ったことで、急に家が静かになった。

「さてと、お兄ちゃんの為におじやでも作ろうかな」

「そいつは助かるな」

「じゃあちょっと待っててね」

 そう言って彩美は部屋を出る。料理があまり得意じゃない彩美がおじやを作り終えるまではしばらくかかるだろう。それまでは寝ているとしよう。


 これは余談だが、俺はインフルエンザではなく、風邪だったらしく、次の日には大分元気を取り戻していた。そして、雅人と心葉はどこから貰ってきたのか、インフルエンザになってしまったらしい。俺に言わせれば、ざまぁみろって所だな。

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