おおかみさん
女性向けではないです……。
超適当仕様です。辻褄、誤字、「……」の多さ、言葉遣い、これらの突っ込み所満載ですので、イライラしたくない人は回避してください。
矢三が最後の村人になったのは、18歳という生命力のおかげだろう。
その日、フラフラな体を引きずって、なんとか大神さまの神社に行くと、そこには一人の少女がいた。
腰までの髪を結い上げもせず、キリリとした瞳はどこか薄い色をしている。誰だ、と尋ねると、少女は「私の名はカムイだ」と名乗り、とうとうと語った。
「私はオオカミだ。いや、私の先祖はオオカミだ。
先祖は、畑を荒らすイノシシやタヌキを食っていた。あと、前から気にくわない熊がいたので、エサを横取りしようとやっつけた。だがヤツのエサになろうとしていたのは、食ったことない人間だったので、つまんねーやとほおったら人間に、ステキ、抱いてと言われた。
それで子孫はこうなった。
つまり私は人狼だ。
え?『言われた』と『こうなった』の間が重要だと? そこは私も知らない。何そんなに悔しい顔をしてる?
とにかくそんなわけで私は人狼だ。
そして、あれよあれよと先祖代々奉られて、神様扱いされているが、何もできん。
それはそうだろう。一介の人狼がどうやって天候を変えられるのかこっちが聞きたい。こっちだってこの冷害に泣かされている地上の弱者にすぎん。
え?今までのお供え物返せって? それならば言わせてもらうが、3代前の先祖はお供えの餅を喉に詰まらせてあの世へ行ったぞ。祖母も傷んだあけびで食あたりを起こしあの世へ行った。お前ら私たちがホントは食わないと思って適当なもん寄こしてるだろう。それか最初から亡き者にするつもりか。
ところで今回のお供えはなんだ? ん? え? お前?」
カムイの目が細まって、眉間のしわが深くなった。
その視線を受けて、矢三も負けじと顔に皺を作る。
「いや、だってこの飢饉だろ。もう何にも残ってねえのよ。そこに病がきて、もう村には誰もいねえの。俺で最後。だから最後の神頼みでもしようと思って来たわけ。俺が供物」
「残念だったな、神がいなくて。もし私が神だとしても、お前みたいな不味そうなもん口にしたくなどないがな」
肉があれば、それなりに立派な体つきの若者だったに違いないが、着物の間から見える、ガリガリに痩せてあばら骨が浮き出た矢三の体は、せいぜいがだし汁にしか使えないだろう。カムイなら鶏ガラの方を望むが。
「別にお前にはやらねえよ。大神さまじゃないなら、どっかいけ」
「なんだと? では真の姿を冥途の土産に見せてやろう。私に恐れ慄き、ひざまづくがいい」
そう言ってカムイは立ち上がったが、フラリと体が傾き、座っていた矢三に倒れかかってきた。ここは男、なんとかしたかった矢三だが、体に力が入らず、共に地面に倒れた。カムイの座布団にはなったのだからよしとしよう、よく頑張った俺、と言いたいくらいだ。
だがカムイの方は不満げだ。
「……きれいに抱きとめるくらいしろ、馬鹿者……」
「なんだと。誰のおかげで……いいや、やめた……」
地面に大の字になった矢三と、彼の腹をまくらに横たわったカムイは同時につぶやいた。
「腹減った……」
※※※※ ※※※※ ※※※※
「……神様、いねえのかな、やっぱ」
星が出る頃、涼しくなったおかげか、ようやく矢三は喋る力くらいは出てきた。
「だからおらん、と言っただろう。夢を見るな、現実を見ろ。死はすぐそこという……いや、夢を見よう」
「俺さ、小さい頃、神様に助けられたんだよ。大きなイノシシに追われてさ。あれに突き飛ばされて死んじまった奴もいたから、死に物ぐるいで走ってた。けど、どこまでも追いかけてきて、もうダメだと思ったとき、イノシシに飛びかかってかぶりついたヤツがいたんだ。でかいオオカミだったよ。とにかく助かったって安心して、気い失ったんだ。気づいたら村に運ばれてたけどさ。運んでくれたのが神様だったんだよ。うっすら覚えてるんだ。神々しかったなあ……。俺を抱いてる腕とか、長い髪とか、やさしい金色の目とか……」
「……ああ。それはさっき言った祖母だ。大物狙いでな。ついでに子供も大好きだったな」
「……え? あのあけびの?」
「正確には子供の肉か。獲物を狙う時祖母は金の目になる。村の子供はあとあと揉めるからやめろっていつも一族総出で止めてたな。よかったな、命拾いしたぞ、お前」
「やめろやめてくれ! 俺の思い出が! 憧れが!」
「あけびがなかったら虎視眈々と狙われていたぞ、きっと。お前を助けたのは神様じゃなくて傷んだあけびだ」
「ひどい! 夢を見ようって言ったのお前なのに!」
さめざめと泣く矢三に、一矢報いたような顔でカムイはフフフと笑った。ふと矢三はあることに気づいて彼女に尋ねる。
「なあ。その一族はどうしたんだ?」
「獲物の捕れる所へ旅立った。私は弱くてな、この通り一匹狼だ。旅について行けそうもなく、断念した」
「そうか……お互い一人か……」
「そうだ……。死出の旅の仲間だ。仲良くするか」
そうやって力無く笑い合うと、もう殆ど動ける力もない体を大地に投げ出したまま、死を待った。
矢三は考える。今のうちに感謝できるものに感謝しよう。父ちゃん、母ちゃん、丈夫に産んでくれてありがとな。最後まで生きのこっちまうほどだ。
あとこの子にも。最後に一緒にいてくれてありがとう。おかげで一人寂しい最後じゃなくてすんだよ。
あとないか。ああそうだ。カムイの祖母を苦しめたあけびにも感謝しよう。あけび、お前が傷まなきゃ、俺の人生は早い終りだった。傷んでくれてありがとな……。
ぴか。
社が光った。光り輝いた。あの世からの迎えだろうか。それともとうとう大神様のおでましか。
だが動くのもおっくうだ。かたわらのこいつが起きて何事か確かめてくれないかと互いに思いながら、2人は横たわったままでいた。
「……私は神」
か細く、鈴の音のような声。矢三の視界に、薄紫の長い髪、薄紫の着物、薄紫の玉簪をつけた少女が入り込んできた。歳のほどは10歳にも満たないか。
それにしても、今この状態で名乗られても困るだけである。平伏を求めて名乗ったのか、不審者の疑いを払拭するために名乗ったのか分からないが、とにかく神だからといってこちらは何もできない。
しかし何もしないとバチが当たりそうだ、どうにかしようと考えていると、自称神の方がどうにかなった。
幼女神は儚げにふらりと倒れこみ、矢三の足首を枕に横たわった。そして言った。
「……腹が減った……」
馬鹿な。
矢三とカムイはそれ以外頭に浮かばなかった。
※※※※ ※※※※ ※※※※
ジリジリと、地上のあらゆる水分を奪っていく太陽。
少女と幼女が矢三を枕に横たわり、矢三は二人の重みがしんどかろうが、どうでもよくなってきた。
人間、人狼、自称神。
3人ガン首揃えて、何もできないとは。どのくらいそうしていただろうか。
「神様……。あんた何食べれば元気が出るんだ……?」
「心……。祈り……。魂……。好物は祈祷……。あの切羽詰り感……」
「今自分が切羽詰っているがどんな気分だ……?」
人狼少女がいじわるを言うので、自称神はギロリと彼女を睨むが、迫力の欠片もない。にらみ合いをほおって矢三は話を続ける。
「……じゃあ、俺の、少しやるから……神様の力でこの状況、なんとかしてくれ……」
「……弱っている魂はマズい……」
「お前も好き嫌いかよ……。バカかお前ら……」
「じゃあ神とやら……。私のはどうだ……」
カムイが提案したが、自称神はべー…と舌を出した。元気であれば可愛らしい仕草だが、半死半生の身でされても御陀仏にしか見えない。
「毛深くなりそうなもの食えるか……」
「このガキ……」
「餓鬼になれぬから苦しんでおろうが……」
「まて……。じゃこうしよう……。カムイ。狼って一晩でも全力で走れるって聞いたことがある……。俺をちょっと食って……俺と神様……食い物あるトコへ運べ……」
「……食うトコないと言っただろう。マズそうだし……」
「この状況でお前ら……贅沢言えてすげーわ……」
「……じゃあ矢三……お前がやればいいだろう……?」
カムイの言葉に矢三はのろのろと、腹部に横たわる彼女を見つめた。彼女はうつろながらも口角を上げている。
「お前が私を食べればいい……。言っただろう……。私は体が弱い……。たとえお前を完食しても、たいして走れないだろう……」
「……毛深くなるんじゃ……」
「このヤロウ……」
「まてまて待たれよ……。ではこうしよう……」
自称神が提案した。
「公平を喫するのだ……。それぞれに少しずつ、己の一部を差し出す……。矢三も、そこのけだもの女も、わらわも……」
「カムイだ、どチビ……。なるほど……。誰が誰を食べる……? まあ、私はこのエセ神には何も捧げる気はないからな……」
「わらわとておぬしには髪一本与えぬ意気込みよ……」
「そこ……ケンカすんな……。仲良くやろうぜ……」
「じゃあ……。私が矢三にこの身を与えよう……。で、エセ神、お前を食わせろ……」
「わらわの意気込みをなめるな……。飴なめたい……。わらわが矢三の魂を食い、矢三にわらわの力を与えようぞ……」
「どこが公平……お前と矢三で世界が閉じられているぞ……」
「モテてるんだよな俺……。なあそうだよな……雲……」
「矢三……。お前はどうする考えだ……?」
「……そうだな……。魂は神様に、体はカムイに、で、どうだ……。どうせ生きても、村の奴ら誰もいないからさ……。いっそお前らの役に立ちたい……。残さず食ってくれよ……」
少女と幼女に衝撃が走った。やだなにそれかっこいい。
「お前に惚れそうだよ、矢三……。そんなに男気があったなんて。……でもごめん、お前はマズそうなんだ……」
「おぬしの性根、なんと美しいものか……。だがわらわは切羽詰ってない魂は、そんなにあまり……。気持ちだけ受け取っておこうぞ……」
何その「うれしい。でも友達でいよう? その方がいつまでも仲良しでいられるよ私たち!」みたいな残酷さ。
気落ちが、矢三から一気に生命力を奪った。それを幼女神も感じ取ったらしい。
「しっかりせぬか矢三……! 待たれよ……、今にわらわが力を……あ、ない……」
「時間がないのか。……仕方ない、この際……」
意識が次第に遠のく。二人の声も遠のく。
※※※※ ※※※※ ※※※※
目を覚ます。地上の苦しみなどどうでもいい青空は、どこまでものどかだった。まだ生きているのか俺は、と矢三は驚いた。
「気がついたか、矢三。いい具合のようだな」
幼女神の声。あたりを見回すと、視界いっぱい覆う、薄紫がある。なんだこれは。
よく見れば、矢三以上に大きい、あけびの実が立っていた。幼女の声はここからで間違いない。
「まさかお前は……!?」
「そうだ。わらわはあけびの神。力が漲ったのでようやく説明が出来ようぞ。消滅寸前だったところを、お前のわらわに感謝する念が、生き永らえるきっかけとなってくれたのだ。それであのけだもの女からそなたを守護してやろうと人型になったのだが」
「守護……? そういやカムイはどうしたんだ?」
「あそこだ」
あそこだと言われても、指も顔もないあけびはどこを示したのかさっぱり分からないので、自力で探したところ、少し離れたところに、一匹の巨大な狼が横たわっていた。
「カムイ?」
「そう。彼女だ」
狼はただぐったりとして、意識がない。これがカムイ……。本当に人狼だったのか。なんて巨大で優美なのだろう。
まるで昔見た、彼女の祖母のように。
「どうしたんだ? どういうことなんだ?」
「わらわがカムイの魂を食した。……生命力に繋がる魂の減少で、時期彼女は息絶える」
「……ちょっとだけって言ったじゃねえかよ! どれだけ食ったんだよ!」
「彼女の望みだ。おぬしが生き延びるだけの生命力を、わらわが与えられるようにと。カムイとわらわの意志は同じだ。そなたを死なせはせぬ」
「何『いつのまにか仲良くなってる女同士』やってんだよ! おいあけび! 早くこいつになんか与えろ!それか俺の肉を……!」
「わらわはカムイに何もできぬ。流れを変えることはできぬ。寿命という流れにはな。彼女は『飢え死に』の流れにいたのではない。『天命』の流れだったのだ」
「じゅ、寿命……? どういうことだ……?」
「こやつは、幼い頃お前が会った狼と同一だ。御年100。老衰で体が弱り、一人ここに残った。腹が減っていたように見せていたが、実のところはとっくに寿命が尽きそうでフラフラ状態だったのだ。わらわが昔懲らしめたのも忘れて、性懲りもなくおぬしを狙っておるのかと思うておったが……。ただ単に、死出の旅路の同行者が欲しかっただけのことであった」
「……おい、ちょっと待てよ。……じゃ……」
「お前に伝言だ。『騙してごめん。ババアでした。私に憧れていたようだから、助けてやる』」
……昔、綺麗だと思ったあの、大きな狼……。自分を抱える神々しい女の人……。
ずっと憧れた人物、いや狼と一緒にいたのか。
「……何で嘘ついてたんだ? カムイ」
大きな狼はもう何も言わない。穏やかに、目を閉じている。
「早く俺の肉食って目を覚ませよ! もらってばっかで気がすむかってんだ! 食えよ!目え覚まして食え! なああけび、こいつ……うおっ!?」
振り向いた所にいるあけびが先ほどの倍の大きさになっていた。何故だ。俺を食う気かと動物的本能で恐怖を感じる。
あけびは体を少し傾け、ゆらゆら小さく揺れている。
「うむ、困ったのだ。どうやらカムイの魂は思った以上に強いらしい。おつまみ程度でよかったのだな」
「おいおい、お前どうなるんだ? このまま大きくなるのか?」
「そうらしい。森の主になれそうなほどの魂であったのだな。わらわのような幼女の体にはちとつらい」
「吐き出せないのか!? で、またカムイの体に戻すとか……」
「おぬしは咀嚼を終えて胃にたどり着いた食料をどう思う?」
「想像させんなー! 何か方法……方法……そうだ、なんでお前は腹が減るんだ?」
「そうじゃの。……おおそうか、簡単なこと、願いを叶えてやれば労力を使う」
「それか! じゃあけび! あいつに俺の肉を食わせたい!」
「あれとかそれとかやめろ。言霊は重要なものなのだから慎重に言え。それとそうじゃなくて……」
「じゃ、人狼に俺の肉を食わせたい!」
「そ……っ! もっとほら、砕けた願い事があるだろう!」
こちらが願い事を決めさせるわけにはいかないあけびはいらだった。
「んー、じゃカムイを元気にしろ!」
「よしそれだ!」
あけびは確かに小さくはなったが、ほんの少しだ。
「もっと何か!」
「よし、じゃカムイを人間にしてくれ、一人って寂しい!」
「あとの方は自分でどうにかせい! まだ足りん!」
「この飢饉を止めろ!」
ぽんと一気にあけびは、木にぶら下がるあけび程度の大きさになった。
そしてごごごごごごと地鳴りのような音、そして雨雲、雷。
土砂降りの雨が降り、あっというまにあたりに複数の水溜りができた。
茫然と空を見上げる矢三の肩に小さくなったあけびがよじ登り、頬をツンツンする。
「ではの。森に帰る。あやつもおまえも傷んだあけびには気をつけよ」
「……あけび……。ありがとうな……」
「バカあけび。余計なことをしてくれて」
もう一つ声がして振り向けば、カムイがぴんぴんして立っている。ザアザア降る雨でぺっしゃんこの髪の下の顔は、100歳だったとは思えないふくれっ面だった。
あけびは楽し気にぴょんぴょんその頭を跳ねてから、森へと消えていった。
それを見送りながら、矢三が呟く。
「お前、なんで嘘ついてたんだよ。あれは祖母だなんて言って」
「……女心を分かれ。でかい凶暴な女と思われたくなかった」
「……分からん。特に100歳の女心は」
その後、畑も森も蘇った。村で矢三も、人間になったカムイも幸せに暮らした。
※※※※ ※※※※
「……子孫の気も知らないでこの先祖は……」
家に代々伝わる『矢三文書』なるものを読んで彼の子孫は嘆く。何を嘆いているかはまた別の話。
公開未定ですが、続編にはこの3人は出てきません。現代設定の女性向け予定。