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【連載版】「もう遅い」のその前に~失わせ屋へようこそ~  作者: こじまき


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2/10

2 失わせ屋、始めました(2)

あの奥さんは、本当に知り合いに宣伝してくれたらしい。


町の人たちからぽつぽつと依頼が入り、銀貨がちゃりちゃりと小さくうなり始めたころ…


「旦那様がようやく初恋の女性を奥様として迎えられたのに、照れからか、うまくご夫婦の関わりをもてていないのです」


そう言って、このあたりを治めている子爵家の執事がやってきた。


貴族様まで来るようになるとは、さすがに驚きだ。


「恥ずかしさのあまり、奥様を避けたり言葉が少しきつくなってしまったりすることもあって…使用人一同、気を揉んでおるのです」

「ああ…いわゆるツンデレってやつですか?」

「そうです。しかしデレの出方がどうにもわかりにくくて…っ!奥様からすれば冷たく扱われていると誤解されてもいたしかたない状況でして」


執事はぎゅっと拳を握る。


主人思いな使用人だ。


ということは、主人もそれなりの人格者ではあるのだろう。奥さん以外には。


「奥様のお顔は日に日に暗くなっておりますし、このままでは、旦那様はいつか奥様に愛想を尽かされてしまいます…!跡継ぎの問題もございますし、心配で心配で!」


私は「でしょうね」と頷く。


「意地を張りつづけていたらどうなるか、しっかりお見せしましょう」


屋敷に案内された私は、執務室で「なんだなんだ」と目を丸くする子爵に術をかけた。


「未来をどうぞ」



妻に優しい言葉をかけたい。


「ずっと好きだった。妻になってくれて嬉しい」と伝えて、甘い愛の言葉を囁きたい。


もしそう言えたなら、彼女はどんな表情で、どんな言葉を返してくれるだろう。


でも言えない。


恥ずかしい。


顔を見るとどうしても言葉が出てこない。


そんなことを続けているうちに、妻の顔色が暗くなっていく。


食事もあまり食べていないようだ。


こっちまで病気になりそうなくらい、心配だ。


彼女が食べやすい料理を用意するよう厨房に伝え、香や入浴剤も取り揃えさせたけれど、改善しない。


心配しながら地方に出張へ行き、ようやく勇気を出して彼女の好きそうな土産を買って戻ると…


彼女は屋敷にいなかった。


「離婚してください。目も合わせてもらえない結婚生活は辛すぎます」という手紙だけを残して。


彼女の父からは「娘をこんなにやつれさせて!」と怒りの手紙が届いた。


慌てて出向いたが、説明しようにも聞いてもらえない。


彼女に会わせてすらもらえず、離婚するしかなかった。


広い食卓。ひとりきりの食事。


世界はこんなにも…灰色だったろうか。


「初恋だったのに…!愛してるのに…!コンスタンス…!!」



執務室の皮張りの椅子で目を開けた子爵は、しばらく言葉を発しなかった。


音もなく、ただ目から涙が零れていく。


「…コンスタンスは、この時間は庭でお茶だな?」

「はい、旦那様」


彼は立ち上がり、走り出した。


「嫌だ…あんなの…!」


執事が後を追い、私は執務室の窓から庭を見下ろす。


子爵が真っ赤な顔で、どもりどもり妻に何か言い、頭を下げる。


妻が涙を流して彼に抱き着き、彼女の背中に、おずおずと子爵が腕を回す。


執事が目を潤ませながらこちらを見て、私はちょっと笑って頷いた。


彼の場合は、一度殻を破ってしまえば、オプションはいらないかな。


「一応チラシだけ置いていくか」


――順調だった。ここまでは。



その日の依頼人は、噂を聞きつけて隣の領地からやって来たという、商家のお嬢さんだった。


「父が、姉にとんでもない量の仕事を押し付けているのです。確かに姉は優秀ですが、このままでは倒れてしまいます」


心配した依頼人が何度父親に訴えても、「仕事くらいで死ぬことはない」との答え。


その言い分は、私自身も元上司からよく聞いた。


「いや、普通に仕事で死にますからね」

「そうなんです、それが心配で心配で…!」


お嬢さんはぎゅっと胸をおさえた。


「姉は父と夫婦仲の悪かった前妻の子で立場が弱くて、断れないみたいで…」

「なるほど」

「私が姉の仕事を手伝ったら、父は『姉が私に仕事を押し付けた』と姉を叱りつけて逆効果になってしまうし、母は助けてくれないし…!何とか、父に考えを変えてほしいのです」

「わかりました。お父様に未来を体験してもらいましょう」


立派な屋敷の応接間でふんぞり返る男は、露骨に不機嫌そうだった。


「わしは忙しいんだ、何の用だ」


元上司を思い出すこういう人種とは、話すらしたくない。


私は早速術をかけた。



長女の体調が悪いらしい。


医師が薬を処方しても効かない。


効かない薬ならやめてしまえばいいだろう。


体調が悪くても書類仕事くらいならできるはずだ。


昔からあの娘は、前の妻に似て陰気な顔をして気にくわない。


それでも家に置いて養ってやっているのだから、感謝すべきだ。


多少体調が悪くても、役に立てるよう働いて当然だろう。


「お嬢様…!?」

「お姉様!お姉様、しっかりして…!!お願い、目を開けて!!」


ある日、長女は机に突っ伏したまま動かなくなった。


誰が呼びかけても起き上がることはなかった。


「お父様のせいよ…!私は何回も言ったのに…!絶対に許さないから…!!」


可愛い可愛い最愛の次女はそう言って私を睨みつけ、姉の遺品をもって家を出て行った。


そして山積みの書類と、回らない仕事だけが残った。


「あの娘にできていたんだ。わしにだってできる!」


けれど書類の山は日に日に大きくなる。


「なぜだ、なぜなんだ…」


取引先は日に日に減り、商会は潰れて私は一文無しになった。


最後に感じたのは、空も見えない薄汚れた路地のじっとりとした空気と、吐きそうな汚水の臭いだった。



「なんだこれは…!インチキ魔導士め、わしに何をした!!」


男は現実に戻るなり、机を叩いた。


「こんな幻で私を脅すつもりか!こんな…こんな捏造された…」


いちゃもんをつけられるのは納得がいかない。


「私が見せたのは確かに幻影ですが、内容について手心は加えてませんよ。独自の魔法式を使って現在の状況や性格・感情から導き出される、確度の高い未来なので」

「わけのわからんことを並べるな!」

「わかりやすく説明したつもりなんですが…とにかく、分岐はありますけれど『このままならかなりの確率でこうなる未来』と思っていただいて差し支えありません。軍用レベルですよ?」

「黙れ黙れ黙れ!!」


男の怒声が響く。


隣で、依頼主であるこの家の次女がびくりと肩を震わせた。


「お父様、お姉様は今の時点でも過労だとお医者様に診断されています。このままだと本当に死んでしまいます!」

「それならばあいつが弱いだけだ!これくらいで倒れるなど甘えだ!」

「どうして、お父様…!どうしてわかってくれないの…」


依頼主は床にへたりこんで、私を見つめる。


「ティナさん、どうしてですか…」

「後悔を体験しても、変われない人もいるみたいですね」

「そんな…」


私は彼女を抱え起こした。


「残念ですが、あなたの親はそういう人間だったということです。それがわかっただけでも、きっと前進です」

 

依頼主は少し考えて、唇を噛んで頷いた。


けれど父親は、理解していない…理解する気もない顔をしていた。


「出て行け、詐欺師め!純粋な娘を誑かしおって…!」

「はいはい」

 

数週間後、依頼主から「異母姉を連れて屋敷を出た。遠縁を頼り、姉を療養させる」という手紙が届いた。


「『父はきっと変われる』という幻想を砕いてくれて、ありがとう」という言葉と、あの日受け取り損ねた料金。


そして二人が家を出た後しばらくして、あの商家の破産の知らせが小さく新聞に載った。


あの父親がどうなったのかは、わからない。


きっと「あの詐欺師が悪い」「娘が悪い」とでも言いながら、どこかの薄汚れた臭い路地に転がっているのだろう。


そうなった原因が自分にあるのだと、決して理解しようとはしないまま。



今日も客は看板の前で逡巡し、息を整え、決心して扉を開ける。


「いらっしゃい」

「未来を…大切なものを失った後悔を見せてくれるって本当ですか」

「ええ」


私は椅子を勧める。


「このままでは失うだろうもの…失ってからでは遅いものを、お見せできますよ」


男はごくりと喉を鳴らした。


「今からでも、本当に間に合いますか。気づいたら未来は変わるんですか」


私は少しだけ考える。


たいていの人は、手遅れになってから気づく。


だから私は、手遅れになる前に「後悔」を売る。


「手遅れになる前に変わろう」と思えるかどうかは人ぞれぞれだけれど…


「ちゃんと気づける人なら、きっと手遅れにはなりませんよ」

「そう、ですよね…」

「…まずは料金とオプションの説明をさせていただいても?」

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