第6話:朝食が黒パンと泥水!? 魔法のIHコンロとオーブンで『絶品健康モーニング』をDIYせよ
「よーし、今日はさっそくコスメの素材集めに……」
コンコン。
「シャルロッテ様、朝食をお持ちいたしました」
「待ってました! どうぞ入ってちょうだい、マーサ!」
マーサの声に私は勢いよく扉を開けた。
最高の睡眠で完全回復した私の胃袋は、健康的な食事を今か今かと待ちわびている。
辺境とはいえ、ここは由緒正しき公爵城。さぞかし温かいスープや、ふっくらとした焼きたてのパンが……。
「こちらになります」
マーサが申し訳なさそうにテーブルに置いた木製のトレイを見て、私の笑顔は文字通り凍りついた。
そこにあったのは鈍器になりそうなほどカチカチの黒パン。
表面に塩の結晶が浮いた、木片のような干し肉。
そして、具の原型を留めていない、冷めきった泥水のようなスープ。
「……マーサ。確認なんだけど、これは昨日の残飯かしら?」
「い、いえ……! このお城の標準的な朝食でございます……。長引く冬と物資不足で、公爵様も毎日同じものを召し上がっておられます」
「うそでしょ……」
最高の睡眠でフルチャージされた私のQOLゲージが、音を立てて急降下していく。
こんな栄養皆無の食事を毎日続けていれば、肌はボロボロに荒れ、いずれ高血圧で倒れてしまう。美容と健康の基本は内側……つまり食事からのアプローチだ。
「いくら住環境をスマート化しても、食事がこれじゃあリゾートとは呼べないわ。クロスセルの基本は、顧客のライフスタイル全体をカバーすることよ!」
私は腕まくりをして、力強く宣言した。
「マーサ! 厨房へ案内して! まずはこの最悪な食環境の根本的なリノベーションを行うわよ!」
* * *
案内された1階の厨房は、想像を絶する惨状だった。
薄暗く、煤で汚れきった石造りの巨大なかまど。
薪が不足しているのか、火はちょろちょろとしか燃えていない。
恰幅の良い初老の料理長が申し訳なさそうに肩をすくめた。
「お恥ずかしい限りですが……近頃は魔獣のせいで森に薪を拾いに行くのも命がけでして。火力が安定しないため、まともな調理ができないのです」
「なるほど。エネルギー源の供給不足と、旧式設備の熱効率の悪さがボトルネックになっているのね」
私は厨房の設備をぐるりと見渡して、即座に改修プランを練り上げた。
「料理長、退いてくださるかしら?『土魔法』と『炎魔法』の合わせ技を見せてあげるわ」
私は両手を煤だらけのかまどにかざした。
「『土魔法・錬成』!」
巨大で無骨なかまどがみるみるうちに形を変えていく。
表面を平らで滑らかな黒曜石のように磨き上げ、三つの独立した加熱スペースを構築する。
そして、その一つ一つの内部に、昨日お風呂作りで使った『炎の魔法』の魔力を応用して持続発熱の魔法陣を精密に刻み込んだ。
「名付けて、魔力駆動式・トリプルIHコンロ! さらに、下段には熱を逃がさない密閉型のコンベクション・オーブンも併設!」
指先の魔力操作一つでコンロの表面が赤く光り、瞬時に安定した強力な熱が発生する。薪も火起こしの時間も一切不要だ。
……まぁ、魔力がない人には使えないけど……それはこれからの課題ってことで。
「な、なんという……! 薪を使わずに、これほどの火力が……!?」
「驚くのはまだ早いわよ。さあ、今ある食材を全部出してちょうだい!」
料理長とマーサが慌てて持ってきたのは先ほどの鈍器のような黒パン、塩辛い干し肉、地下室でしなびかけていた根菜類。
さらに、奇跡的に残っていた……というか半分凍りかけていた貴重な魔鳥の卵と、粉末ミルクだった。
「……うーん。まぁ、しょうがないわね。でも現状のリソースで最高のものを作り出すわ!」
私は手早く干し肉を細かく刻み、お湯で塩抜きをしながら旨味を抽出する。
並行してIHコンロで玉ねぎと人参をじっくりと炒め、甘みを引き出してから干し肉の出汁と合わせ、栄養満点のポトフを煮込み始めた。
さらに鈍器のような黒パンは薄くスライスし、卵と粉末ミルク、そして魔法のオーブンで作った手作りのドライハーブを少し混ぜた特製アパレイユに浸す。
「これをオーブンでこんがりと焼き上げれば……辺境風・絶品フレンチトーストの完成!」
厨房に香ばしいバターの香りと、ポトフの食欲をそそる匂いが充満する。
さっきまで泥水スープを作っていた料理長は、魔法のような手際と最新設備を前に腰を抜かして拝んでいた。
「よし、熱いうちに公爵様のところへ持っていきましょうか!」
* * *
ヴォルフガング公爵家の執務室。 朝から書類の山と格闘していたアレクセイの机には鈍器のような黒パ』と冷めきった泥水スープが置かれていた。
彼がまさに無表情で木片のような干し肉を口に運ぼうとした、その瞬間。
「公爵様! お待ちください、そんな石膏ボードみたいなパンはお捨てになって!」
バンッと扉を開けて乱入した私と、私が手に持つトレイの上のそれを見て、アレクセイは目を丸くした。
「……シャルロッテ。それは?」
「本日の真の朝食でございます、公爵様! 昨日のスパ体験はいかがでしたか? 本日はオプションプランとして、当リゾートが誇るインナービューティー・モーニングをご用意いたしました!」
私は胸を張り、湯気を立てるポトフと黄金色に焼き上がったフレンチトーストを勧めた。
アレクセイは訝しげに眉をひそめながらも、漂ってくる暴力的なまでに良い匂いに抗えず、スプーンを手にした。
まずは、根菜と干し肉のポトフを一口。
「……っ!?」
彼の氷のような瞳が驚愕に見開かれた。
干し肉の強烈な塩気は完璧に抜け落ち、代わりに凝縮された肉の旨味がスープ全体に溶け出している。
しなびていたはずの野菜はホロホロに崩れ、優しい甘さが胃の腑に染み渡る。
「これは……」
続いてフレンチトーストをフォークで口に運ぶ。
鈍器のように硬かった黒パンが卵とミルクをたっぷり吸い込み、オーブンで焼き上げられたことで外はカリッと、中はフワフワのトロトロに生まれ変わっていた。
「……美味い」
ポツリと、無意識のうちに漏れたような声だった。
彼はスプーンとフォークを動かす手を止められなくなり、無言のまま、あっという間に二人前の朝食を平らげてしまった。
「お粗末様でした! 栄養バランスもバッチリ、消化も良いので胃腸にも優しい設計となっております」
私がドヤ顔で微笑むとアレクセイは口元をナプキンで拭い、複雑な表情で私を見つめた。
「昨日の風呂といい、今日の食事といい。お前は一体、何者だ。王都で温室育ちの令嬢だと聞いていたが……なぜこのような技術を……」
「企業秘密、というやつですわ。それより公爵様。美味しいご飯は、良質な睡眠と同じくらい労働生産性を高めるんですよ?」
「……相変わらずお前の言うことはよくわからんが……確かに、いつもより頭が冴えている気がする。胃の重たさもない」
アレクセイはふっと息をつき、氷のような顔をわずかに綻ばせた。
「これほどの食事が、この城で食べられるというのは……うれしいものだな」
「ええ、もちろん! ただし、お食事は別料金となります!」
私が満面の営業スマイルで手のひらを差し出すと、アレクセイの綻んだ顔がピシリと固まった。
「は?」
「すでに料理長には、最新型オーブンのUIと、出汁の取り方のマニュアルを共有済みです! ですから、毎食のメニュー開発と厨房の近代化コンサルティング料を含め、初期費用としてまずは金貨1枚いただきますわ!」
「ま、また金をとるのか……!?」
「当然です! 明日以降も毎食きっちりご請求させていただきます。だって貴方、言いましたよね?白い結婚って。つまり他人みたいなものなので、お金はきっちり請求させてもらいますからね」
冷徹なはずの氷の公爵は、美しい顔を引きつらせて深く頭を抱え込んだ。
快適な住環境に続き、食事という胃袋のオアシスまで提供したことでマーケターによる氷の公爵の囲い込みと容赦ないマネタイ」は、今日も絶好調に進行しつつある。
――きゅるるるるぅぅぅ……。
その時、静まり返った執務室に私の盛大な腹の虫が鳴り響いた。
「……」
「……」
(……って、私が食べる予定だった二人前の朝食、営業に夢中になってたら公爵様に全部食べられちゃったじゃん!!)
顧客優先で自分のメシを抜きがちな、哀しき元・営業マーケターの性が爆発した瞬間だった。




