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第5話:睡眠負債を返済せよ! 魔法のウォーターベッドで究極の『スリープテック』を実現だ!

「約束の銀貨5枚は、明日マーサに届けさせよう」

「毎度ありがとうございます! またのご利用をお待ちしておりますわ、公爵様!」


すっかり長風呂を満喫し、憑き物が落ちたようなスッキリとした顔で部屋を出ていく公爵アレクセイを見送りながら、私はホクホク顔で扉を閉めた。


追放初日にして、まさかの領主様からのサブスクリプション契約を獲得。幸先が良すぎる。

この調子で彼の疲労を抜き、少しずつ警戒心を解いていけば、私の強力なスポンサーになってくれるはずだ。


……これが夫婦の会話かどうかは今は置いておこう。

白い結婚だとしても、一応は形式上の婚姻を結んでいる者の会話だとは思えないけど……まぁいいや。


「さて、と」


私は改めて、自分の部屋……もとい、真新しい全自動スマート・スパを見渡した。

高級ホテルのスイートルームのように、ベッドルームと同じ空間に巨大なバスタブがあるのは非常にラグジュアリーで良いのだが、このままでは部屋の湿度が上がりすぎてカビが生えてしまう。


「お風呂のお湯は『水魔法』で地下の濾過層へ完全排水。ついでに『風の魔法陣』で室内の換気と除湿をセット……よし、完璧ね」


手元の魔力操作一つで、巨大なバスタブから静かにお湯が引いていく。

床暖房のポカポカとした熱だけを残し、部屋はあっという間に快適な湿度へと調整された。


「ふふっ、これで心置きなく最高の眠りにつけるわ。おやすみなさい、異世界!

私は助走をつけて、部屋の隅に置かれたベッドへとダイブした。

前世では常に睡眠時間3時間の激務。

過労死した私にとって、何にも縛られずに眠れるこの瞬間こそが至福——。


ドスッッ!!


「……っっっっっ痛ぁぁぁい!!?」


背中と腰に走った強烈な鈍痛に、私は蛙が潰れたような悲鳴を上げて飛び起きた。

なんだこれは……?

コンクリートの塊に薄い布を被せただけなのか?


恐る恐るシーツをめくってみると、そこには岩のように硬く圧縮された、古い藁の束が敷き詰められていた。

スプリングはおろか、クッション性など皆無である。

この部屋に案内された時、ベッドのマットレスが岩のように硬いと分析したことをすっかり忘れていた。

ていうかマットレスどこよ。藁じゃねぇか。


「……冗談じゃないわ。こんな拷問器具みたいなベッドで寝たら、良質な睡眠が完全に阻害されるじゃん!!」


私は激怒した。

睡眠は人間が心身の疲労を回復し、脳内の情報を整理するための最も重要なメンテナンス時間だ。

硬すぎるマットレスは腰や肩など特定の部位に体重が集中し、血流を悪化させる。

結果、寝返りが増えて深いノンレム睡眠に入れず、翌朝に寝たのに疲れているという最悪のパフォーマンス低下を引き起こすのだ。


「最高のスパで自律神経を整えたのに、ベッドがこれじゃあプラマイゼロ……いや、マイナス! QOLの根幹を揺るがす重大インシデントだ!」


燃え上がるマーケター(兼、睡眠難民)の怒り。

私は袖をまくり上げ、再び魔力を練り上げた。


ウレタンフォームやコイルスプリングの概念がないこの世界で、究極の体圧分散を実現する最強のマットレスは何か。


答えは一つ。


「水」を使ったアプローチだ。


「『土魔法・錬成』!」


まずは土魔法の応用でシリコンやゴムのように伸縮性と耐久性に優れた柔軟な特殊皮膜を作り出し、ベッドの木枠に合わせて巨大な袋状にする。


そして、その中に——。


「『水魔法』! 限界まで注水!」


特殊皮膜の中に、たっぷりと水を満たしていく。 そう、私が作るのは現代の高級寝具市場でも根強い人気を誇るウォーターベッドだ。

水の浮力は、身体の凹凸に合わせてあらゆる形に変化し、一点に集中する体圧を極限まで分散してくれる。

無重力空間に浮かんでいるような、究極のフィット感を生み出すのだ。


「しかもただの水じゃないわ。水の中に微弱な循環の魔法陣と保温の魔法陣を組み込む!」


ウォーターベッドの唯一の弱点は、中の水が冷えると体温を奪ってしまうことだ。

だが、魔法陣で常に人間の肌温度に保ち、水が腐らないように循環させれば、弱点も完全に克服できる。


「完成……! 名付けてマジック・フローティング・マットレス!」


ぽよん、ぽよん。


手で押してみると、波打つような絶妙な反発力と、人肌の温もりが返ってくる。

私は今度こそ、そっとベッドの上に身体を横たえた。


「〜〜〜〜〜っっ! これよ、これ……!!」


感動のあまり震える声が漏れた。

背中、腰、脚。全身の曲線に合わせてウォーターベッドが形を変え、私を優しくしっかりと包み込んでくれる。

どこにも圧迫感がない。温かい羊水の中に浮かんでいるような、圧倒的な安心感と脱力感。


「体圧分散、完璧……。入眠潜時、推定1分未満……。最高の、スリープテック……」


過労死マーケターの魂は究極のベッドによって完全に救済された。

私は瞬く間に深い深いノンレム睡眠へと引きずり込まれ、泥のように眠りについた。


 * * *


翌朝。


「……んんっ。ふぁ〜あ……っ!」


小鳥のさえずり……辺境なので実際は魔鳥の鳴き声かもしれないけど、とにかく目を覚ました私は、両腕を大きく伸ばしてベッドから起き上がった。


「すごい……! 肩こりも腰痛も完全に消えてる! 睡眠負債、一発で完済だ!」


身体が羽のように軽い。

馬車の長旅の疲労も、前世から引きずっていたような謎の倦怠感もすべてがリセットされている。

究極のスパと究極のベッドの相乗効果は凄まじかった。


最高の目覚めを満喫し、昨日お風呂と一緒に錬成しておいた洗面台の鏡を覗き込んだ私だったが……思わず眉をひそめた。


「……うーん。やっぱり、この辺境は空気が乾燥してるわ……」


指先で自分の頬に触れる。

睡眠の質が良かったおかげで顔色は悪くないものの、肌の表面がカサカサと乾燥し粉を吹き始めている。

悪役令嬢シャルロッテの元々の顔立ちは美しいはずだが、これでは宝の持ち腐れだ。

風呂上がりに保湿ケアを一切していないのだから当然だけど……。



「いくら住環境をスマート化しても、美容がおろそかじゃリゾートとは呼べないわ。……よし、今後のタスクは決まり!」


私は両頬をパンッと叩いて気合を入れた。

目指すは、この辺境の自然素材を活かした極上のボタニカル・コスメの開発だ!



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