第37話:初日売上報告とソロバンの発火! スライム工場と次なる一手
パタパタパタッ……!
極寒の猛吹雪を抜け、一羽の蒼く光る魔法の鳥が、ヴォルフガング城の執務室の窓をすり抜けて飛び込んできた。
「ボス! 王都から旗艦店オープン初日の売上報告書が届きました!」
ルカが魔法の鳥から羊皮紙を受け取り、素早く目を通す。
そして目を瞬かせた。
「こ、これは……? 在庫はすべて夕方前に完売。これなら、マージンを引いても初日の純利益だけで……」
ルカが手元のソロバンを猛スピードで弾き始めた。ちなみにソロバンは私がDIYしたものである。
その直後。
あまりの計算速度と叩き出された桁外れの数字の巨大さに、ソロバンの珠が摩擦熱を起こし、小さな火を吹いた。
そんな馬鹿な。
「ル、ルカ!? ソロバンから火が出てるわよ!」
「問題ありません。すぐに新しいものを作ってください」
「それ、作る側に言うセリフ!?」
「それより……ボス、大勝利です。たった一日で、城の月間維持費の三年分に相当する莫大なキャッシュが転がり込んできました!」
ルカが火のついたソロバンを冷静に窓の外の雪に放り投げながら、高らかに勝利を宣言した。
「ふふっ、あははははっ! やったわ! 王都のセレブたちの承認欲求を見事にハックしてやったのよ!」
私は両手を高く突き上げた。
「彼女たちの誰よりも美しくありたいという本能と、希少性による焦りを煽れば、財布の紐なんて存在しないも同然ね!」
私が歓喜の舞を踊っていると、上座のデスクで書類に目を通していたアレクセイが呆れたように笑みを浮かべた。
「王都のプライドの高い貴族どもが。俺たち辺境の泥と草から作られた美容液に文字通りひれ伏して金貨を差し出しているとはな」
「ええ! 私たちを見捨てた連中から、合法的に富を搾取する最強のスキームの完成ですよ、CEO!」
アレクセイは目を細め、届いたばかりの売上報告書を指で弾いた。
「見事だ、シャルロッテ。これで領地の財政は完全に盤石となった。……だが、超高級品だけではいずれ市場は頭打ちになる。それに王都の貴族は気まぐれで飽きっぽい。この熱狂はいつまで続く?」
「さすがはCEO、鋭いリスクヘッジですね。流行の消費サイクルが短いことは百も承知です」
私は得意げに頷き、執務室の窓から見えるガラス張りの建物──生産ラインを指さす。
「だからこそ、新たな顧客層の開拓と、圧倒的な生産能力の拡大を同時に叶える大衆向け新商品をすでに用意しています!」
私の指差す先。
そこには先日私が森でテイムした数十匹の小さな氷雪スライムたちがいた。
彼らは魔法で作られたベルトコンベアの前に一列に並び、「ぷるんっ」と可愛らしい音を立てながら、自身の分泌する氷雪の粘液を流れてくる小瓶の中に正確な分量だけ吐き出し、隣のスライムが器用にコルクの蓋を押し込んでいる。
「ご覧ください! 危険なクリスタル・スライムの粘液を使った超高級品……クリスタル・ボタニカル・セラムには成分で劣りますが、これは安全な彼らの粘液をベースにした廉価版ボタニカル・セラムです! 効能がマイルドな分、価格も手頃。これなら貴族だけでなく、王都の一般市民にも圧倒的に売れます! しかも、彼ら自身が原料を提供しながら瓶詰め作業まで行う、実質人件費ゼロ・原価ゼロの全自動ボタニカル・スライム工場の完成です!」
「ぷるるんっ♪」
スライムたちが窓から見ている私に向かって嬉しそうに震え、作業効率をさらに上げる。
なんか最初は掃除用としてテイムしたのに、いつのまにか商品生産ラインに並べてしまうなんて……私も酷い女である……。
まぁでも、彼らには休みもおやつも与えてるし、ちゃんど労働基準法には沿っている。
「なるほど。富裕層からは超高級セラムで莫大な利益を抜き、一般市民からは廉価版で広く薄く確実に搾取する。完璧な商品ポートフォリオですね」
ルカが激しくメモを取りながら感心する横で、アレクセイが深いため息をついた。
「本当に魔獣すらも労働力に変えてしまうだなんてな」
「ウィンウィンの関係と言ってください。そして、飽きっぽい貴族を繋ぎ止めるための次の一手は……これです!」
そこに「待ってました!」と言わんばかりのタイミングで、ボタニカル責任者のシルヴァンが乱入してきた。
彼の手には何やら黒っぽい、ドロドロとした怪しげなペーストが詰まった壺が抱えられている。
「レディ! 君のオーダー通り、雪山のミネラルをたっぷり含んだ火山灰と、魔力ハーブを熟成させた極上の泥を持ってきたよ! ああ……この泥がマダムの毛穴の奥深くまで侵入し、ドロドロの老廃物を吸い出す様を想像するだけで、僕も爆発しそうだよ……ハァハァ……!」
「相変わらず説明がマジでキモいけど、要するにボタニカル・デトックス泥パックね! ふふっ、これ、王都の貴族どもが辺境の泥でも売りに来たのかしらって馬鹿にしてた、正真正銘のヴォルフガング領の泥よ! それを文字通り奴らの顔面に塗りたくらせて、金貨を巻き上げるの!」
私がシルヴァンの壺を受け取り、アレクセイとルカに極悪な笑顔で見せつける。
「支店長の報告によると、セラムで肌が若返った王都の貴族夫人たちが、今度は毛穴の奥の長年の黒ずみや老廃物を気にし始めているらしいのよ」
「……なるほど。美しくなったことで、逆に新たな悩みが生まれたと」
アレクセイの瞳が面白がるように細められた。
「ええ! つまり、市場には根本から毒素を抜きたいという強烈な需要が新しく発生しているのよ! セラムで美しさを与えて依存させた後は、この泥パックで毛穴の奥からデトックスさせる! 彼女たちの足元を見て泥パックを超プレミアム価格の特効薬として売りつけるわ!」
「……一度美しさを与えておいて、さらに別の悩みを自覚させて法外な金を絞り取る気か。お前は本当に、底なしに強欲な商売人だな」
アレクセイが呆れたように、じっと私の目を見つめてくる。
「強欲? 最大限の賛辞ですね!」
私は鼻で笑い飛ばした。
「美への探求心に上限はありません! 私たちを見下していた王都の連中なんて、今や財布の紐が緩い極上のカモにしか見えませんよ! 彼女たちには公爵家の特約店にたっぷり金貨を落としてもらい、私たちのリゾート開発の養分になってもらいます!」
私が一切の悪びれもなく、力強く宣言すると。
アレクセイは一瞬きょとんとした後、フッと肩を震わせ、喉の奥で低く笑った。
「……ふっ、はははっ! 違いない。お前のような恐ろしい女を追放した王都の連中には、それくらいの罰が相応しい」
アレクセイは心底愉快そうに笑い、私の頭にポンと大きくて温かい手を乗せた。
「えーっと……CEO?私、子供じゃないんですけど」
「そうだな。子供じゃない。立派な女性だ」
「……そ、そうです。私は立派な女性……」
な、なんだろう急に。どうしてこんなことを……。
私が恥ずかしがっていると、彼は声をあげた。
「やれ、シャルロッテ。王都の貴族どもの懐を、限界まで搾り尽くしてこい」
氷の公爵のはずなのに。彼の手は暖かい。
限界まで鍛え上げたはずの私の冷静なマーケター脳が、許容量)を超えて熱暴走を起こしかける。 私は急激に熱くなった顔を悟られないよう、必死にいつものビジネススマイルを貼り付けた。
「ふ、ふふっ、お任せくださいCEO!」
富裕層と大衆、二つの市場を同時に制圧する完璧なスキーム。
そして王都の貴族たちからの果てしない搾取。
私たちの次なるビジネス展開は、全自動スライム工場の稼働と共にいよいよ容赦のないステージへと突入しようとしていた。




