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第35話:人件費ゼロの全自動清掃員!? 野良スライムの使役大作戦


「CEO!ルカ! 次の新規事業……しかもブルーオーシャンを見つけたわ!」


王都へ向けた第一陣の出荷を見送ってから数日後。

私は執務室の黒板に、チョークででかでかと魔獣スタッフ化計画と書き殴った。


「当リゾートの敷地は広大よ。人間の従業員だけでは、いずれ清掃や運搬のオペレーションが回らなくなるわ。そこで……ゴルダス商会の輸送力をヒントに、私たちも魔獣を自社雇用するのよ!」


私はバンバンと黒板を叩きながら、熱烈なプレゼンを開始した。


「例えばスライム! 彼らに城の廊下を這わせれば、ゴミや埃を自動で取り込む全自動お掃除機になるわ! しかも彼らの粘液は美容液の原料になるから、掃除しながら素材も生産してくれる究極のエコシステムよ! さらに、もふもふの小型魔獣をテイムできれば、富裕層向けのアニマル・セラピー空間を作って、入場料だけでボロ儲けできるわ!」


「なるほど……。スライムを清掃兼生産ラインに組み込めば、実質的な人件費はゼロ。減価償却も不要な最強の固定資産ですね」


ルカがえげつない利益率に目を輝かせる。

だが、その直後。


「はぁ……」


上座で腕を組んでいたアレクセイが、呆れたようなため息をついた。


「シャルロッテ。お前の強欲な発想力には恐れ入るが不可能だ。諦めろ」

「不可能? どうしてですかCEO!」

「人間が魔獣を使役するなんて無理な話だからだ」


アレクセイは立ち上がり、黒板の文字を指差した。


「魔獣を従えるのは、ゴブリンやオークといった亜人特有の技術。人間とは魔力構造の根本が違う。過去に多くの人間の魔法使いが魔獣のテイムに挑んだが、悉く失敗し、最悪の場合は暴走した魔獣に食い殺されている。リスクが高すぎる。却下」

「でも、ゴルダリア部長は心地よい魔力波長と同調が鍵だと言っていました! 私の緻密な魔法コントロールなら、絶対に――」

「駄目だと言っている。話は終わりだ」


氷の公爵の、有無を言わさぬ冷徹な却下。

だが、限界まで鍛え上げられた社畜マーケターにとって、前例がないや常識的に無理という言葉は、諦める理由にはならない。

むしろ競合がいない独占市場であることを証明しているようなものだ。


「……それなら、実績を作って物理的に納得させるしかないわね」


 * * *


その日の午後。

私は雪が深く積もった森の中へと足を踏み入れていた。


「おい。なぜ俺まで……」


私の背後で完全武装の不機嫌オーラを全開にしたアレクセイがため息をついた。

会議室で絶対に行くなと冷徹に却下された後、私が「じゃあCEO抜きで、ルカと二人でこっそり森に行ってきますね!」と脅し(交渉術)をかけた結果、結局こうして最強のファイアウォールとして同行してくれているのだ。


(頭ごなしに禁止するのではなく、リスクヘッジのために自ら現場に同行するあたり、CEOらしさが板についてきたわね!)


「ありがとうCEO。何かあった時に頼りにしてますよ。……あ、いたわ!」


雪に覆われた木の根元。

そこに淡い水色をした半透明のゼリー状の魔獣――氷雪スライムが、プルプルと震えながら縮こまっていた。

以前クリスタル・ボタニカル・セラムの材料として見つけたCランクの巨大魔獣クリスタル・スライムは凶暴すぎて初手の手懐け相手としてはリスクが高すぎるため、今回は小さくて可愛い雑魚魔獣をターゲットにしたのだ。


「よし、まずは基本のコミュニケーションからね! ……ねえスライムちゃん、お座り! 回って! そしてあそこの落ち葉を掃除して!」


私が身振り手振りで命令するが、スライムは「ぷるんっ?」と少しだけ形を変えただけで、全く動こうとしない。


「……ほら見ろ。言葉など通じない。魔獣は本能でしか動かんのだ」


アレクセイが呆れたように腕を組む。


「ええ、人間の言葉が通じないのは想定内よ。ゴルダリア部長の教えに従って、次は魔力波長と同調を試すわ!」


私はスライムの前にしゃがみ込み、両手に微弱な魔力を集めた。

そして自分の魔力をスライムに向けて放射し、「私に従え」という意志を押し付けようとした。


「ぷぎぃっ!?」


しかし、スライムは私の魔力を浴びた瞬間、嫌がるようにビクッと飛び跳ね、雪の奥へと逃げ込もうとしてしまった。


「あああっ、待って! 逃げないで私の優秀な清掃スタッフ候補ちゃん!」

「だから言っただろう。人間の放つ魔力波長は、魔獣にとってはただの威嚇や異物にしか感じられない。亜人のように本能レベルで同調することなど、人間にできるはずが――」

「……違うわ。同調のさせ方が間違っていたのよ」


私は逃げようとするスライムを観察しながら、ぶつぶつと呟いた。

マーケターとしての思考が、高速で回転し始める。


「マーケティングの基本は顧客視点よ。私がさっきやったのは、ただ自分の都合を相手に押し付けるだけの、一方的なスパム広告と同じだわ」

「すぱむ……?」

「大切なのは、ターゲットが何を求め、何に心地よさを感じるか……ニーズを徹底的に分析することよ!」


私は目を閉じ、目の前の氷雪スライムの生態を脳内でモデリングした。


(氷雪スライム。彼らは雪の中で生きているけれど、今のこの猛吹雪は彼らにとっても寒すぎるはず。かといって、熱すぎれば細胞が溶けてしまう。彼らが求めているのは……凍えずに済む絶妙な温度と、乾燥を防ぐ適度な湿度!)


「見えたわ……! 顧客……スライムの理想のUXが!」


私は再び両手を前に突き出し、魔力を展開した。

今度は「従え」という意志ではない。相手が最も心地よいと感じる空間を、魔法の波長で創り出すのだ。


私は再び氷雪スライムまで歩み寄り、魔力を放つ。


「水魔法で微細なミストを生成……さらに炎魔法の出力を極限まで絞り、ミストの温度を氷点下ギリギリの0.1度に固定……! これを私の魔力波長に乗せて、周囲に展開する!」


私の手から淡く温かい、しかし決して熱くない微細な霧が広がりスライムを包み込んだ。

それは氷雪スライムにとって、乾燥と極寒から身を守ってくれる極上のミストサウナのような環境だ。


「ぷるる……?」


逃げようとしていたスライムの動きが止まった。

そして、私の放つ魔力波長の中で半透明の体が、とろけるように心地よさそうに弛緩していく……。


「そうよ、怖くないわ。ここは安全で、心地よい極上空間よ……」


私が営業スマイル全開で優しく手を差し伸べると。


「ぷるんっ!♡」


スライムは自ら弾むように近づいてきて、私の手のひらの上に嬉しそうに乗っかり、すりすりと甘えるように身を寄せてきたのだ。


「……っ!?」


背後で、アレクセイが信じられないものを見るように息を呑んだ。


「見事です、ボス……! 魔力による威圧ではなく、相手の生態的ニーズに合わせた究極のホスピタリティを魔力波長で再現し、無意識下のエンゲージメントを獲得したのですね!」


ルカが激しくメモを取りながら感嘆の声を上げる。


「ええ! これが顧客視点に立った、究極の魔力同調よ! どうですかCEO! これで全自動お掃除愛玩動物の量産体制が――」


私がドヤ顔で振り返った、その瞬間だった。


ズズズ……ッ、ズルズルズルッ……!!


森の奥深くから、奇妙な地鳴りのような音が響き始めた。

雪が波打ち、木々が揺れる。

そして向こうから姿を現したのは――数十、いや数百匹にも及ぶ、大小様々な野良スライムの大群だった。


「ぷるるるーっ!!」

「ぷぎぃぃーっ!!」

「えっ? ちょっと待って、なんかすごい数が……!」

「ボス! あなたの放った極上の心地よい魔力波長が強烈すぎた結果、森中のスライムが無料の極上スパに群がる顧客のように押し寄せてきています!!」


私がマーケティングを完璧にやりすぎたせいで、森中のスライムたちが「あそこに行けば極上の癒やしがあるらしいぞ!」とバズって大殺到してしまったらしい。

いや、噂広がるの速すぎない?


「さすがに多すぎるわ! CEO、助けてぇぇぇっ!!」

「……だから言っただろうが、この馬鹿」


アレクセイが激怒しながらも私の前に立ち塞がり、構える。


「アイス・ウォール!!」


彼が放った強大な氷魔法が、押し寄せるスライムの大群の前に巨大な壁を作り出し、間一髪で私たちを物理的バズから救い出してくれた。


「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」

「お前の異常な発想は、時としてテロ行為に等しい被害をもたらすな……」


氷の壁の向こうで「中に入れてくれ」と言わんばかりにペチャペチャとへばりつく大量のスライムたちを見ながら、アレクセイが深い疲労感を滲ませてため息をついた。


「でもCEO! これで人間でも魔獣をテイムできるという確かなエビデンスは取れましたよ! 」

「……そうだな。お前の言う通りだった」


アレクセイはそっぽを向きながら、私がテイムした一匹のスライムを少しだけ興味深そうに見つめた。

ぷるるんと可愛くゆれるスライムは害がなければそこはかとなく心を落ち着かせてくれる……ような気がする。


「……ふぅ。でも本当は、クリスタル・ボタニカル・セラムの原材料になる超巨大なクリスタル・スライムをテイムしたかったのよね。あれを自社雇用できれば、極上セラムが完全に作り放題になるのに……」

「馬鹿を言え。アレは精鋭騎士団でも手こずる化け物だ。本当に危ないから絶対にやめろ」


私が野望をこぼすと、アレクセイが即座に険しい顔で釘を刺した。


「CEOの仰る通りです、ボス。仮にテイムに成功したとしても、現在の当リゾートの設備では、あんな3メートルを超える巨大スライムを安全に寝泊まりさせるバックヤードがありません。もしあの巨体が城の廊下を這い回って壁や什器を酸で破壊しまくれば、清掃どころか甚大な損害を引き起こします。大型魔獣の雇用は、専用の飼育施設をDIYしてからにしましょう」

「……うっ。確かに、設備投資が追いついてないわね。まあ、この氷雪スライムなら小さいし危険もないし、富裕層向けの愛玩用や、城の細かい隙間の清掃スタッフとして働かせても安全そうだし……まずはこの子たちからスモールスタートで事業展開していくわ!」


波長を合わせることで、種族の壁すら越えて魔獣を従える。

私の悪魔的マーケティングはついに人件費ゼロの究極の労働力をも手に入れようとしていた。


(……とりあえず、魔力波長の出力のボリュームコントロールは次の課題ね!)



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