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第33話:遠隔支配のマニュアル(SOP)と、言葉の通じない魔獣のハック


ゴルダス商会との歴史的な務提携が締結され、いよいよ王都への第一陣の出荷日がやってきた。

雪山の麓の古い砦の外には巨大な四足歩行の魔獣と、山のように積まれた商品の木箱が待機している。


「ゴルダリア部長。商品の積み込みの前に、これを渡しておくわ」


私は分厚い辞書のような束を彼に渡した。

表紙にはヴォルフガング・ブランドガイドライン & 究極接客SOPと記されている。


「これは?」

「王都の店舗をヴォルフガング公爵家・特約高級ブティックとしてリニューアルするための、店舗設営と接客の完全マニュアルよ」


私がドヤ顔で言い放つと、ゴルダリアは怪訝な顔で分厚い束のページをめくった。

そして、そこに書かれた内容を見て、みるみると顔を青ざめさせた。


「な、なんだこれは……。 『陳列棚の照明の角度は45度に固定し、商品の反射率を最大化すること』『接客時の声のトーンは、人間が最も安心感を抱くファの音で統一すること』『入店後、顧客が3歩歩くまでは絶対に声をかけず、視線の滞留時間を計測すること』……!?」

「ええ! 高級ブランドにおいて、サービス品質の均一化は命よ! 私が直接王都に行けない以上、現場の人間店長にはこれを一言一句違わず実行してもらうわ!」


私の説明を引き継ぐようにルカが言い放った。


「このマニュアルの最終ページは、魔法的な血判状になっています。もし現場の人間店長がこの手順から1ミリでも逸脱した接客を行い、ブランドを毀損したと判断した場合……私の手元のこの魔道具に即座に通知が飛び、遠隔で独占契約は即刻解除させていただきます」

「……ッ!」


ゴルダリアがゴクリと唾を飲み込んだ。


(ただの紙の束ではなく、魔法を使った完全遠隔監視だと……!? 現場に一切足を運ぶことなく、王都の店舗と店長を完全に支配する気か……! なんて恐ろしい女だ!)


彼の心の声が聞こえてきそうなほど、ゴルダリアは戦慄した表情で辞書のようなマニュアルを抱え込んだ。


 * * *


マニュアルの引き継ぎを終え、私たちは砦の外に出た。

猛吹雪の中、ゴブリンの護衛たちが巨大な魔獣のソリに、クリスタル・ボタニカル・セラムなどの極上商品が詰まった木箱を次々と積み込んでいる。


「あああぁぁぁっ! 嫌だ、嫌だぁぁぁっ!! 僕の愛娘(商品)たちが、王都の薄汚い人間どもにむさぼられるなんてぇぇぇっ!!」


突如、猛吹雪の音を切り裂くような絶叫が響いた。

見ればシルヴァンが、積み込まれようとしている木箱の一つに文字通りすがりつき、ボロボロと大粒の涙を流して号泣している。


「行かないでおくれ、ハーブちゃん、スライムちゃん……! 君たちの美しいpH値が、王都のドロドロの欲望にまみれてしまうなんて、僕には耐えられない……っ!」

「……出荷妨害です。排除します」

「ぎゃあっ!?」


冷徹に呟いたルカが、赦なくシルヴァンの襟首を掴み、文字通り物理的に引き剥がして放り投げた。

相変わらずの日常風景を横目に、私は積載作業の邪魔にならないよう巨大魔獣の顔の近くまで寄り、分厚い毛皮に覆われた鼻面を優しく撫でた。


「お願いね、魔獣さん。この中には私たちの大切な商品がたっぷり詰まってるの。絶対に割らないように、安全運転で王都まで運んでね!」

「ブルルルッ!」


私の言葉に返事をするように、巨大魔獣が大人しく鼻息を鳴らす。

その様子を見ていたゴルダリアが、苦笑しながら声をかけてきた。


「奥方様。お優しいのは結構ですが、それは無駄ですよ。彼ら魔獣に複雑な言葉は通じませんから」

「えっ、言葉が通じないの? ……じゃあ、なんであなたたちゴブリンは、こんなに巨大で恐ろしい魔獣を従えてソリを引かせることができるの?」


私が純粋な疑問を口にすると、ゴルダリアは誇らしげに胸を張って答えた。


「我々亜人は、言葉ではなく魔力波長の同調と感情の響きで彼らと意思疎通を図るのです。彼らに論理伝わりませんが、我々が放つ心地よい波長や本能的な安心感には、絶対の忠誠を誓うのです。理屈ではなく、本能に直接訴えかけるのですよ」

「なるほど、言葉じゃなくて本能に……心地よい波長と同調……」


私はゴルダリアの言葉を反芻し――不意に、脳内に強烈な閃きが走った。


(……ちょっと待って。私の緻密な魔法コントロールで波長をチューニングすれば、私にも魔獣を使役できるんじゃない!? スライムを自社雇用してリゾートの清掃スタッフにするとか……!)


それに──言葉が通じない相手でも、本能が求める心地よさを提供できれば絶対の忠誠を誓う。


(なら王都でふんぞり返っている、理屈の通じない傲慢でプライドの高い貴族のバカたちも同じことじゃない!)


私はマーケターとしてのえげつない思考をさらに加速させる。


(圧倒的な極上空間で無意識の承認欲求を満たし、本能的な快感(を与え続ければ……プライドの高い貴族どもは自分で考えることを放棄し、喜んで私たちに金貨を貢ぎ続ける従順な家畜に成り下がるわ……!)


魔獣のハックから導き出された、究極の悪魔的マーケティング。


「……ふふっ。ふふふふふっ!」


私の脳内で次々と弾き出される極悪非道なビジネスモデルの数々に、私は思わず口元を押さえ、この日一番の邪悪な笑みを漏らした。


「……また、何か良からぬことを思いついたようだな」


私の隣で、アレクセイが呆れたように面白がるような目で私の横顔を見下ろしている。


「良からぬことだなんて心外ですね、CEO。ただ、王都の貴族たちも、魔獣たちと同じように可愛がってあげようと思っただけですよ」

「お前の頭の中では、王都の貴族も獣も同じ扱いか。やれやれ」


アレクセイは肩をすくめ、小さく鼻で笑った。


「では、頼みましたよゴルダリア部長! 王都の富裕層から、限界まで金貨を巻き上げて(売り上げて)きてちょうだい!」

「……了解だ。このゴルダリア、必ずや期待に応えてみせよう」


ゴルダリアが恭しく一礼し、巨大魔獣の背に飛び乗る。

ズシン、ズシンと地響きを立てながら、莫大な利益の種を積んだゴブリンの商隊が、猛吹雪の雪山を越えて王都へと出発していく。

それを見送る私の胸には、これからの王都でのバズと、莫大な金貨の雨に対する期待感で、熱く激しいビジネスの炎が燃え上がっていた。



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