第31話:巨大魔獣と紳士的なゴブリン!? ゴルダス商会、初会合
ゴブリンの商隊を物流のパートナーとして引き入れる決断を下してから数日後。
私たち経営陣三人と商談の仲介役であるボタニカル責任者のシルヴァンは護衛の騎士たちを引き連れ、城下町から少し離れた雪山の麓にある古い砦へと足を運んでいた。
人間の領民たちが抱く亜人への恐怖心に配慮し、彼らの生活圏とは完全に切り離したこの場所で、商談の初会合を行うためだ。
ズシン、ズシン……!
猛吹雪の向こうから、地響きを立ててそれはやってきた。
「うわぁっ……! なにあれ、すっごく大きい!」
雪煙を上げて姿を現したのは山のように巨大な四足歩行の魔獣だった。
分厚い真っ白な毛皮に覆われ、鋭く巨大な角を生やしたその姿は圧巻の一言だ。
そして魔獣の背後には、城の倉庫一つ分は積めるであろう巨大なソリが繋がれている。
「す、素晴らしいわ! この積載量と悪路走破性……まさに雪国の最強トラックじゃない! いや、雪国じゃなくても使えるわ!ねぇルカ、あの魔獣を自社で買取りできないかしら!?」
「落ち着いてくださいボス。巨大魔獣の維持費とテイム技術を持たない我々が直接抱え込めば、莫大な餌代だけで城の財政がパンクします」
私がマーケターとしての物欲を爆発させている横で、シルヴァンもまたハァハァと荒い息を吐いていた。
「あの極寒を生き抜く分厚い毛皮と、躍動する大腿四頭筋の収縮……! たまらないね、触らせてくれないかなぁ!」
「シルヴァン先生は黙ってて。向こうが警戒するから。ていうか貴方の興奮性癖、植物だけじゃないのね……」
私がマーケターとしての物欲を爆発させていると、巨大魔獣が私たちの前でピタリと止まり、地響きと共にゆっくりとその場に伏せた。
やがて魔獣の背中に設置された豪奢な天幕から、数名のゴブリンたちが次々と降りてくる。
(おおっ……! あれが本物のゴブリン!)
公爵令嬢の記憶や前世のゲーム知識では「ボロボロの腰巻き一丁で棍棒を持った醜い小鬼」というイメージだったが、目の前に現れた彼らは全く違った。
全員が防寒性と機能性に優れた上質な毛皮のコートを身に纏い、規律正しく整列している。
初めて見る洗練された亜人の姿に私が目を輝かせていると――最後に天幕から降りてきたのは一際身なりの良い、洗練されたオーラを放つゴブリンだった。
「お初にお目にかかる。ゴルダス商会の北部統括部長のゴルダリアだ」
よく通る、落ち着いたバリトンの声。
彼は流れるような美しい所作で胸に手を当て、私たちに向かって深く一礼した。
「……」
その姿を見て、私は思わず二度見した。
他のゴブリンたちと違い、彼の等身は人間に近くスラリと背が高い。
顔立ちも知性的で、仕立ての良い極上の生地で作られたスリーピースのスーツを完璧に着こなしている。
紳士的で洗練された佇まいは、王都の裏路地にいる下品な人間の商人などよりも遥かに気品があった。
私は相手に聞こえないよう小声でヒソヒソとアレクセイとルカに耳打ちする。
「……ちょっと、どういうこと? なんかうちの温室にいるあの変態エルフより、よっぽどエルフっぽくない?」
「レディ、それは僕に対する褒め言葉かい?」
「違うますけど……」
ルカがゴブリンたちを見て、言う。
「ゴブリンにしては生意気にかっこいい……着ている服も、我々の極上制服に匹敵するほど上等なものです。彼らが独自の強力なサプライチェーンを持っている証拠ですね」
「気を付けろ、あのゴブリン……只者じゃないぞ」
アレクセイですら相手の只者ではない空気を察知し、鋭い視線を向けて警戒を強めている。
「でも、商会のトップである会長さんは来ないのね。北部統括部長ってことは、支社長クラスの役員かしら?」
私の疑問に、シルヴァンが少しだけ鼻高々に答えた。
「ゴルダス商会は亜人文化圏の中では最大の版図を持つ巨大商会さ。会長は金貨王ゴルダス殿……流石に大物の彼が、人間の領地での会合に直接来ることはないだろうねぇ」
ルカが目を細めて推測する。
「ゴルダリア……って名前。もしかしてゴルダスの血族ですかね?」
「恐らくな……」
アレクセイが短く肯定し、冷徹なCEOの顔に戻ってゴルダリアを見据えた。
「さあ、立ち話も何ですから。中へどうぞ、ゴルダリア部長」
私が古い砦の内部へと促すと、ゴルダリアは少しだけ訝しげな顔をした。
無理もない。この廃砦は長年放置されており、吹きさらしで内部は外と変わらないほど冷え込んでいるはずだからだ。
彼ら亜人は寒さに強いとはいえ、わざわざ冷たい石の床で話し合うのは人間の冷遇のサインと受け取られかねない。
しかし、彼らが砦の中に一歩足を踏み入れた瞬間――。
「……む」
ゴルダリアの端正な顔に、今日初めての驚愕が浮かんだ。
外の猛吹雪が嘘のように、砦の内部は暖かかったのだ。
それもそのはず。ここは事前に私が魔法でDIYし、魔力ロードヒーティングを床の石畳に編み込んでおいた特設のVIPルームだ。
部屋の中央には、土魔法で削り出された美しい一枚板のテーブルとベルベット調のファブリックを張られた極上のソファセットが置かれている。
部屋の隅では疑似暖炉がパチパチと心地よい音と光を放ち、自家製スパイスをたっぷり効かせたホットワインの芳醇な香りが漂っていた。
「こ、これは一体……」
「なんと安らぐ空間だ……」
人間の貴族が亜人を招くときなど、せいぜい馬小屋の横か暖炉の火すら焚かれていない冷え切った石の部屋が関の山だとでも思っていたのだろう。
しかし私たちは彼らを最高の賓客としてもてなすために、これほどまでに極上の空間を創り上げて待っていたのだ。
「……驚きましたな。人間の貴族殿が、我々のような者をここまで歓迎してくださるとは」 「当然でしょう? 私たちに莫大な利益をもたらしてくれる、最高のビジネスパートナーになるかもしれない方々なんですから」
私が軽く指を鳴らすと、控えていたメイドたちが銀のワゴンを引いて静かに進み出てきた。
ワゴンには、芳醇な香りを放つ特製のスパイス・ホットワインの他に、王都の貴族でも滅多に口にできない希少なヴィンテージ・ワイン、そして城の料理長が腕を振るった魔猪の極上ローストや色鮮やかな前菜が所狭しと並べられている。
「冷え切った身体には、まずは上質なカロリーとアルコールよ。種族の壁なんて、ビジネスの前では塵芥に等しいわ。我々が誇る極上空間と最高のおもてなしを味わいながら……互いの利益について、たっぷりと語り合いましょう?」
ゴルダリアはワゴンに並べられた豪奢な料理と、自分たちを本物のVIPとして扱う私たちの徹底した姿勢を見て、小さく息を吐いた。
「どうやら貴方は油断ならぬ女性のようだ」
ゴルダリアの瞳の奥で、紳士的な光が獲物を値踏みする商人のそれへと鋭く切り替わるのを私は確かに見逃さない。
「では、始めましょう。──商談を」
吹雪を避けた暖かな極上空間で高度な商談が今、幕を開けようとしていた。




