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第3話:マズローの欲求は水回りから! 土と水の魔法でボロ部屋を『全自動スマート・スパ』に爆速DIY

メイドのマーサが退出して部屋に一人きりになった瞬間、私は小さく息を吐いた。

白く濁る吐息。窓枠は腐朽して隙間風がピューピューと吹き込み、室温は外と大差ない。じっとしているだけで、体の芯から冷えてくる。


「とりあえず、簡易ストーブね。『炎の魔法・灯火』」


指先から空中に小さな火球をいくつか浮かべ、自分の周囲に漂わせる。

ぽかぽかとした暖かさが一時的に周囲の寒さを和らげた隙に、私は即座に分厚くて重いドレスを脱ぎ捨てた。

持参したトランクから動きやすい質素なワンピースと厚手のタイツ、それにウールのカーディガンを引っ張り出して着替える。

王妃教育で培った優雅な所作など、今の私には1ミリも必要ない。


「さて、まずは現状のインフラの徹底的なアセスメントからね」


腕組みをして、改めてあてがわれた北の塔の空き部屋を見渡す。

広さだけは無駄にあるが、前述の通り隙間風のせいで暖房効率は最悪。さらに絶望的なのは、部屋の隅にポツンと置かれたおまる(室内用便器のことね……)と、表面に薄く氷が張った水差しだ。


(現代日本で最新の温水洗浄便座と全自動風呂に慣れきった私に、これで生活しろだって? 無理に決まってるじゃない!)


人間の最も基本的な欲求は(快適な←ここ重要ね)生理的欲求と安全の欲求だ。

ここが満たされなければ、高次な自己実現など到底不可能である。


「よし。まずは水回りと空調の完全自動化。徹底的なQOLの向上を図る!」


私は両手を床につき、目を閉じて己の魔力を練り上げた。

公爵令嬢シャルロッテは幸いなことに『土』と『水』の魔法特性を持っていた。ていうか大体の属性の魔法を使える。

結構チートじゃん。悪役だけど。


本来なら庭の手入れや噴水作り程度にしか使われない地味な魔法だが、前世の「建築・DIY知識」と掛け合わせれば、これほど凶悪なチート能力はない。


「まずは断熱。隙間という隙間を、ウレタンフォームの概念で埋め尽くす!」


『土魔法・微細操作』。


私の指先から放たれた魔力が、腐った窓枠や石積みの壁の隙間に土の粒子を送り込み、瞬時に硬化・密閉していく。

外からの容赦ない隙間風が、ピタリと止んだ。


「次は水洗トイレ。前世は化粧品メーカー勤務だったけど、直営の高級スパ店舗を立ち上げた時、内装から水回りの配管図面まで業者相手に死ぬほどチェックさせられたのよね。おかげで私の頭の中には、完璧な配管の設計図が入ってる……うっ、嫌な思い出が……」


床の一部を魔力で溶かし、地下の深い地層へと向かって滑らかな土のパイプを一気に生成・直結させる。

そのまま部屋の一角に、人間工学に基づいた美しい流線型の便器を陶器のように錬成した。


給水は『水魔法』で空気中の水分を集める機構を魔法陣として刻み、排水は重力と少量の水圧で地下の天然濾過層へ流し込むエコ・バイオトイレシステム。

もちろん、指先の魔力をスイッチにすれば、いつでも清潔な水が流れる仕組みだ。


「完璧。でも、これだけじゃ終われない。本命はここから!」


私は部屋の奥、一番広いスペースに移動した。

極寒の地で最も必要なもの。それは心身の疲労を完全にリセットする、究極のリラクゼーション空間——すなわち風呂だ!


「『土魔法・巨石造形』!」


ズゴゴゴゴッ、という地響きと共に石造りの床が隆起し、巨大で滑らかなバスタブが形成される。

表面は高級ホテルの大浴場に使われる御影石のように、磨き上げられた黒い光沢を放たせた。

肌触りへのこだわりは、化粧品メーカー勤務のプライドだ。


「お風呂は温度管理が命。追い焚き機能と自動保温は必須要件ね」


バスタブの底に『炎の魔法』の魔力で持続発熱の魔法陣を精密に刻み込む。

さらに、バスタブから溢れたお湯が床下を循環するパイプラインを形成し、魔法陣による床暖房システムまで一気に構築した。

最後にこれらすべてを連動させるハブとなる魔法陣を壁に刻む。

これで、水温設定、水量調整、床暖房のオンオフが、手元の魔力操作一つで切り替えられる「異世界版・スマートホーム」のプロトタイプが完成した。


「ふぅ……。構想から実装まで約30分。我ながら恐ろしいアジャイル開発のスピードだぁ……」


額の汗を拭い、私はさっそく完成したばかりの全自動温水風呂に水魔法で水を満たし、加熱の魔法陣を起動した。

あっという間に湯気が立ち上り、部屋全体がポカポカと暖かくなっていく。床暖房の効果で、足元から冷えが完全に消え去っていた。


私は衣服を脱ぎ捨て、黒御影石風のバスタブにゆっくりと身体を沈めた。


「〜〜〜〜っっっ! はぁぁぁぁ……」


思わずおっさんみたいな野太い声が漏れた。


でも仕方ない。最高すぎるのだ。


冷え切っていた身体の芯まで、極上の温もりがじんわりと浸透していく。

滑らかな石の肌触りが優しく背中を包み込み、魔法陣が常に完璧な40度の湯温をキープしてくれる。

過労死するまで働き詰めだった前世の疲労と馬車の長旅の痛みが、お湯の中にすべて溶け出していくようだった。


「最高……。控えめに言って天国。あとはここに、リラックスできるアロマの香りと、入浴後のスキンケアがあれば……」


これぞ究極のホワイト・スローライフ。最高の癒やし空間だ。

この環境なら何十年でも引きこもっていられる自信がある。公爵の放置宣言に心から感謝だ。

私は温かいお湯の中で手足を伸ばし、至福のまどろみへと落ちていった。


 * * *


一方その頃。

ヴォルフガング公爵家の執務室では書類の山と格闘していた公爵アレクセイが、ピタリと羽ペンを止めていた。


「……なんだ、この異常な魔力の波長は?」


彼の鋭い氷の瞳が北の塔の方角を睨みつける。

辺境の大地に流れる魔脈が突如として北の塔の一室に向けて、規則正しく恐ろしい効率で吸い上げられているのを感じ取ったのだ。


「北の塔の空き部屋……まさか、あの小娘か? 」


魔獣の襲撃か、それとも王家が送り込んできた暗殺者の仕業か。

警戒心を強めたアレクセイは、音もなく立ち上がり、腰の長剣に手を掛けて執務室を飛び出した。


彼が向かう先に、全自動の極上スパで爆睡している能天気な女がいるとは、この時の氷の公爵は知る由もなかった。



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